第9話 この街ではあたり前
「はぁ、はぁ、はぁ、もう走れない」
アスファルトの上に座り込むヒカルの
腕を掴み立たせると、
「あと、少しだ! 頑張れ」
と声をかける隼人。
ぐぅ~……
とお腹が鳴る音がした。
「おなか……すいちゃった」
すまなさそうに無邪気に笑うヒカル。
その、笑顔に今までの緊張感が
どこかに飛んでいったような気がした
隼人は、クスッと笑うと、
「おまえ、やっぱり変わってるな。
ちょっとここで待ってろ」
と言うと、隼人は建物の物陰にヒカルを
座らせ、辺りを警戒しながら向かいの
店に向かって走り出した。
その光景を見ていたヒカル……
「え? 何してるの……?」
ヒカルが見た光景……
それは、店先に並べてあるパンを
隼人が盗んでいる光景だった。
驚くヒカルのもとに隼人が戻って来た。
「ほら、食えよ。腹減ってるんだろ?」
隼人が袋に入ったパンをヒカルに手渡した。
「これって……あなたが今、あの店から
盗んできた物でしょ? 泥棒したものなんて、
食べられない……」
「盗んできた物? 泥棒? 食べられない?
あんた、この街では『盗み』はあたり前
なんだよ。でなきゃ、生きていけない。
この街はそういう場所なんだよ……」
「そういう場所……?」
「そう、ここは、陽の当たらない街
『片陰の街』世間からはそう呼ばれている」
「片陰の街?」
「あぁそうだ。俺は、いつか……
この陽の当らない場所から、抜け出して
どんなことをしても、のし上がっていく……」
「そのためには、女性を売るのも平気なんだ」
「それは……悪いことだって、今までわからなかった?」
「金が入れば、すべての人が幸せになれるって
思ってたから女性は、男が貢いだ金で
幸せになれる。
人気者になれば沢山の金が手に入る。
俺は、そう言われて育ってきたから……
この街では、それがあたり前だった」
「でも、盗みや、女性をお金で売るのは
罪だよ。悪いことだよ」
「そうだな。悪いことだよな。じゃあ、
そのパンも盗んだ物だから……」
ヒカルに渡したパンを取ろうとする隼人。
「悪い……ことだけど、パン代払えば
いいと思うの」
ヒカルが呟いた。
彼女の言葉に、
「わかったよ。金払ってくればいいんだろ?」
そう言うと隼人は向かいの店に盗んだパン代
300円を支払いに行った。
「旨いか?」
「うん、美味しい」
「そうか……」
パンをかじる隼人……
「ほんとだ。旨いな……」
「でしょ?」
隼人から笑みがこぼれた。
彼の微笑む横顔を見たヒカルは
「隼人さんも、笑うんだね」
「なんだそれ、俺だって笑うよ」
「だって、最初あなたを見た時、
物凄く鋭い目して怖かったから」
「そりゃあ、暗い路地からいきなり
人が出てきて倒れ込んだら、普通驚くだろ?
だからだよ……それからさ……」
「それから? なに?」
「その……悪かったよ。ヒカルを
売り飛ばそうとして」
隼人が頭を下げた。
「もういいよ。だって、隼人さんは
私の恩人さんだよ。二度も助けられたから」
そう言うとヒカルは、隼人の手を握った。
少し、照れた表情を見せた隼人、
「じゃあ、行こうか。今度は、ちゃんとした
場所だから安心して」
と言った。
「うん」
二人は、路地裏の更に奥に入りこんだ
道を歩き出した。
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