第42話 バレンタインデーは
今日は、2月14日バレンタインデー、
女性が男性に想いを告げる大切な日……。
朝からソワソワと落ち着かない鈴香……
彼女の部屋の大理石のテーブルの上に
置かれたプレゼントギフトの箱……。
数日前に納品された、隼人の会社の
特注のショコラ……。
彼女がこっそり発注したショコラ。
「わざわざ、神谷社長が届けて
くださるなんて……感謝!
透さん、喜んでくれるかな?」
乙女のようにウキウキする鈴香。
そこへ、鬼神からの連絡が入った。
「もしもし、透さん? 今日なんだけど、
渡したいものがあるの……うん、うん。
じゃあ、午後2時に……」
鈴香は電話を切ると、満面の笑みを浮かべ、
両手でクローゼットを開けると、
洋服を選びだした。
午後2時……
鬼神が鈴香のもとにやって来た。
「鈴香さん、お待たせしました」
少し息を切らした鬼神が鈴香の部屋に
入って来た。
「透さん、汗かいてますよ……」
鈴香がハンカチで彼の額の汗を
優しく吹いた。
「ありがとう……ございます」
と呟く鬼神。
「お仕事、お忙しいのに、わざわざ
来てくれてありがとう」
「鈴香さんの頼みなら、どんなに遠くに
いても駆けつけますよ。今日だってほら……」
鬼神がそっと、彼女を抱きしめた。
二人は、見つめ合い優しく微笑んだ。
「ねぇ、透さん、今日は何の日かご存知?」
「さぁ……、何の日でしょう?」
とぼけ顔の鬼神が彼女に返事をする。
「もぉ~、ご存知のくせに……」
口を尖らす鈴香に鬼神が、
「知ってますよ……で、私になにか?」
鈴香は、ギフト箱を手に持つと、
鬼神のもとに歩み寄り……
「透さん、これ……どうぞ」
とギフト箱を渡した。
「これを私に? 嬉しいな……
鈴香さんありがとう」
二人は、ソファーに座ると鬼神は
ギフト箱を開けた。
「うわぁ、これは凄い、豪華なショコラですね」
鬼神が鈴香お顔を見ると嬉しそうに言った。
「この、ショコラ……特別に注文して作らせた
ものなんです。
この前、偶然誘われたショコラの
イベントで……物凄く綺麗で、
とても美味しかったから
透さんにも、是非食べてもらいたくて」
少し照れたように鈴香が言った。
「そうですか……どこの会社かな?」
鬼紙がショコラに添えてあった、
ショコラの説明書きのカードを
手に取った瞬間、彼の表情が変わった。
「透さん……どうしたの?」
心配そうに彼の顔を覗き込む鈴香。
「鈴香さん、この代表取締役の男性、
神谷隼人……さんとは面識があるのですか?」
「面識というか……イベントで声をかけられて、
ショコラの説明をいただいて……あ、このショコラ
新作の『HIKARU』っていうネーミングなんですよ。
社長自ら考えられたそうです。キラキラ光って
綺麗でしょ?」
箱の中に敷き詰められた『HIKARU』という名の
ショコラをじっと見つめる鬼神……
急に無言になった彼に、
「透さん……? 甘い物はお好きじゃないの?」
彼女の心配そうな声にハッとした鬼神、
「そんなことないですよ。大切に食べます。
鈴香さん、私はこれから大事な仕事があることを
思い出しました。
すみません、今日はこの辺で……」
そう告げると、鬼神が彼女の部屋を出て行った。
鬼神が鈴香の部屋を出て行ってから
1時間ほどが経過した。
鈴香は、一人公園のベンチに座ると、
深い溜息をついた。
「透さん、どうしちゃったのかな?
甘い物お好きじゃなかったのかな?」
悩む鈴香……。
「これはこれは、鈴香様ではないですか」
後ろから声が聞こえた。
鈴香が後ろを振り向くと、
そこには、隼人こと神谷隼人が立っていた。
「神谷社長、どうしたんですか?」
ベンチから立ち上がる鈴香に、
「近くに用事があって。
そしたら、大きな溜息が聞こえたもので……」
彼が優しく微笑んだ。
「あ……それは……」
下を向く鈴香。
「あれ? どうかされましたか?
