第20話 尋ね人
ヒカルが片陰の街に姿を現してから、
数ヶ月が経とうとしていた。
隼人、レイ、コトという最高の仲間と
ともに、毎日必死で生きているヒカル、
彼女は、仲間と過ごすこの瞬間(とき)が
何よりも幸せで、貧しさ等という不安な
気持ちをこれっぽっちも感じることはなかった。
お昼時、レイは、路地裏街にある
小汚い食堂のカウンター席に座り、
運ばれてきたラーメンに手を合わせていた。
「これ、これ……あまり旨くはないけど、
不味くもない……値段も適当……いただきます」
割り箸をぱちんと割り、勢いよく麺をすする。
「くぅ~、予想通りの味だ~」
店の店主と目が合うレイは、愛想笑いをしながら
軽く会釈をした。
その時、後ろのテーブル席から男たちの
会話が聞こえてきた……。
「おまえ知ってるか? 武蔵さんところで
水面下で人を探してるんだって……」
「水面下で人を? なんで?」
「なんか、依頼されたそうだぜ。それに、
高額な懸賞金がつくらしい……」
「高額な懸賞金? それはいい話だな……
でも、なんで水面下での人探しなんだ?」
「表には出せない事情があるんだろ?
大方、なんか事件が絡んでるんだよきっと」
「で、その尋ね人は、どんなヤツなんだ?」
「それがさ、ほら、見て見ろよ……」
「男が、スマホの画面に映る写真を見せた」
「へぇ~、この人を探すのか? この街じゃ
すぐにでも見つかるんじゃね?」
「そうなんだけど……ここ数ヶ月ずっと
探してるそうなんだけど、見つからないらしい」
「そうか……でも、これじゃ、もうこの街には
いないんじゃないか? 多分、どっかに
売られてるよ」
「そうだな、俺もそう思ってたところだよ」
「お兄さん~、俺にもその尋ね人の
写真見せてよ」
レイが二人の男に尋ねた。
「おまえ誰だよ? まぁ、興味本位でなんだろ?
ほら、これだよ……」
男がレイにスマホの画面を見せた。
「ふ~ん。ほんと、こんな人がこの街にいたら
一発でわかるね。兄さんたちが言うように、
この街にはもういないんじゃないの?
ありがとうね」
そう言うと、レイは会計を済ませ店から出て
行った。
店を出たレイが、物陰にかくれて、
隼人に電話をかけた……。
「兄貴! 大変だよ……」
慌てた口調のレイに隼人が、
「レイ、どうした? そんなに慌てて」
「慌てるもなにも、ヒカル……
尋ね人になってるよ。兄貴の養父、
武蔵さんが取り仕切ってるらしい」
「どういうことだよ? 親父がヒカルを
探してるって……」
「俺もよくはわかんないんだけど、
ヒカルに高額な懸賞金がつけられてるって……
俺たちが知らないだけで、水面下では
この数ヶ月、ヒカルちゃんを探してたみたい」
レイの報告を受けた隼人……
「ヒカルは、今どこにいる?」
「コトの店だよ。今日は朝から働いてる
みたい……昼から上客がくるらしい……で
コトも出勤してるよ」
「わかった。俺は親父に確かめる。それから
コトの店に行くから、レイ、おまえはもう少し
詳しく調べてくれ」
そう言うと隼人は電話を切り、養父、神谷武蔵の
もとに向かった。
養父、神谷武蔵が所有するビルの一室が
武蔵がいる事務所。
隼人が、ドアをノックすると、中から
低い声で、『入れ』……と言う声が聞こえた。
隼人が部屋の中に入ると、奥のソファーに
武蔵が座っていた。
「おぅ、隼人、珍しいな……おまえから
ここに来るなんて……どうした?」
「親父、今、人探してるの?」
「なんだ、おまえの耳にも入ったのか……」
「水面下での人探しって……
ヤバイやつなのか?」
「ただ、人を探してるだけだ。
それに、高額な懸賞金を出してくださるんでね。
こちらの取り分も併せたら相当な金額だよ……
ん? もしかしておまえも
高額な懸賞金がほしいのか?
