第三章 一話 『今覚えていること』


「ユグドラシル様の様子がおかしい?」


 ミレの唐突な告白に、妖精族のリズレットは驚く。


「あぁ」


 庭園都市アミュレットの大広間のひとつ。ここはユグドラシル直属の護衛たちが集う場所だ。

 千切り姫ミレ・クウガー。

 男の娘妖精族フェアリーリズレット。


「部屋に引きこもっちまってよ、出てこねぇんだ」

「あぁ……うん。そうだねぇ。私はよくわからないけど、うーん……」


 ミレとリズレット。二人が言葉に詰まるのは、昨日のことが重しになっている。

 二人が昨日見たユグドラシルの涙。

 結局のところ、ユグドラシルを城に連れて帰った後も、彼は固まったように何も答えず、部屋で休んでいる。

 たまにこっそりミレが部屋を除くも、なにも言わず椅子に座っているのがうかがえたので、とりあえず彼が話すまでは話しかけないでおこうという結論に至った。

 

   

「まぁ確かに、復活してから様子はおかしいよねぇ。私のワンピースをめくってたしなぁ。でもさ、ユグドラシル様っていつもそうじゃない? ひょうひょうとしてて、何考えてるのか分かんなかったじゃん。むしろおかしいことが普通っていうか」

「……そうなのだけれどよぉ。急に城を飛び出してエルフを助けに行ったしよぉ」

「んーまぁ……分かる気もする。いつもおかしかったけど、なおさらって感じ」


 不安が伝播したのか、ミレに加え、リズレットも不安になってくる。

 確かにここ数日のユグドラシル様は変だ。突然ガルディア国に行ってみたいと言ったり、城を飛び出してエルフを助けに行ったり。おかしさに拍車がかかっている。

 

「ミレちゃんがあの森で――ユグドラシル様のところへ戻ったときはどんな様子だったの?」

「どんな様子っていったって……あの時はそうだなぁ、主殿の大きな叫び声が聞こえて、慌てて戻ったんだ。で、あの状態。それ以上説明できることはねぇよ」

「うーん同じだねぇ。私のほうは商人っぽい男を捕まえて殺そうとしてたんだけど――でも声が聞こえて急いで戻った感じ?」

「あんとき、あの場所にほかにだれかいたか?」

「いやいなかったと思うよ? エルフの女の子はいたけれど……少なくともユグドラシル様をあんな風にできるとは思えないよ」


 誰がユグドラシルを傷つけたのか。

 その解答が出ないことが、二人にとって、一番恐ろしいことであった。

  

「ちょっと発言よろし??」


  二人の視線の先で、小さな物体から声がする。

 

  ぴょんぴょんと飛び跳ねるのは、

 大きなハットをかぶり、マントをひっさげる。体が小さいので黒いマントのほとんどは引きずっているが。

 白の髪をバウンドさせ、可愛らしい笑顔をミレとリズレットに振りまいている。


 魔術工房責任者、ノワールだ。


「私はねぇ、気にしなくていいと思うよ~」


 ノワールはいわゆる萌え袖で片手をあげながら二人に進言する。


「気にしないってノワール……アンタねぇ」


 リズレットはお気楽な発言に少し呆れながら答える。

 

「だってさー心配したって仕方ないよー? 私たちはあの方を信じて進むしかないもの」

「まぁ……それはそうなんだけど」

 

 リズレットは片方の頬だけを少しだけ膨らます。


「わちしたちで決めてるのは、あの方を命を懸けて守ることで、あの方より先に死ぬこと。そこに疑念が生まれれば、守るものも守れなくなっちゃうでしょー?」

「……」


 二人はぐっと息をのむ。ノワールの言う通りであった。

 ここにいる三人の役目は、命を懸けて戦うことであり、命をかけてユグドラシルを守ることでもある。


「まぁ主殿あるじどのを深く考えても仕方ねぇか」

「そうね――」

  ――そのとき大きな爆音が城を揺らした。  

 地震とさえ思われる大きな揺れ。しかしここは天空に佇む庭園都市アミュレットである。

 

「ぎゃああああ! なによなんなのよ!」


 パニックになったリズレットが空を高速で飛び回る。白のワンピースは激しく動くものの、なぜかめくれることはない。きっと魔術以上のなにかの力が働いているのだ。おそらく無意識の信念的なものが。


「うわぁ……すごいねぇ。揺れてるねぇ……」


 大声を出すリズレットとは対照にノワールはのんきだ。大きく口を開け、天井を見上げている。

 

