最終ホームでまた出会う

岡本蒼

第1話 別れと偶然の出会い

 これまで園田加奈の帰る家は彼、わたるの温かな胸の中だった。スマホも彼との愛語りでいっぱいだった。

 

 でも、降りしきる雨音の中で彼の靴音を追った自分も、迷うよな夜道を照らす彼も、もう二人はラブストーリーを演じることはない。



 いったいなぜ?



 その答えはひと言、メールで送られてきた。



 「大好きだった君を一生忘れない。ごめん、俺は婚約者がいる。明日、入籍する」



 そして今日、彼は既婚者になった。

 最後のメールは



 「さよなら、永遠に――」

 私も最後に



 「さよなら、バカ」



と、また慣れた別れの台詞をメールした。そして雨降る中で別れを告げる電車を待っていた。



 駅のホームで涙を流し、全てを忘れたくて、彼女は列車に乗るといつもと違う一つ目の駅で降りた。



 風の冷たい冬の夜、惨めな顔つきで引いたのは赤ちょうちんの戸。



熱燗あつかん



 加奈は大将に一言告げるとベージュのコートを脱ぎ、カウンターに座った。

<あいつめ、今ごろ私とは違うタイプの長い髪の女性を抱いているのね>


そしてスマホをバックから取り出した。



「ブロックで削除」



 今先までの連絡先をリセットすると、海のように広く愛した日々は焦がれ枯れはて、永劫に消えた。その度に加奈は、



「もう恋はしない」



 と、誓う未亡人のようだ。


 加奈は特別に美貌という持ち主ではないが、小柄で少し丸い顔に笑うとできる笑窪がチャーミングだったから、



「笑顔が素敵だねえ」


と、決まって男はそこから彼女の心に忍び込んでくる。すると



「あら、そうですか!」



その返答で恋が始まる。勿論、相手が普通以上のイカした男ならばだ。


 加奈は好きな男を水平線のように一直線に愛する女。お弁当を作ってあげたり、男のアパートに行って洗濯や掃除をしたり、その見返りに子猫のように甘えるのが得意だった。


 一人っ子で育ったせいか、異常なほどの<甘えっ子>だからこそ別れは人一倍、辛いのだ。



 ぐいぐいとおちょこを振るえた手で口まで運び、即酔いつぶれた。忘れ上手な加奈にとってそれは珍しい事ではなかった。



「大将、もう一本」

そう言う加奈に、


「お姉ちゃん。、いい加減もうその辺で止めときな」

と大将が見かねて会計をすすめた。



 加奈は何とか会計を済ますと、雨が雪に変わった夜道をよろよろと駅に向って歩く。その時、ヒールが折れてその場で転んでしまった。



「いったいどこまで私はついてないのー!」



 加奈は別れの味を噛み締める道化者。そんな時にまたまた恋の女神が舞い降り、新たな舞台を用意してくれているとは。



「大丈夫? 怪我はないか?」



 倒れた加奈の体を一人の男が抱き寄せた。



 泥酔していた加奈は到底、自分のアパートへ帰れる状態ではなかった。



 翌日、加奈は見知らぬ家で目を覚ますと度肝を抜かれるのだった。

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