第5話 男が見た悪夢

side とある魔法使い


「……」


「少し、いいかい?」


俺がギルドの酒場でいつものように飲んでいると、やけに上等な装備に身を包んだ優男に声をかけられた。

水を差された気分になった俺はジョッキを叩き付けるように置く。


「…なんだよ。」


「いや、お楽しみ中にすまない。僕はアルフレッド、ソロのAランク冒険者だ。」


「!!」


ソロのAランクはAランクパーティとは違う、ソロでの危険な依頼を受けることを許可された本物の強者だ。


「それで、そのソロのAランク様がこんな飲んだくれになんの用だよ。」


「…僕はつい最近この街に来たんだけど、面白い噂を聞いてね。」


「……」


「Aランク昇格間近と目されていた有望なBランクパーティが1人を除いて全員行方不明になったとか。」


「テメェ…!」


俺は無遠慮に傷口をまさぐる優男を睨み付ける。

すると優男の眉が下がり、申し訳なさそうにする。


「…古傷に刃を立てる真似をしてすまない、ギルドの面々は誰も信じていないようだが、僕はキミたちが襲われたという新種のモンスターを調査しなければならないんだ。」


「……お前が欲しがってる情報があるかは知らん、それとこの場はお前持ちだ。」


それだけ言うと俺は1年前のことを思い出しながら話し始めた。


────────────────────────


俺はついこの間までBランクの冒険者パーティ【黒鉄の牙】に所属していた。


俺たちのパーティはこのノービスを活動拠点にしていた。


ノービスから西に広がる巨大な森林地帯【死界】、1年前そこでとてつもなく巨大な魔力反応があったらしい。

ギルドから公表された情報では、強大な力を持つモンスターが命尽きたか、大規模なモンスター同士の抗争だという話だった。


その際に発生した瘴気が、人体に無害なレベルまで安定したため、環境調査の名目で森の哨戒を高額で依頼する旨の依頼書が貼りだされた。


ギルドからの直接依頼になるため、報酬はもちろん昇格に必要な貢献度も稼げるおいしい依頼だった。


……そのはずだった──


──3時間後──


俺たちは森の中を歩いていた。

森は静かだが、どこか空気が粘っこく重いように感じた。


俺は気を紛らわすように、みんなに話題を投げかけた。


「一体1年前何があったんだろうな。」


「さぁな、でも1年もの間瘴気で立ち入りが規制されるなんざノービスで活動始めて一回も無かったろ。」


盗賊シーフのラッドが答える。


「ま、ギルドからの直接依頼なんだし気を引き締めないとね。」


弓使いアーチャーのリューも会話に混ざってくる。


「お前ら、そろそろ問題の規制区域だ。」


俺たちのリーダーである大剣使いのライノが空気を引き締める。


「これからお互いに一定の距離を保って進んでいく、何かを見つけたらすぐに魔道具で知らせろ。」


「「「了解。」」」


ライノの指示で俺たちは広がりながら森の中を探索していく。


『全員集まれ…!見たことの無い虫系モンスターがいる!!』


森の中深くまで来たところでラッドからやけに小声でメッセージが飛んでくる。


数分して全員がラッドのいる場所に集まり、木陰に隠れて目的のモンスターを目にしていた。


「(レノ、あのワーム系モンスターはなんだ!?)」


ラッドの声には焦りが滲んでいる。

無理もない、強力な瘴気が安定した直後に現れた新種だ。


「(わ、分からない!あんなモンスターは俺も知らない…!)」


かくいう俺も冷静ではいられなかった。

魔法職に就くと個人差はあるが魔力を感じることが可能になる。

それ故に俺は目の前のモンスターが不気味で仕方なかった。


なぜならコイツからは──


から。


そんな俺の焦りを他所に件のモンスターは樹に齧り付いて美味そうに樹液を啜っている。


「(見た感じ草食性かしら?…どうする?)」


「(ライノ、退こう。今はギルドに情報を持ち帰ろう。)」


リューの言葉を聞いて俺はすぐに撤退を促す。


「(……アレは見たこともないモンスターだ、ユニークかもしれん。)」


だがライノは危険を承知の上のようだ。

俺もライノの眼を見て覚悟を決める。

ライノが抜剣すると全員がモンスターを囲むように位置取り、武器を構える。


「かかれッッ!!!!」


ライノとラッドがモンスターに肉薄し、リューが矢に魔力を纏わせて射る。

3人の攻撃は簡単に弾かれた上に、奴は俺たちをジッと見るだけで何もしてこない。


「【炎槍フレイムスピア】ッ!!!」


限界まで魔力を込めた渾身の炎槍を真正面から受け、火柱が上がる。


「やったか…?」


ラッドの呟きに俺たちはそうであってくれと祈る。


「嘘…だろ…」


黒煙の中に佇む奴は無傷だった。

そして額のツノがバチバチと帯電を始める。


その瞬間、俺は気付いた。


いや、気付いてしまった──


俺が感じていた空気の粘っこい重さが


(嘘だろッ!?アイツから魔力を感じなかったじゃない!!デカ過ぎて気付けなかったんだ!!!!!)


ちっぽけな虫が水溜まりを海だと感じるように、俺は


それに気づいた瞬間、俺は咄嗟に懐から転移魔道具を取り出し発動した。


「──これが、俺が体験した悪夢だよ。」


俺は手元の酒から対面に座る男に目を向ける。


「ふーん…メンバーはみんな死んだってこと?」


俺は目の前のガキに今の話を聞いてなかったのかと怒鳴りつけたくなったが、飲み込んだ。


「今ここにアイツらがいないってことは…そういうことだろうな。」


俺はそう締めてジョッキの酒を飲み干す。


男は聞きたいことを聞けたと言わんばかりにテーブルに金貨を2枚置いて立ち上がった。


「…情報ありがとう。辛いことを聞いたお詫びだよ、飲み過ぎて体壊さないようにね。」


そう言い残すと、男はそのまま去っていった。


俺は奴が一瞬、歪んだ笑顔を見せたのを見逃さなかった。

アイツが何しようとしてるか知らんがロクなことじゃないだろう。


「…何が詫びだ。」


俺は自信満々にギルドを出て行く男の背中を睨み付けると、気分直しにウェイトレスにいつもより少し良い酒を頼んだ。

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