「リズレット、落ち着いて。ノワール、焦って。もしかしたらなにかしらの攻撃を受けているのかもしれない。リズレットは怪我人がいるか確認を、ノワールは結界魔術の損傷箇所を確認を」


 ミレは適切に指示をだした。

 三人の揺れに対する行動は三つ巴といえよう。

 動揺のリズレット。呑気のノワール。冷静のミレ。


「わかったわよ……いってくる……! ミレはどうするの?」


  顔を赤くし涙を瞳に浮かべるリズレットは大きく深呼吸する。


「私は主殿のところへ安全確認と報告に向かう。人類が天空への攻撃方法を得たのなら脅威だ。怪我の確認、結界の確認後は二人とも私のところにきて報告を。もし外敵による攻撃を受けている場合は使いを送れ。もしそんな余裕もない規模の攻撃だったら、どちらも報告にこないように。報告にこないということを報告と見なす。その場合――アミュレットは緊急厳戒態勢に移行」

「了解」

「わかったー」


 三人は別れる。

 リズレットは妖精らしくフワフワと飛びながら城の外へ。

 ノワールは魔術によって作られた影の蛇に乗って結界制御室へ。

 そしてミレは――


「第二外装……顕現。『ちょっと前向きな兎達スロウリィラビット』」


 ちょっと前向きな兎達スロウリィラビット

 千切り姫――魔造兵器であるミレに備わる十三外装のひとつ。

 リミットの解除。ミレの美しく艶のある長い脚は、大きく膨れ上がり、脱兎のごとく少し地面を蹴るだけで跳躍できる。垂直に飛べば、おおよそ天蓋を突き抜けて城から飛び出すだろう。

 その力を、ユグドラシルの部屋に向かうために使う。

 時間にすれば、ほんの些細だ。ユグドラシルの部屋は城の最も守りの堅い場所、大広間の奥にある。いまのミレの脚力としては、おおよそ5歩分。

 

主殿あるじどの!!」


 

 普段のミレらしくもなく、豪快に扉を開けた。


「あーーごめん」

「は?」


 ミレは万が一ユグドラシルに小さなかすり傷ひとつつくことや精神攻撃の可能性を恐れていたはずなのに、最初に聞こえたのは主人であるユグドラシルの謝罪だったので、呆気にとられてしまう。


「ほんとごめん。自分の能力を確認するためにとりあえずは簡単な魔術でもと思ったんだけど……思った以上に暴発しちゃって……これ治るかな。お金とか大丈夫なのかな……あぁやってしまった……」

「なに言って――」


 ミレは冷静なほうであったが、流れるようなユグドラシルの言い訳に圧倒され、事態を飲み込めずにいる。

 よくみると、ユグドラシルの顔に細く光が差していた。

 視線で光のもとを見る。

 光はゆっくりと天井に向かって伸びていて――


「あぁ……そういうことかよ……」


 部屋の天井に、同じく部屋いっぱいの丸い穴が開いている。この部屋は奥に作られているため、天井から光が差すことなどないのだが。


 穴はいくつもの部屋を通り抜け、空まで続いている。


「揺れの原因はアンタかよ主殿あるじどの……」


 城の損傷としてはかなり重傷だが、人間による攻撃ではないことがわかり安心する。

 そのとき、指示を受けた魔術工房責任者のノワールと妖精治癒師リズレットが部屋に現れる。


「ミレちゃんミレちゃん。結界は上層部が一部破損、ただちに修復を開始したけどちょっとかかりそうー。でも外側からの攻撃っぽくないんだよね、原因が全く不明なんだ。まるで内側から大きな爆発があったかの――わぁぁ……」

「ミレ。治癒が必要なレベルの魔物、魔獣はいなかったわ。というより一番外側の守りをしてるやつらは特に何も――なんぞこれぇえええええ!」


 ノワールはらしくもなく驚きを、リズレットはいつもどおり阿鼻叫喚を。


「お疲れ。リズレット、ノワール。ご覧のとおり原因はわかった」 


 咳ばらいをし、冷静に努める。


「悪かった」


 ユグドラシルは繰り返し謝る。


「すごいねぇ! ねぇねぇユグドラシル様。なにを使って大穴を開けたのです?」


  唯一この場で楽観的に考え口にするノワールが楽しそうにユグドラシルへ近づいていく。


「とあるキャラ――人間の技でね、膨大な魔力を圧縮をして作った塊を、方位性を持たせたうえで解除する技でね……城とか山とか攻撃するやつなんだけどうん。そもそも俺に魔力があるのかっていう実験がしたかったんだけど――」

