第2話 スマホと私の心を充電してくれた人

 別れ上手な加奈は酒に埋もれて、誰の声もしない自分のアパートで寝ているはずだった。そして一人ですねた朝を迎えるのだろうと思っていた。しかし――



「やだー! ここは?」



 加奈が白い毛布を抱いて飛び起きると、



「よう、おはようさん」



 前髪をベランダから押し寄せる風にサラッとなびかせる、見知らぬ一人の男の姿。昨夜の記憶を辿っても何の当てもない。



「あなたは、だれ?」

目をきょんとさせて加奈が聞いた。



するとワンルームアパートのキッチンに立つ男は、 



「俺の名は、古藤純ことうじゅん。君は?」



「わ、わたしの名は、園田加奈……です」

<ち、ちょっと、イケメンじゃないの!>



「加奈ちゃん、昨日の夜けっこう荒れとったで。何かあったん?」



「そ、それは。その……」

 毛布を花まで上げる加奈は、譲渡会で引き取られた慣れない子猫のように怯えていた。




「そうビビらんでもええよ。ほら、ラーメンできたで」




 ラーメンの湯気が小さなコタツの上から天井に消えてゆくのを見ていると、加奈は少し心が落ち着いた。そして出逢ったばかりの目の前の男にまた心を奪われ、恋をしないと誓った自分を笑ってしまうおバカさんになるのだろうか。




「ありがとう、純さん」


「その、さんづけはやめって。純でええ」


「うん、純」




 純の部屋は六畳一間でキッチン、トイレとバス付の木造建築の古いアパートだった。床の至る所にカップ麺の空が散らばる風景は、みるからに男の一人暮らしを物語っている。



 加奈は箸をとる前に、側に丁寧に置かれていたブラウンのバックからスマホを取り出した。朝のルーティーンはスマホの着信と電池残量の確認だ。すると――



「やばっ! 電池が……」


「なんや、充電か?」


「うん、どうしよう」


「それ、昨日まで俺がつかっとった機種と一緒やな。かしてみい」

 そう言って純はブラックの三段ボックスの一番下からごそごそと充電器を取り出した。



「ほら、これでもう大丈夫やで」


「ありがとう、色々と」


「ええよ。さあ、麺のびるで」

 そう言って二人はラーメンを啜った。



 本当なら今頃、加奈は自分のアパートでぬいぐるみを相手に別れの愚痴をはいて、部屋は涙の海になっていたに違いない。いや、そのはずだったのだが――



「加奈って今、ひとりなん?」

 急な純のふりだった。


「そうね、昨日から一人になっちゃった」

 失恋上手な加奈は出逢う相手を海の果てまで追いかけて、決まって最後は沈没する難破船。



「そっか、それで昨夜はあんなに酔いつぶれたんやな」

 純はにこっと笑い、

「俺も一緒や。三日前に女と別れたんよ」



「へ! 純も!?」



「ああ、だから昨日まで使っていたスマホを機種変したんや」



「ほんとかしらね?」

加奈はそう言いつつ、別れの余韻が冷め止まぬままに、目の前の純に惹かれていった。

<この枯れはてた心をあなたのハートで満たしてくれない?>



 今回の失恋はおとぎ話のような意外な展開を見せるので、


<はっはっ>


と、思わず加奈は心で笑ってしまった。



「なあ、加奈。明日あいている?」

加奈は保育士で土日は休みだ。今日が土曜日。



「ええ、あいているけど?」

いつの間にか心の中で、目の前の男が私をさらって欲しい、と神へ祈って十字を切るのだった。



「じゃあ、動物園行かへん?」


「うん、それじゃあ今日のお礼も兼ねて」



 約束をした後、加奈は不思議な気持ちで純のアパートを後にした。



 昨日手放した愛とこれからの恋心が、どこへ流れてたどり着くのだろう。



「明日から私の心に灯よともれー!」



 電池の少ないスマホと、疲れ切った女の心を充電してくれたのは、出逢ったばかりの男だった。



――充電ケーブルの名は、古藤純

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