ショコラ、彼に渡されたんでしょ?」
「渡すのは、渡したんですが……
最初は彼、物凄く喜んでくれてた
みたいだったのに、急に顔色が変わって
仕事を思い出したって言われて……」
彼女の言葉を聞いた隼人は、
「ふぅ~ん。そうですか……
仕事なら仕方ないですね……」
と言った。
落ち込んだ表情を見せる彼女に隼人は、
「鈴香様、私に少しお付き合いください」
と言うと彼女の手を引き、車道へ歩き出した。
「か、神谷社長、何処に……」
慌てる鈴香……連れて来られたのは、
車道に停めてある一台の大型バイクの前。
隼人は、ニコッと笑いヘルメットを
彼女に渡すと、
「乗ってください」
と言った。
「これに……乗るんですか?」
「はい……」
「私が?」
「はい。スカッとしますよ」
そう言うと、隼人は彼女を自分の後ろに
乗せ、自分の身体に手をまわすように言った。
恐る恐る彼の身体に手を回し、自分の身体を
密着させる鈴香……。
「行きますよ。しっかりつかまって」
隼人はそう言うと、エンジンのキーを回し、
スロットルを回すと勢いよくバイクを
発進させた。
ドリーム・タウンの整備された道を
軽快に走って行く一台のバイク。
全身に風を受ける鈴香は、
とても心地よい気分になっていった。
風を切り、走るバイク……
「か・み・や・社・長、何処にいくんですか?」
大声で話す鈴香。
「もうすぐです!」
そう言うと隼人はバイクのスピードを上げた。
しばらくすると、バイクが停止した。
ヘルメットを取った隼人が
「着きましたよ」
と言って、彼女をバイクから降ろした。
「うわぁ~、凄い夕陽……綺麗」
一面に広がるオレンジ色の景色と
遥か遠くに見える水平線に沈もうとしている夕陽。
「こんな場所があるなんて……」
感動する鈴香。
「ここは、ドリーム・タウンの外れにある
小高い丘……とでも言うんでしょうかね。
この街に希望を持ってやってくる者が
最初に見る景色……なんです」
隼人がそう告げた。
「希望を持って? やって来る? 社長も?」
「そうですね……私もでした」
隼人はそう呟くと、
懐からあるものを取り出し、
彼女にそっと渡した。
「これは……?」
「私の生まれ故郷のパンです。
よろしかったら……」
鈴香は芝生に腰を下ろすと、渡された
パンの袋を開け、パクっ噛り付いた。
「いかがですか?」
「おいしい……」
「それは、よかった」
隼人が微笑んだ。
「あのぉ~、神谷社長」
彼女が口を開いた。
「何ですか?」
「最近、ずっと考えてたんですけど、
私、以前、神谷社長にお会いしたことは
ないでしょうか?」
「いきなり、どうされたのですか?」
「イベントで最初に声をかけられた時も
そうなんですが、初めて会った気がしなくて。
だから、その、以前にも何処かで
会ったことがあるのかなって……」
「そうですか……でもどうしてそんなことを
言われるんですか?」
「私、半年ほど体調を崩してたみたいで、
その頃の記憶がないんです。
お医者様からは、気にすることはないって
言われるんですけどね。
思い出そうとすると、頭が痛くなっちゃうんで
あんまり考えないようにしてたんですけど。
神谷社長とお会いしてから……正直、
頭が痛くなることがあったから、何か関係
するのかなって、勝手に思ってしまって。
すみません、こんな話気持ち悪いですよね」
隼人は首をゆっくりと振ると、
「そんなことはありません。
療養中はさぞかしお辛かったでしょう」
と呟いた。
「でも、大丈夫なんです! 主治医の勧めも
あって、定期的に頭痛止めの注射を打ってますから」
「そう……なんですね。鈴香様、そろそろ
戻りましょうか?
婚約者やご両親が心配されると
大変ですので」
「そうですね……
今日は、ありがとうございました。
この夕陽を見たら元気になりました」
鈴香が微笑んだ。
「どういたしまして。困ったことが
ありましたら、いつでもご連絡下さい」
隼人も微笑んだ。
二人を乗せたバイクは、来た道を爆音とともに
走り、ドリーム・タウンへと戻って行った。
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