「ほへぇ……すごいねぇ。もしかして見よう見まねでしちゃったんですか?? うむーもしそうならすごい開発力です! 魔術工房責任者として闘争心が芽生えます!」

「暴発だよ暴発。体はすぐに再生したけど……一瞬で木っ端みじんになったから」

「いやぁ! 魔術よりもユグドラシル様の体に興味があります!」


 興奮するノワール。体に興味があるといっても、その表情は研究者のソレだ。


「ノワール!あったりまえでしょ! 私たちのユグドラシル様よ」

 

 自慢げに腕を組み偉そうな態度をとるリズレット。主人のすごさがなぜか自分がうれしいらしい。


「なんだよぉリズレット。一番ビビッてたくせにー」

「ビビってないわい! ちょっとびっくりしただけだい!」

「ビビレットはうるさいなぁ」

「ビビレットいうな!」

「お漏らしレット」

「語呂わるっ! ――いやそもそもおもらししてないから!」

「おやおやぁ……? そのワンピースについてるシミはなんだい?」

「これは紅茶! 紅茶だから! ユグドラシル様? 紅茶ですよこれ。たしかに目立ちますけど、これ紅茶ですからね? 嗅いでみればわかります。とてもいい匂いですから。『音楽家ラズベリー』の匂いですよ? 嗅いでみません?いや嗅いでほしいですほらほら嗅いで?私の股間嗅いで?」


 ふわふわとリズレットがユグドラシルに股間を近づける。


「はい、二人ともそこまで」


 ミレが両手をたたき二人をたしなめる。


「リズレットは城内にいるみんなに報告して安心させてあげてこい。ノワールは結界の修復と城の修繕を。私は主殿にほかの寝室を用意してくる。それでいいよな」


「あぁ、うんありがとう」


 気の抜けた返事を了承とし、リズレットノワールミレは扉をあけ部屋を出ていく。

 一息つき、危機が去った三人。

 大広間を歩く。


「しかしすごいねぇーユグドラシル様は」

「そりゃ魔神だもん! 当たり前!」

「私は二人に比べてユグドラシル様に仕えてまだ長くないからねぇ……魔神のすごさを初めて見たよ!」

「ねぇねミレちゃん? ユグドラシル様、意外と元気そうだったね!」

 

 楽しそうに雑談するノワールとリズレットの声がミレには届いていない。

 ユグドラシルは破格だ。 

 魔物魔獣を従え、空中都市アミュレットの主人でもある。

 昔からよくしっていた。

 ユグドラシルと長い長い時を生きるミレ。 

 ただ。 

 ただ――


主殿あるじどのは今――力を削がれてる状態のはずだぞ……?」


 ミレは呟く。


「昔の主殿に――あんなことは出来なかったはず」


 違和感はゆっくりと重なり始める。






 

 昼のひと騒動の後、ユグドラシルはまた昨日と同じように自動書記ノンストップライティングを起動していた。

 新たな部屋は非常に質素だ。

 

 ミレの類まれなる手腕によって用意された部屋は、机、ベッド、椅子、テーブルと簡易的である。

 副官ミレの考えとしてはもっと主人らしい部屋にしたかったようだが、こっちのほうがしっくりくる。

 まぁ質素といっても、前のあの禍々しい部屋に比べれば、というだけで、少なくともスキャットの家よりも大きいしモノも多いだろう。

 

「えっと。自身の力が想像以上にあることは分かった。テキストに力について明記していなかった分大きくなったのか、その辺はおいおい考えよう。今考えるべきことがある。

 召喚術師と世界の果て『第一章 第四話 ガルディア国の英雄 勇者』だ。はぁ……」


  どうも気が乗らなった。

 スキャットのことが好きだ。キャラクターとして健気な彼は憧れるし、自身の飢えを隠してでも妹のために働き食べさせる彼に家族のような思いを抱いている。

 もちろん、妹についてもそうだ。

 大切な、大切な家族。

 その家族に――恨まれるストーリー。

 ふぅ、と息を吐きコップに入った水を飲み干した。


 「あのバケモノを倒さなければ――」


 だが確実にその未来はやってくる。

 

「だからこそ、鮮明に思い出さなければならない」


  スキャット目線の物語を。恨むべき魔神を。

 ユグドラシルは目を瞑り、一番印象的な物語を思い出した。

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