第46話 潜入

 搬入口からタワーの中に入った隼人は、

物陰に隠れると、レイから受け取った

この建物の見取り図を思い出し、

天井に設置してある監視カメラを

確認する。

 監視カメラは、数秒ごとに角度を変える。

 その瞬間を狙い隼人は、一気に階段室前の

ドアを目指した。

 

 案の定、階段室のドアを開けると、

黒服の男が立っていた。

 「お、おまえは。どうやってここに……」

 ドス……。

 「う……」

 隼人がすかさずみぞおちに一発蹴りをいれた。

 黒服の男はその場に倒れ込むと意識を失った。

 隼人は、黒服の男の手足を結束バンドで結ぶと

タオルを口に挟め、物陰に隠した。

 

 「一先ずこれでよし……」

 そう呟くと、隼人は遥か遠くまで延びている

頭上の階段を見上げた。

 各階の踊り場には防火扉が設置されていた。

 そして、重要なフロアと思われる階は

見取り図の通り、踊り場は設置しておらず、

階段室からの侵入は不可能な構造になっていた。


「やっぱりな……これって建築基準違反だよな。

まぁ、タワーの完成後に改造したんだろうな。

 えっと、60階が最上階、で、その下の59階が

居住フロアでヒカルがいる……

ふぅ~ん、50階までは通常業務フロアで、

健全なエリート社員が日々働いているのか……

で、51階から54階までが鬼神が経営する会社。

 へぇ~、ヤツの悪事……裏の取引を一手に

ここで行ってるってことか……

 本当、正々堂々とこのタワーで悪さを

はたらいてるって……

 遠山会長はご存知なんでしょうかね。

 それに、この55階から58階までの4フロアは

空室扱いだけど……とにかく、先ずはヒカルだ。

 階段はきついから……50階まではここの

社員として行くか……」

 そう呟くと、隼人は偽造社員証を首から下げ、

2階の踊り場から、タワーの2階フロアに潜入した。

 片陰の街の一角で、イヤフォンを耳に

真剣な表情を見せるレイ……。

 「レイ……どうしたの? そんな怖い顔して」

 コトがレイに話しかけると、レイが言った。

 「盗聴……」

 「盗聴? 何を?」

 「兄貴をだよ……」

 「隼人を盗聴してるの? なんで?」

 「兄貴、今、神谷社長としてタワーに

いる遠山会長と鬼神に会ってるんだ。

 で、面会が終ったら一度タワーを出て

改めてタワーに潜入して、ヒカルを連れ戻すって……」

 「それ、本当? 一人で潜入してるってこと?」

 「うん。俺も一緒に行くって言ったんだけど……

一人のほうが都合がいいって言って……

だから、兄貴の襟元に盗聴器を取り付けさせて

もらったんだよ。お守り代わりにさ……」

 「で、隼人は大丈夫なの?」

 「今のところは……タワーの中に潜入成功した

みたいだよ……」

 レイがコトに言った。


 2階フロアに潜入した隼人は、

真っ白いピカピカに磨かれた廊下を歩く。

 カツカツカツ……と隼人の靴の音が

廊下に響く。

 静まり返った廊下から見えるオフィスの

中では、多くの社員がせわしなく動き

回ってるのが見えた。


 オフィスから数人の男性が話しながら

出て来た……。

 隼人は、スーツのボタンを締め直すと、

そのまま真っすぐ歩いて行く……。

 数人の男との距離3メートルほど……

一人の男性が、隼人に会釈をすると、

続けて後ろの男性も隼人に会釈をした。

 それに反応するように、隼人も

軽く会釈をして彼等の隣を通り過ぎた。


 「なぁ、あんな社員、このフロアにいたか?」

 一人の男性が聞いた。

 「ああ、俺も初めて見る顔だなぁ~って

思ったけど……社員証首から下げてたよ。

 それも、VIP専用の社員証」


 「え~、マジか……じゃあ、村山専務や

時期社長候補の鬼神専務理事の関係者かな?」

 「えぇ~、じゃあ、ちゃんと挨拶しなきゃ

いけないでしょ……」

 彼等が慌てて振り向くと……

 「あれ……? いない……」

 隼人の姿は消えていた。


 各階にはそれぞれの行き先に応じて

数基のEVが設置されている。

 隼人は、ランダムに行き先を選ぶと

数基のEVを器用に乗り継ぎながら

上の階を目指した……。


 チン……。

 EVが開くと、一人の女性が入って来た。

 隼人は、EV内の奥に移動した。

 女性が振り向くと、隼人に尋ねた。


 「どちらに御用ですか?」

 女性からの質問に一瞬戸惑った隼人だったが、

慌てることもなくにこやかに微笑むと、

 「あなたと、同じ階ですよ」

と答えた。

 

 女性も優しく微笑むと、

 「大変失礼致しました……」

 と言うと、向きを変えEVの行き先の

ボタン……59階を押し、隼人の方へと

向き直した。


 「お嬢様のお知り合いの方ですか?

それとも、鬼神様でしょうか?」

 「はい……。鈴香様とも鬼神さんとも

共通の知り合いです」

 「そうですか……あ、もしかして、

ショコラ会社の神谷隼人社長ですか?」

 隼人の社員証を見た女性が呟いた。

 「ええ、そうですけど。

 どうして私の名前をご存知なのですか?」

 「失礼致しました。私は鈴香お嬢様の

専属のメイドです。

 今朝、お嬢様は神谷社長とお会いできるのを、

それはそれは楽しみにしておられる

ご様子だったもので」

 「そうですか。それは光栄ですね」

 「でも、お嬢様、急に体調を崩されて」

  「私もそれを聞いて……それで、お見舞いを

兼ねてお会いできればと思いましてね。

 それで、鈴香様のご様子は?」

 「はい、時々頭痛が起こることがある

のですが、今朝はいつもの頭痛とは異なり、

頭を抑えて、顔色も悪く震えておられました。

 なので慌てて主治医を呼びに行きました。

 丁度、鬼神様も鈴香様のところに

いらっしゃってたので、あとは主治医と

鬼神様が対応されました。

 いつものお薬を注射すれば治まる……と

言われてましたので回復に向かわれると思います」

 「そうですか……」

 メイドの言葉に一言呟いた隼人。


 チン……。

 EVがタワーの59階の住居フロアに到着した。

 「私は、最上階の会長のもとに

呼ばれておりますので、ここで失礼致します」

 とメイドが隼人に向かってお辞儀をした。

 「ありがとうございます。

 鈴香様はいつものお部屋に?」

 「いえ、今はこの先の突きあたりの

白い扉の部屋におられます」

 「ありがとう。私も彼女にご挨拶をしてから

失礼しますので……」

 と言うと、隼人はEVを下りた。


 メイドが軽く頷くと同時にEVのドアが

閉まり、最上階へと昇って行った。

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