生活には不自由してないと思っていたが……
違うのか?」
武蔵が隼人にそう問いかけた。
「俺も、その人探しってヤツに参加しても
いいか?」
「ふん……。金に目が眩みよって……」
「それは、親父の息子だからだよ……」
「それもそうだな……わかった」
「で、その尋ね人ってどんなヤツだよ」
「あ~、この女だ……」
そう言うと武蔵は内ポケットから一枚の写真を
取り出すと、隼人の前に翳した。
「この女? へぇ~、なんか毛並みが違うから
すぐに見つかりそうじゃない?」
「そうなんだが……ここ数ヶ月探してるんだが
なかなか、見つからなくてな……
しびれを切らした依頼人たちが今日、この街に
来ることになった」
「依頼人たち……?」
「そうだ。今頃はコトが働く店に到着してる
ころだ。私も夕方には合流するが、おまえも一緒に
来るか?」
「俺は、いいよ……。親父の客だろ?」
「そうか……おまえにも紹介しておきたかった
人物だったが……まぁいい。
またの機会にしておくよ」
「そうだね。じゃあ、俺はこれで……
懸賞金は俺がいただくね……」
隼人は武蔵に向かって微笑むと部屋から出て
行った。
一方、コトが働く店内では、
高級スーツを身にまといソファーに座る
二人の男……。
そして、彼等をガードするかのように
立つ数人の黒服の男達……。
店長が、静かに近づくと、
「お待たせいたしました。当店ナンバーワンの
コトでございます」
紹介をされたコトが、静かに会釈をして挨拶をした。
「コトと申します。本日はご来店ありがとうございます」
コトの姿を見た二人の男の内のひとりが店長の方を向くと、
「へぇ~、意外だな。この街にも、
こんな気品高い、美しい女性がいるなんて……」
と言った。
気を良くした店長が、
「ありがとうございます。いかがですか?
今夜あたり」
「そうだな~。じゃあ……」
と男が言いかけたその時、
「やめないか、村山……。
下品だぞ、彼女にも失礼じゃないか……」
もう一人の男が静かに口を開いた。
「冗談だよ。K、そんなに怒るなよ。君にも失礼な
ことを言ってすまないね……」
そう言うとグラスに注がれた水割りを一気に
飲み干した。
「さて、店長、今日ここに来た理由なのですが、
この女性を知りませんか?」
Kと呼ばれる男が内ポケットから写真を
取り出すと店長とコトの前に置いた。
テーブルの上に置かれた一枚の写真……
そこには、綺麗に着飾り、清楚で気品溢れる
美人……ヒカルの姿。
一瞬、表情を変えたコトに、Kが優しく
尋ねる。
「綺麗でしょ? この女性、知りませんか?
高額な懸賞金もつけてますがね……」
「凄く、綺麗な方ですね。私、驚きました。
でも、こんな方がこの街にいたらすぐに
見つかるんじゃないんですか? 残念ながら、
私はこの方を知りません。この店にも働いて
いませんね……」
「そ、そうですよ。こんな美人がいたら
うちの店とは言わず、この街中の店がほおって
おきませんよ! ね。コト! あっ……」
「店長、どうかされましたか?」
「い、いやね、うちの店にも、数ヶ月前から
働き出した娘がいるんですがね……」
「店長、ヒカルは違いますよ。あの娘はこんな
品があるタイプじゃないなない……」
「そうだな。ヒカルはちがうよな。こんなに
清楚でもないしな……うん、違いますね」
「店長、そのヒカルという女性は今何処に?」
Kが尋ねた。
「あ~、ヒカルなら裏の厨房にいますけど」
Kが村山に目配せをすると、村山が立ち上がり、
「俺、ちょっとそのヒカルっていう女性を
見て来ます。厨房に案内してください」
「あ……でもお客様、厨房は、あまりお見せ
するような場所ではございません。今は丁度、
仕込みに追われている時間帯……それに、
そのお高いスーツに嫌な臭いがつきます」
すました顔のコトが村山に言った。
「コトさん、大丈夫ですよ。作業の邪魔に
ならないように、物陰からちょっと見るだけ
ですから……店長、厨房に案内してください」
村山が立ち上がると優しく微笑んだ。
店長と村山は席を立つと、厨房に向かって
歩き出す二人。
「隼人さん、今、上客が来てるんでちょっと」
ウエイターが隼人を店内入り口で静止する。
「店長にも、親父から言ってあるから大丈夫だ。
なぁ~に、高額の懸賞金をつけた依頼人の顔を
見に来ただけだから、店の端っこで気配を
消して見るだけだから、店に迷惑はかけないよ」
「そうですか……そういうことなら、どうぞ」
ウエイターが隼人を店の中に入れた。
隼人は、店内の一番端にあるソファーに座った。
彼の席からは、中央のソファーに座る
スーツ姿の男が背を向け、その正面にコトが
座っているのが見えた。
二人を見つめる隼人……。
隼人の視線に気づいたコトが、店内を見回すと
隼人の姿を確認する……。
「Kがコトに尋ねた……」
「あなたは、この街を出たいと
思わないんですか?」
「え?」
「あなたみたいな、頭のキレる美しい女性は、
この街にはもったいない……」
「お褒めの言葉……ありがとうございます。
でも、私はこの街、意外と気に入ってるので」
「そうですか……、私はてっきり、この街を
出て行けない理由があるのかと思いまして……」
「理由? というと……?」
「そうですね……例えば、彼とか……」
そう言うとKがくるりっと後ろを向いて
店の端っこにいた隼人を見つめた。
Kが向きを変えて隼人に視線を送った
ことに驚いたコトと隼人……。
「え……っと、それは……」
動揺するコトにKが優しく微笑むと、
「もしかして、私は彼に心配をかけたので
しょうか?
