第19話 快気祝い

 数日後、隼人の傷もほぼ良くなり、

普通に動けるようになっていた。

 「流石! 兄貴だね~、あれだけボコボコ

にされたのに、本当治りが早いよな~。

 俺なら、まだまだベッドの上だよ……」

 

 「ふん! 俺はもとから頑丈に

できてるんだよ。ほら、行くぞ!」


 「行くぞって、兄貴、何処にいくんだよ~」

 「いいから、ついて来い!」


 レイが隼人に連れられてきたのは、

コトが勤める店……。


 「いらっしゃませ……っと隼人じゃないか」

 黒服を着た男が言った。

 「店長、久しぶり……」

 片手をあげ挨拶する隼人に店長が、

 「おまえ、この前、ボコられたそうだな……

にしては元気そうでなによりだ。コトだろ?

 まぁ、今夜は快気祝いってことで、楽しんで行け!」

 そう言うと店長は隼人とレイを店の中に案内した。


 「隼人~、来てくれたんだ! ありがとう」

 席に座った隼人とレイのもとに、煌びやかな

衣装を身にまとったコトが走り寄って来た。

 コトは、隼人の隣に座ると、

 「もう大丈夫なの?」

 と聞いた。

 「あぁ、もう大丈夫だ。コト、心配かけたな」

 「ううん。いいの。それより、何飲む?」

 「あぁ、なんでもいいよ。」

 「じゃあ、今夜は私のおごりね」

 そう言うと、コトが黒服のスタッフに

この店で一番高いお酒を準備させた。

 

 カチャン……。

 グラスの重なる音がすると、コトと隼人とレイは

 「乾杯!」

 と言ってグラスのお酒を一気に飲み干した。

 「くぅ~旨いね……」

 満足そうな隼人を嬉しそうに見つめる

コトとレイ。

 それに気づいた隼人がコトに、

 「コト、他のテーブルに行かなくていいの?

他のお客がずっとこっち見てるんだけど……」

 「確かに! コトが俺等のテーブルから

動かないから……コト目当てで来た客が、

嫉妬してるみたいだよ。コト、おまえは

この店のナンバーワンなんだからさ!

