第24話 甘い罠
数日後、コトの店にKと村山が
来店した。
店長が、コトの耳元で、
「コト、K様がおまえのことを
物凄く気に入っておられる様子なんだ。
で……場合によってはわかってるな?」
と
「店長、うちの店はそういうことは
しないんじゃなかったっけ……」
「まぁ、そんなこと言うなよ。K様、
ここ数日で物凄い金額を店に落として
くれてるんだよ。
だからさ……それに、コトおまえも
この街出たくないのか?」
「店長、私がこの店出ていってもいいわけ?
ナンバーワンの私が……」
「いいわけないだろ! でも、な……
どうぜ、一時だけだ。だから頼んだぞコト」
そう言うと、店長はフロアに歩いて行った。
「いやぁ~、K様、村山様、
ご来店ありがとうございます」
上機嫌で挨拶をする店長。
すぐに、コトが二人の前に歩いて来た。
「K様、村山様、いらっしゃいませ」
コトは、ニコッと微笑むと、軽く会釈をした。
Kは、無言で微笑むと、目で隣に座るように
合図をする……。
その合図で、コトが彼の隣に座った。
カラン……、トクトクトク……
コトは、ショットグラスに氷を入れ、
ブランデーを注いだ。
「どうぞ……」
コースターの上にショットグラスを置くと、
Kの前に差し出した。
Kは無言でグラスを握ると、一気に飲み干した。
「まぁ、相変わらずお強いですね……
それより、尋ね人の行方はわかりましたの?」
コトがKに尋ねた。
「探してるが、なかなか見つからない」
グラスを握りしめるK……。
「そうですか……早く見つかるといいですね。
あ……でも、尋ね人が見つかるとK様も
村山様も、この街にお越しになられなく
なりますね……それは寂しいですね」
静かに微笑むとコトは、Kの手から
グラスを取り氷を入れる……。
Kの手がコトの細長い指先の上に置かれた。
「コトさん……今夜、私の部屋に来ないか?」
コトの耳元でKが
「わかりました……」
そう言うと、コトはKの目をじっと見つめ、
ニコッと笑った……。
夜の
片陰の街は一斉にネオンの光を
放ち、その光はまるで命を
注ぎこまれたかのように華やかに
この暗い街を照らす……。
「よぉ~、レイ、最近どうだ?」
通りを歩くレイに店先に座る
客引きの男が声をかける。
「そぉ~だな~。ぼちぼちってとこかな?」
「どこも一緒だな……」
「そうだねぇ~、じゃあお兄さん頑張って」
レイは客引きの男にニコッと微笑むと、
上着のポケットに手をつっ込み、軽やかに
古びたアスファルトの上を走って行った。
レイがコトの勤める店付近に来た時だった……。
前方に、黒塗りの車両が三台停まっているのが見えた。
彼は、ゆっくりとその方向に近寄って行くと、
物陰に隠れて店の様子を見つめる。
暫くすると、店のドアが開き、店内から、
Kと村山、手のひらを擦り合わせながら、
低姿勢の店長、そして、最後にコトが出て来るのが
見えた。
「コト……?」
レイがそう呟いた。
コトは、黒服の男が後部座席のドアを開けると、
そのまま吸い込まれるように車に乗り込んだ。
車の脇に立つKと村山は互いに耳元で何かを
そして、村山はその後ろの車に乗車した。
後部座席の窓がゆっくりと開く……
それを確認した店長がペコペコとお辞儀をした。
Kが前方を向くと、すぐに車両はゆっくりと
走り出した。
Kとコトが乗った車両の後ろには、二台の
黒塗の車両がついていく……。
物陰に隠れていたレイは、思わず飛び出した。
すると、前方を向いていたKの顔がゆっくりと
レイの方を向くとかすかに口角を上げた……。
「コト……」
呟くレイのもとに店長がやってくると、
レイの肩に手をかけ、
「レイ……ついにやったぞ!」
と嬉しそうに言った。
「な、なにがだよ」
聞き返すレイ……。
「K様、コトのことがかなり気にいった
らしくてな……。
今夜、ついにお持ち帰り……店にも大金を
置いていかれたよ。
コトの1ヶ月分……いや、
店の1ヶ月分の売り上げ金に相当する額だ!
あっ! それから、コト暫く店でないから。
K様が暫くコトを自分の傍におくってさ!
隼人にもそう伝えておけ!
あいつのことだ、騒ぎ立て兼ねない……。
頼んだよレイ」
店長からそう聞かされたレイ……
思わず店長に尋ねた。
「な、店長! コトのヤツなんか俺等に
伝言とかしてない……?」
「伝言? ああ、そう言えば、
心配しないで。わかってる。見つけてみる?
って言ってたな~。
見つけるって、幸せを?
