第10話 隼人の部屋

 暗い路地をどんどん進む隼人。

夜の闇の中、濡れたアスファルトの上に

二人の足音が響き渡る。

 ヒカルは、隼人の背中を見ながら、

この路地、いや……、自分が彷徨って

歩いていた場所は、夜の闇のように

暗く、昼間でも陽が当たることがない、

彼が教えてくれた、『片陰の街』そのもの

だと思った。

 入り組んだ路地をどれくらい歩いただろうか、

一軒の古びたアパートに辿り着いた。

 「ここどこ?」

 ヒカルが隼人に尋ねた。

 「安心しな……。ここは、俺の部屋だ」

 そう言うと、隼人は錆ついた鉄の階段を

上りはじめた。

 

 カン、カン、カン、階段をあがるたびに

聞こえてくる鉄の音……。


 「ほら、早く来いよ」

 階段下から隼人を見上げるヒカル……。


 「心配しなくて大丈夫だよ……ヒカル」

 階段上から隼人が微笑んだ。

 彼の優しい眼差しに、安心したヒカルは

階段を上り始めた。


 カチャ……。


 二階の一番端の部屋のドアが開いた。

 「どうぞ……」

 隼人がヒカルを部屋に招き入れた。

 「おじゃま……します」

 

 恐る恐るヒカルが部屋の中に入ると

ギシギシと床がきしむ音が聞こえてきた。

 隼人が、スイッチを入れると、部屋の中が

温暖色の光を発し、ゆらゆらと電球が

揺れた……。

 天井から吊るされた裸電球に

部屋の中央には古びたテーブル、

その上には潰れたビールの空き缶と

開かれた雑誌、灰皿には煙草の吸い殻と

卓上式のランプが置かれていた。

 そして、一番奥には大きな窓、その前には

木製のベッドが置かれていた。


 「適当に座ってよ……」

 そう言うと隼人は、男くさい部屋の

窓を開けた。

 ふわっとした風とともに、湿気臭い匂いも同時に

部屋の中に流れ込んできた。


 ヒカルは、テーブルに平行に置いてある

古びたソファーに腰を下ろした。

 部屋の中をぐるりと見渡すヒカルに、

隼人は冷蔵庫から取り出した缶ビールを手渡した。


 「ほら、喉乾いてるだろ?」

 「あ……私、アルコールはあまり……

ごめんなさい」

 「そうか……じゃあ、これ……」

 彼女の手から缶ビールと取ると、代わりに

ミネラルウォーターを手渡した。


 ボトルのキャップを開け、ゴクリと一口

水を飲んだヒカルは、やっと安心したような

表情を見せた。


 時計の針は、丁度午前零時を指している。

 ヒカルの安心した顔を見た隼人は、

ベットを指差すと、

 「疲れただろ? ベッドで眠りなよ」

 「隼人さんは?」

 「俺? 俺は、ソファーで眠るからいいよ」

 

 「あり……がとう」

 ヒカルが隼人に感謝の言葉を発した

その時だった……。

 カンカンカンと外の階段を上がる音が

聞こえ、足音はゆっくりと隼人の部屋に

向かって近づいてくるのがわかった。

 そして、やがて足音は隼人の部屋の前で

ピタッと止まった。


 隼人は、ヒカルを自分のもとに引き寄せると、

人差し指を口の前に立て、小さな声で、

 「しぃ~、静かに……大丈夫だから」

と言った。


 コン、コン、コン……。

 部屋をノックする音がした。


 そして、ガチャっという音とともに、

部屋のドアがゆっくりと開いた……。

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