そろそろ、動いたほうがいいよ」

 レイが言葉を続けた。

 「だって……隼人が久しぶりにお店に

来てくれたから、嬉しくて……」

 「レイの言うとおりだよ。コト、俺等は

いいから、客のところに行けよ」

 「わかった……。隼人が言うなら……」

 別のテーブルに移動しようと席を立ちあがった

コトに隼人が聞いた。

 「ヒカル……ヒカルは元気か?」

 「ヒカルちゃんは、元気にしてるわ。

今、この店の裏方、厨房で働きだした。

 でも、夜にうなされたり、時々頭痛が

するみたい。やっぱり、ドクターに相談した

方がいいかも……」

 「そうか……わかった。コト、サンキュ。

おまえがいてくれてよかったよ……」

 隼人が優しく微笑んだ。

 微笑んだ隼人の顔を見たコトは、

嬉しそうに頷くと、別のテーブルに

移って行った。


 「はい、フルーツの盛り合わせです」

 店の厨房で働きだしたヒカル。

 不慣れながらも、一生懸命に働く彼女に

厨房のスタッフも彼女を温かく迎えてくれた。

 その裏には、この店ナンバーワンのコトの

大切な人……という後ろ盾があることも

理由の一つのようだ。

 「あんた、最近この街に流れついてきたの?」

 四十代後半の女性がヒカルに聞いた。

 「あ……そうですけど」

 「あんたも、身体でやってきたの?」

 「え? それは違いますけど……」

 「へぇ~、そうなんだ。あんた、

べっぴんさんだからてっきりそうかと……

見てごらん、この厨房で

働く女はほとんどが若い頃、自分の身体で

商売をしていたのばっかりだよ」

 それを聞いたヒカルは厨房で働く女たちを

見つめた。

 「あの……この店も身体を売るお店なんですか?」

 「この店はちがうよ。この店の表で働く女は、

この街にいる一部の金持ちを相手にするんだ。

 街の外から来た上流階級の客に酒と話の相手を

するんだと……見染められれば

この街からも貧しい生活からも抜け出せる……」

 「じゃあ、コトさんは?」

 「コト? あの娘は別格だよ……

あの娘の後ろには、ドリーム・タウンの客が

ついているって噂さ……なんせ、あの美貌と色気、

あの娘ならとっくに街から抜け出せるのにね……

何か出て行かない理由でもあるんじゃないかな」

 女が言った。

 「そうなんですね……」

 ヒカルが呟いた。

 「でも、あんたもよく見ると美人さんだよね。

こんな裏で働くなんてもったいないよ。

 表で働けばいいのに……私が店長に言ってやろうか?」

 女がヒカルの顔をまじまじと見ながら言った。

 「いや……私は、いいです」

 困った表情で返事をするヒカル……

 その時、厨房の入り口付近から声がした。

 「ちょっと~そんなこと言わないでくださいよ。

 変な虫……つけたくないんですよね」

 ヒカルが振り向くと、ニコッと笑う

隼人が立っていた。

 ヒカルは隼人のもとに駆け寄ると、

 「隼人さん、もう大丈夫なんですか?」

 と彼に聞いた。

 「ああ、もうすっかりね。心配かけたね。

それより、ここで働きだしたんだ。

 コトから聞いたよ。頑張って」

 「はい。ありがとうございます」

 隼人の顔を見て安心した表情を見せた

ヒカルは、改めて彼にお礼を言った。

 「ところで、今日はコトさんに会いに?」

 「うん、まぁね。コトとも約束してたし、

それに、快気祝いってヤツ?」

 「そうなんですね。私も何かないかな?

 できること……」

  首を傾げて考えるヒカルに隼人が

 耳元で、

 「店が終ったら、珈琲でも飲もうか?」

 「え? でも……コトさんが」

 「コト? 大丈夫だよ。そのくらい。

それに、ヒカルはもうすぐ終わるでしょ?」

 「はい……」

 「じゃあ、この先の路地を右に曲がった

 『Rougeルージュ』という店にいるから……」

 と言うと隼人は厨房から出て行った。

 

 一時間後、ヒカルは隼人から指定された店、

『Rouge』のドアを開けた。

 室内からはふわっと珈琲の香りとアルコールが

混ざったような匂いがヒカルの臭覚を刺激する。

 店内を見渡すヒカル、一番奥の二人掛けの

テーブル席に座った隼人が片手をあげた。

 ヒカルは、隼人のもとに歩み寄り、彼の

目の前に座った。

 物静かにライターで煙草に火をつける隼人、

天井目掛けてふぅ~っと煙を吐いた。

 店内を照らす柔らかい室内灯の光に

浮き上がって見える彼の首筋……

 そんな彼の姿に胸の鼓動が速くなるヒカルは

席に座ったまま無言になる。

 「あれ? ヒカル、どうした?」

 隼人が優しく声をかける。

 「いや、別に……」

 「仕事して疲れた? それとも腹減った?」

 「ち、ちがいます。その、今夜の隼人さん、

なんか、今までの隼人さんと雰囲気違うから……

その、なんていうか……」

 「そうか? いつもと変わんないと思うけど」

 「変わります……」

 「どんな風に?」

 「その……最初に遭った時は、目がギラギラ

してて、怖い人かなぁ~って」

 「ひどいなぁ~目がギラギラって……」

 「だって、本当のことだし、盗みも平気で

やるし、私を風俗に売り飛ばそうとするし……」

 「まぁ~それは、否定できないな」

 「そうですよ……でも……」

 「でも、隼人さんは私を助けてくれた。

 怪我までして守ってくれた。だから、いい人なんだって。

 信じていい人なんだなって。

 記憶を失くしてる私のことも受け入れてくれた。

それに、今のは隼人さんは、物凄く優しい目をしてる……」

 ヒカルがそう呟いた。

 彼女の言葉にちょっと照れながら、

 「そんな褒めるなよ。照れるだろ……

俺、そんな風に人に感謝されることないから、

どういうふうなリアクションとればいいいか

わかんね~よ。それよりさ、俺の快気祝い

やってよ」

 「快気祝い?」

 「そう、今ここで……」

 「ここで? 私、日雇いだからあんまり

お金ないけど、珈琲と軽食くらいなら大丈夫です」

 「よし、じゃあ俺、珈琲とナポリタン」

 「わかりました。マスター、珈琲とナポリタンを

二つづつお願いします」

 ヒカルがマスターに声をかけると、マスターが

ニコッと笑い頷いた。


 アツアツの湯気が立つナポリタンと珈琲が

運ばれてきた。

 二人は両手を合わせ、いただきます……

と言うとアツアツのナポリタンを食べ始めた。

 「あっちぃ~、でも旨いな……」

 「はい、美味しいですね」

 「なぁ、ヒカル……」

 「ん? 何ですか?」

 食べてる手を止めて隼人が言った。

 「俺等に敬語を使う必要なんてないよ」

 「え? でも……」

 「大丈夫だよ。俺も、レイもコトも、

ヒカルのこと、もう十分仲間だと思ってるし、

それに、ヒカル、この街におまえみたいな

言葉を使う者はいないよ……郷に入れば

なんとか……って言葉があるだろ?」

 彼の言葉に少し涙目になったヒカル

だったが、優しく微笑むと、

 「はい、わかりました」

と答える。

 「ほら~、だから、敬語は使うな!」

 隼人が笑いながら口を尖らせた。

 「あ……そうか、わかったよ。隼人さん」

 ヒカルも笑顔で答えた。

 こうして、この夜ヒカルは、

隼人、レイ、コトの仲間になった……。

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