彼に言っておいてください。
心配いらないと……」
と言うとKはまた向きを変え、正面に座る
コトが置いたグラスを手に持つと、注がれた
アルコールを一気に飲み干した。
彼の不意をつくような行動に、隼人も思わず、
席を立つと、遠くに見えるコトを見て
小さく頷き、その場から立ち去った。
厨房に案内された村山は厨房の柱の陰から
『ヒカル』という女性が、
彼等が探す尋ね人かどうかを確認していた。
湯気が立ちのぼる厨房は、いろんな匂いが
混ざり合い、説明するのは難しいほどの
匂いが立ち込めている……。
「姉~さん、これ、あがりました。
お願いしま~す!」
「はいよ! ヒカルちゃん、これもお願い」
「はい、わかりました~」
厨房内をせわしなく動き回るヒカル……
調理をしていた男性が、ニヤっとして、彼女のお尻を触った……
「もぉ~、このスケベじじい!
毎日毎日飽きもせず……
まったく……やめな!」
「そんなこと言うなよ~。ヒカルちゃんが
この厨房で一番若いんだからさ~。
たまにはいいだろ? 俺と……」
「はぁ~? じじいなんかじゃなくても、
こっちはピチピチで十分に間に合ってるんだよ!
へんっ!」
悪態をつくヒカルを物陰から見ていた村山は、
はぁ~っと深い溜息をつくと、
「全然違う! 彼女じゃない……」
と呟いた。
店長も、
「そうですよね? あの娘が写真の女性と同一人物
とは似てもにつかない……」
「そうだな……戻るか……」
そう呟くと、村山と店長はコトとKが待つホールへと戻って行った。
厨房から、村山と店長がコトとKの待つ
ホールに戻って来た。
村山はKの顔を見ると無言で首を
横に振った。
「違ったか……」
呟くK……。
「残念だが、似てもにつかない娘だったよ。
服も汚れてヨレヨレだし、黒髪じゃなくて、
薄い茶色で、ボサボサしてて、顔も、
汚れてて……あんなの彼女じゃないよ」
村山もそう呟いた。
二人の会話に内心ホッとしたコトは、
「お二人とも、何かお作りしましょうか?」
と優しく微笑んだ。
数十分前に遡る……。
「ヒカルちゃん、レイから電話だよ」
厨房にいた女性がヒカルを呼んだ。
彼女が受話器を握り耳元に当てると、
「ヒカル? 今話しても大丈夫?」
慌てるレイの声が受話器から聞こえてきた。
「レイ? どうしたの? 今? 話せるよ」
「じゃあ、今から俺が言うこと落ち着いて
聞いてね。
もうすぐ、ヒカルのことを確かめに男が
厨房に来る。
だから、できるだけ、悪態をつけ! それから、
服も、顔も汚して、そして髪の毛もグチャグチャに
して! 今すぐに! 早く! 訳は今夜話すから
仕事が済んだら、まっすぐに兄貴の部屋にコトと
一緒に来なよ! じゃあ……」
一方的に話をして電話を切ったレイ……
レイの言葉に身の危険を感じたヒカルは、
彼に言われた通りケチャップで服を汚し、
顔も、茶色のファンデーションを塗り、
きっちり束ねた髪をほどくと、グチャグチャにして
緩めに結び直した……。
そして、厨房にいた人たちに、
自分が悪態をつくことを伝えたのだった。
厨房を出て行く店長と村山の後ろ姿を見送る
厨房スタッフ……。
「これでよかったの?」
親分格の女性が言った。
「はい……。ありがとうございました」
お礼を言うヒカルに、
「まぁ、こういうことはよくあることだからね。
誰でも、人には言えない秘密を持ってるものよ。
それが、片陰の街! ヒカルちゃん、
困ったことがあったいつでも言うんだよ」
「皆さん、ありがとうございます。
じゃあ、これ」
お礼を言ったヒカルは、その場にいた人たちに
わずかのお金を渡して回る……。
ヒカルが配ったお金をポケットに入れた女性が、
「ほら、みんな! 手を動かすよ!」
と威勢よく言った。
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