第4話 遠い記憶と今日を消したくて
夜7時。
ハッと加奈は目を覚まし、辺りを見ると、
――またやっちゃったみないね
「おう、ようやく起きたか」
純はコタツの向かいに座り、酒を浴びながら加奈が起きるの待っていた。
加奈はスマホを確認し、
「ヤバッ、もうこんな時間。明日仕事だし」
慌てふためいて髪を手ぐしで軽く整え、バックを持った。
「どこ行くんや?」
「へ? どこって家に帰るのよ」
「ええやん、今日くらい。俺の酒に付き合えや」
純が酒をグラスに注いで加奈の前へ置いた。
「な、何よ。明日仕事なのよ!」
そう言って立ち上がりコートを手に取った時だ。
「そんなの休めばええやん!」
そして純はグラスを飲みをして
”バンッ”
と、コタツの上に叩きつけた。
「いったいどうしたの? 飲み過ぎよ」
「どうせ加奈は別れた男のことをまだ思っとるんやろ!」
純は大声で怒鳴り、
”パリンッ”
と壁にグラスを投げつけた。
「どうしてよ、何故いまさらそんなことを言うの?」
「へ、よく言うな。加奈は元彼を忘れたくて、ただ俺に同情を買ってるだけなんやー!」
「ふざけないで、よくも平気でそんなことを」
「ふふ、お前にっとっちゃあ俺は、ただの通りすがりの男さ」
「純に私の何が分かるの――帰るわ」
そう言って加奈は玄関に向かおうとした。すると――
「帰さねーぞ、今日は」
純は加奈の体を無理やり押し倒して服を脱ぎだした。
「ち、ちょっと――やめてー、キャーッ!」
加奈は小さな体で抵抗し、コタツの上にあった酒瓶を取ると、
”ガツンッ”
と純の頭を殴打した。
「ウワッ!」
そして純が反対側に倒れると、その隙に加奈は玄関を飛び出した。
冷たい夜風に頬をなでられて、思い出を忘れようとしたことが、今日を忘れることに変わった。
――私は誰かを好きになっちゃいけないのかしら……
加奈は陸橋の上まで来て足を止め、先を急ぐ車のネオンの流れをその場でじっと見つめた。そして人生を
――あはは、あーはっはっは
夜空の星の海に向かて笑った。不幸、その言葉を<私>と呼んでも不思議ではない、とそう思ってしまう。そしてまた、スマホを手にして、
「……ブロック」
――そうだった、まだ登録もしてなかったわ。
「このスマホはどうやら男嫌いみたいね」
時計だけがコツコツと回り、飲み屋へ行けと告げている。どこの店で今日という抜け殻を
「強いものを一杯」
それだけ告げてカウンターに座ると、注がれたグラスに真っ赤な口紅の跡を残してゆく。取り合えず明日のことは店の外へ放り投げて今日も飲む。どうやら今回もこぎ出した船は、難破したらしい。勿論、心が座礁したのだから明日の仕事はキャンセルだ。
仕事の上司に電話して、熱が出たので休みます、それだけ告げた。加奈にとってはずる休みではない、”恋患い”という確かな病気なのだから。
「ねえ、ママさん。男って何?」
「そうね、一番大切な時に助けてくれる人、かな」
ママは派手派手しい服を揺すりながら、簡潔に答えた。
「その大切な時って、どんな時?」
「そりゃあ、色々さ。ピンチの時もあれば、悲しいときもそうだし」
「わからなーい! ママ、もう一杯」
そしてまた、加奈は自分の夢の世界へと足を運ぶことになった。
夜中の12時半。半分寝たまま、スナックを出てふらりふらりと家路へ向かう。冷える街角の隅っこで子猫のように立ち止まり、誰もいるはずのない後を振り向き、
「私って、バカね」
と呟く。
暗い夜道を歩きながら自分の過去を足跡で一歩ずつ、消す。
そしてまた前を向き、歩こうとするとした瞬間、
”ププーッ”
クラクションの音が辺りに響いたかと思う間もなく、眩しいトラックのライトが加奈を襲い、
――危ない! 加奈
ある男は身を挺して加奈をかばった。
「いいて、あなたは……だれ?」
――身代わりさ
男は頭から血を流し、そう言い残して気を失った。
そう、彼女を助けたのは
――――純だった。
最終ホームでまた出会う 岡本蒼 @okamotoao
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