第45話 動きだした闇

 鈴香の部屋のドアが開き、メイドが主治医を

連れて来た。

 白衣姿の主治医は、カチャカチャと

銀色の注射器ケースから、薬剤が入ったアンプルを

取り出すと、注射器の針を突き刺し薬剤を吸い上げる。


 その光景を見た鈴香は必死で

抵抗しようとするが、

身体に力が入らない……。

 

 優しく微笑んだ鬼神がメイドに、

 「あとは、私と先生でやりますから、

大丈夫ですよ」

 と言うと、彼女を部屋から追い出した。


 メイドが部屋の外に出て行ったのを確認すると、

鬼神が鈴香の耳元で、

 「鈴香さん、困りましたね。まさか、こんな日に

記憶が戻るなんて……でも安心してください。

 今、あなたが思い出した記憶も、

彼のことも、すぐに忘れてしまいますから。

 さぁ、先生、どうぞ……」

 と言うと、鬼神は鈴香の上着をまくり上げ

腕を抑えつけた。


 「い、いや……や、やめて……」

 主治医が彼女の腕に針を突き刺すと、

冷たい薬剤が血管に入っていき、

薬剤が全身に流れていく感触が

彼女に伝わる……。


 「隼人……さん、たすけて……」

 鈴香はそう呟き意識を失くした。

 鈴香を抱きかかえ、彼女をベッドに

寝かせた鬼神が主治医に尋ねた。


 「先生、今回はいつもより薬剤を

増量してるんですよね?」

 「はい……仰せのとおりに……」

 

 「そうですか……では、彼女が目覚めた

時には、すべての記憶が消え去ってしまい、

私だけのもの……私に従順な女になるのですね。

 ヤツが彼女の姿を見たらどう思うでしょうね。

 楽しみです……ハハハハハ」

 ベッドに横たわる鈴香の髪を撫でながら

「もうすぐ……もうすぐ、何もかもすべてが

私のものになる……」

 鬼神が狂気に満ちた表情で呟いた。

 

 そして、タワーの正面玄関に一台の車両が

停止した。

 後部座席が開かれ、中からスーツ姿の

隼人が出て来ると、村山と数人の社員が

出迎えた。


 「神谷社長……ようこそ、いらっしゃいました。

上で、遠山と鬼神がお待ちです。

私、村山がご案内致します。

念のため、ボディチェックを……」

と言うと村山は隼人の身体に触れると、

微笑んだ。

 「特に、異常はございませんね。失礼致しました。

では、こちらへ……」


村山と数人の社員に案内された隼人は、

エントランスを歩きEVホールに向かう……。

 二人は、特に会話を交わすこともなく、

数人の社員に見送られEVに乗り込んだ。


 EVのドアが閉まると、隼人は壁にもたれた。

 「今の社員は、かたぎの奴等だろ?」

 「かたぎとは……言葉に気をつけたまえ。

 でもまさか本当に、ここまでのし上がって

くるとは、大したものだな……」

 村山が口を開いた。

 「あんたが、言ったんだろ。

 のし上がって来いって」

 「そうだったかな……」

 「ところで、以前怪我をした友達は元気かな?」

 「急所を外していただいたお陰様で、

ぴんぴんしてるよ」

 「それは、よかった……私達も人殺しには

なりたくないものでね。

 ……で、君の目的は何なんだ」

 「別に……なんもねぇ~よ。会長にご挨拶に来ただけだよ」

 「そうか? にしては、懐にサバイバルナイフを

忍ばせてるのは……いただけないな」

 「これ? これは、あんたから俺への

プレゼントだったろ?

 にしても、ボディチェック見逃してくれて、

あんたこそ何が目的なんだよ……」


 「さぁね、まぁ、そのナイフを

使わなくていいことを願うよ……」


 チン……。

 EVが、最上階に到着した。

 ドアが開くと、

 「神谷社長、着きました。こちらへどうぞ」


 村上は満面の笑みで隼人に話しかけた。

 最上階の部屋の自動ドアが開くと、

目の前に遠山財閥会長、鈴香の父、

遠山……そして、右後ろには鬼神が

隼人を出迎えた。

 「ようこそ、神谷社長……」

 「はじめして、神谷隼人と申します」

 「君の噂は、今やドリーム・タウンを

飛び出し世界的だよ。娘も君の会社の

ショコラの大ファンだそうだ……

 今日も君が来るのを心待ちにして

いたんだが……」


 「神谷社長、申し訳ありません。

鈴香さんは今朝、急に体調を崩されて……

 今、部屋で安静にしておられます。

 神谷社長にくれぐれもよろしく

伝えてほしいと言われていましたよ」

 神谷が微笑んだ。


 「そうですか。お会いできず残念です」

 隼人が呟いた。


 「神谷社長、申し遅れましたが、この男は

我が遠山財閥の頭脳と呼ばれている

私の右腕で娘、鈴香のフィアンセの

鬼神透だ……」


 「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。

、鬼神透です。

 お噂の名高い、神谷社長にお会いできて

光栄です。どうぞ、よろしくお願いします」

 そう言うと鬼神は微笑みながら、

右手を差し出した。


 「こちらこそ、お会いできて光栄ですよ」

 隼人も差し出された右手を握り返した。


 遠山、鬼神、隼人の三人は、

しばらくの間、歓談の時間を過ごした。


 一時間が過ぎた頃だった……。

 「会長、そろそろ時間でございます」

 村山が三人に伝えた。

 ソファーから立ち上がる三人。


 「いやぁ~、神谷社長、楽しい時間をありがとう」

 遠山が隼人の手を両手で握った。


 「こちらこそ、お忙しい中、ありがとうございました」

 隼人も返事をした。


 「神谷社長、またお会いできればと思います。

次回は、鈴香さんも是非一緒に」

 鬼神が微笑んだ。


 隼人は自動ドアの前で二人に会釈をすると、

村山に案内され最上階フロアを後にした。


 EVの中で、隼人が村山に言った。

 「送りはいらないよ。近くに会社の車を

呼んであるからさ……」


 チン……。

 EVのドアが開くと、隼人は一人

 エントランスホールへ歩いて行った。


 正面玄関から外に出た隼人は、

タワー沿いに歩いて行き、タワーの側面に

差しかかると、タワーの各階の窓から死角になる

場所に入り込んだ。

 「ビンゴ……」

 隼人が入り込んだ場所には、搬入口と書かれた

鉄のドアが見えた。

 隼人はニヤっと笑うと、監視カメラをスマホで

操作し、鉄のドアをいとも簡単に開け、

タワーの中に入って行った。

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