なんだろうね~」
と言うと店長は店の中に入って行った。
「大変だ……。兄貴とヒカルに知らせなきゃ」
レイが二人のもとに走り出した。
Kの合図で走行中の車が停車した……。
「どうしたんですか?」
コトがKに尋ねた。
すると、後部座席のドアが開き、
村山が乗り込んで来た。
Kと村山に挟みこまれたコト、
「これは……」
と呟いた。
「コトさん、今から私の部屋に行くまでの間、
目隠しをしていただきます」
「目隠し……? 何故?」
少し動揺するコトに、隣に座る村山が、
「K様は、お忍びで片陰の街に来られて
おりますので……」
村山の言葉を聞いたコトは、フッと
笑うと静かに頷いた。
「流石、コトさん……。頭の回転が速い」
Kが微笑んだ。
Kに指示をされ、村山がコトに目隠しをした。
バタン……。
村山が車両から降り、後部座席のドアが
閉まると、再び車両が動き出した……。
目隠しをされたコトを乗せた車両は、
やがて陽の当たらない街、片陰の街を
走り去って行った……。
「隼人さ~ん、出来ましたよ」
キッチンに立つヒカルが片手に鍋を
持ち、くるっと振り返った。
テーブルにつく隼人の前に、
白い湯気を立てた鍋が置かれた。
隼人は、白い湯気の隙間から
見える鍋の中身を見て呟いた。
「なに、これ……」
隼人の反応に応えるようにヒカルが、
「なにって、見ての通り、特製ラーメン」
ヒカルが両手を広げた。
「特製って……。これ、どこをどう見ても
具材のチョイス間違ってないか?」
「え……? そうかな……」
「そうだよ。確かに、高級食材がふんだんに
のせられたラーメンだけどさ……
刺身にキャビア、馬刺し? それに……
フカヒレ……って、ありえね~だろ。
普通に食ったほうが断然旨いと思うぜ。
それに、この食材、厨房から
貰ってきたものだろ?」
「確かに……そう……だけど」
項垂れるヒカル。
「もぉ~、おまえが休みで、
はりきって夕飯作ってくれるって言ったから
俺、楽しみにしてたのにさ~
でも、この豪華な具材を取れば……
いいか……」
と言うと、隼人は箸で、ラーメンの上に
のせられた高級具材を起用に取り出し、
皿の上に置くと、自らキッチンに立ち
手直しを始めた。
コトン……と置かれた皿。
「はい、どうぞ……」
隼人の手にかかった高級食材が、
美しい料理に変貌を遂げた……。
「凄い……」
目をキラキラとさせ驚くヒカル。
「食おうぜ」
と言うと隼人は優しく声をかけた。
二人は、両手を合わせ、
「いただきます」
と言うと具が取り出されてしまった
ただのラーメンと、お皿に綺麗に調理された
高級食材を食べ始めた。
「おいしい~。隼人さんって料理上手
なんだね。
知らなかったっていうか、
意外と何でもできるし。
盗みなんかも上手だし……」
「は? それ、褒めてるの? けなしてるの?
もう、盗みはやってません!」
「知ってますぅ~」
とヒカルが笑った。
「なぁ、ヒカル……おまえはいったい
何処の誰なんだろな?
記憶……戻らないのか?」
真顔になった隼人が尋ねた。
食べる手を止めたヒカル……
「う……ん」
と一言だけ呟いた。
「まぁ、戻らないもんは仕方ないよな!
心配すんな! そのうち思い出すさ。
ところでさ、ヒカルはKと村山の顔は
見たことあるの?」
「お店にはほぼ毎日来てるけど、
私は厨房だし、直接顔を見たことはないな。
でも、どうして?」
「イヤ、なんでもないよ。
ただ、聞いてみただけ」
二人は、無言で料理を口にする。
ドンドンドン、
激しくドアを叩く音とともに、
レイが、飛び込んで来た……。
「兄貴~、大変だ! 大変なんだよ」
「レイ、どうしたんだよ」
椅子から立ち上がった隼人が
レイの両肩を掴んだ。
隼人は、レイを連れて外に出て行った。
アパートの階段の下で話だしたレイ……。
「コトが……」
「コトがどうした?」
「コトが、Kと村山と一緒に、
この街から出た……暫くKの傍におくらしい……」
息を切らしたレイが呟いた。
「コトが? Kと村山と?」
「店長が言うには、店に大金を支払って、
暫くの間、コトが店に出なくても大丈夫に
したみたい……それで……」
「それで?」
「それで、俺等に伝言はなかったかって
店長に聞いたら、コトが心配しないで。
わかってる。見つけてみるって
言ってたって……。兄貴、これなんかヤバく
ないか? どうする? 追いかけるか?
追いかけるなら、俺、今すぐ
バイクを盗んで……」
「レイ!」
「あ……ごめん。バイク盗むんじゃなくて……
貸りてくるけど」
考え込んだ隼人……。
すると、
「いいや、後は追わない……」
「なんで? なんでだよ」
興奮するレイに隼人が、
「俺らが急に動けば、逆に怪しまれる。
どうやら、俺等は最初
これは、きっと試されてるのかもしれないな。
だから、あえて、数日様子を見る。
コトも、ああ見えて、頭がキレる女だ。
それに、俺等のいないところでは、
冷静に振る舞うことができる……
この街で生まれ育ってるから
肝もすわってるしな……
このことは、ヒカルには絶対に言うな。
わかったな……」
隼人が言った。
「わかったよ……。
兄貴の言う通りにするよ」
冷静になったレイと隼人が
部屋の中に戻って来ると、
レイは、ニコッと笑いテーブルの上の
お皿に盛られた料理を手でつまむと、
パクっと口に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます