第一章 七話 『偽りのない願い』
一人座り、目の前で楽しげに宴会を続ける異形のキャラクターたちを見つめながら、独り言を続ける。
だがユグドラシル――いやアキの言葉は、騒がしい喜びの声にかき消されだれにも届かない。
「登場人物の人生を――命を、俺はなにも考えていなかった。ただ物語をシリアスにしたかった、それだけなんだ。
誰でもすぐ死ぬ、そんな世界観にしたかった。酷く虚ろで愚かしい行為だとはわかってた。キャラクターの死でしか、物語の起伏を作れなかった」
ぎゅっと拳を握った。
そして――今後訪れる運命を語りだす。
「物語の宿敵であり人類の敵ユグドラシル。主人公たちの力により――
「対神十三拘束兵器ミレ・クウガー。ユグドラシルの副官であり恋人のような存在であり大切な家族でもあったミレ・クウガー。ユグドラシルとその友人に作られた魔造兵器。彼女の死はこの物語に大きな影響を与えた。
――
「
年齢不明――
「六英雄がひとり 戦争屋 ウィッチ・ノア
「王家の血筋 ミューリ・アストレンジ。 アストレンジ家のご令嬢で、誇り高きミューリ・アストレンジ。実直な性格で融通が利かない性格は、彼女の短所でもあり魅力でもあった。彼女の死は、物語に友愛と献身を与えた。
享年十六歳。――
「四十八代目勇者 ラング・メビウス。ガルディア国の英雄の一人で、勇者の称号を持ったラング・メビウス。彼は国民に勇気を与え、この世界の正しい人間として模範的な行動を示す。彼の死は、物語に残虐と価値観を与えた。
享年二十二歳。――
「ランピス学園英雄候補生、マナ・マルボロ。
彼を中心に動いていく物語は、日常と努力の結晶である。彼の死は、物語に世界の意味と賢明さを与えた。
享年十九歳。――
これは懺悔だ。
「ガルディア国ランピス学園魔族生態学教授コトギクサクラ。彼女は若くしてランピス学園教授になった。マナ・マルボロの師匠にして魔術生態学の権威。また、遅延魔術学を一から作り上げようとした。彼女の冷徹さに含まれた生徒への愛情は、いつしか終わる戦争への足掛かりだった。彼女の死は、物語に厳しさと希望を与えた。
――
「
――
「
――
「レーミラ・ヴァ・アシュケナジー。暗躍する美しき老婆。彼女の執念ともいえる戦いは、誰にも語られることはない。それでもいいと彼女は思った。全ては自分がそうしたいと思ってやったことである。彼女の死は、物語に哀悼と無知を与えた。
享年不明。――
「クーイ・デルバルド。彼女は――ごめんごめん……本当に――」
命を無駄にしてしまったこと。
命を考えていなかったこと。
誰よりも理解し大切にするべき作者が、誰よりも彼らをないがしろにしていたこと。
「怖いなぁ」
正直な気持ちが、まるで息のようにこぼれた。自分で声に出したことも気付いていない。
ユグドラシルとなった男は、自分に問うた。
「俺は、死ぬんだろうか」
そうだ。この世界が【召喚術師と世界の果て】で、この体がユグドラシルなら、それは死ぬ日がきまっているということ。
「どうして死ぬんだ」
主人公によって。
「どうやって?」
そこは分からない。ただそういうものだと決めた。ラスボスは主人公が倒すものだ。それがそういう理だと、自身で決めた。
「どんな気分?」
最悪だ。どうしてこうなったのかもわからない。誰かがやったのか自身でやったのかすらわからない。
ただいきなり想像の産物に飛び込み、死ぬ日を決められた。余命宣告とはこんな気分なのか。
「でも。人はいつか死ぬよね」
その通り。今日死ぬか明日死ぬか。はたまた未来で死ぬか。方法だってわからない。事故病気老衰殺人自殺。どんな理由でもあったとしても、必ず人は死ぬ。
「そう思えば、良心的なのかもしれないね」
そうだ。死ぬ日が決まってるのなら、裏を返せばいい。それまでは死なない。いつ死ぬか怯えて生きるよりマシなのかもしれない。
「じゃあ俺は、死ぬまでなにするの?」
なにをしようか。優しい副官と男の娘の妖精と楽しく暮らす。たしかに楽しそうだ。でも、やりたいことはそんなことじゃない。
たまにくだらない話をしながら楽しむのはいいのかもしれないけれど、それはあくまで閑話休題。本当にやりたいことはそうじゃない
「じゃあ、これからどうする?」
昨日の戦争を思い出す。
血なまぐさい香り。数千の死体。
これはすべて――ユグドラシルが望んだものだ。
ポケットに入れた、小さな懐中時計を取り出し、高く掲げる。
美しい銀時計。時計の裏には、一枚の家族写真が貼ってある。
幼い子供を抱きかかえた一枚の写真。
「これを返そう。まだ見ぬ君に」
もう――あんな光景は見たくない。それが世界の道筋だとしても、俺には耐えられない。
「じゃあ――俺の望みは?」
様々な思考がよぎる。
やりたいこと。やり残したこと。
色々考えて、色々悩んでみたけれど、結局のところ最初から決まっていたんだ。
『やりたいようにやればいいんじゃねぇの』
本当にやりたいこと。
それは――。
「俺は、自身で書いたこの物語を――ハッピーエンドにする」
戦地に行く父親を見届けることも、子供を残し戦死することも、悲惨な未来も、なにひとついらない。
みんなが笑って暮らす未来。ただそれあればいい。
「たとえそれが――俺の命と引き換えでも」
俺は。
それは、さきほどの
目の前にいる異形たちへの言葉でもない。
彼らに求められたから、演じたのではない。
心の底から、アキが願ったもの。
「――
それがこの物語のエンディングだ。
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