第零章 終話 『エグくて悲しくて欺瞞に満ちた漫画』

 『召喚術師と世界の果て』

 

 パソコンに表示された一話のタイトルは『第一章 一話 スキャット・デルバルドの日常』


 見開きは少年と勇者が対峙するシーン。

 命を懸けて妹を守ろうと、勇者が啖呵を切るシーンが好きだ。

 

 この物語を作るのに、何年もかかった。

 キャラクターの性格、容姿、趣味、信念、年齢……etcetc。

 

 この物語が好きだ。

  キャラクターの設定を細かく書き、詰めていくのが好きだ。

 一枚絵をかき、動くキャラクターを想像するのが好きだ。

 誰かのために犠牲になることを決める主人公が好きだ。

 そんな主人公のために戦うヒロインたちが好きだ。

 みんな、みんな好きだった。

 

 パソコンの中にはこの物語のすべてが入っている。


 そこには『召喚術師と世界の果て』についての全データが入っている。

 主人公の性格、趣味、信念、家族、能力。

 好きなものや嫌いなもの。

 まだ絵にもなっていない構想段階のキャラクター。

 ストーリーに繋げれるか分からない伏線。

 細かい設定を練っては、少しずつ貯めていく。

 ヒロイン、ライバル、仲間、敵の幹部たち。彼らの人生がここに詰まっている。

 唯一ラスボスだけは登場も見た目も曖昧だった。あるのは面白そうな能力だけ。


 こいつを明確に想像してしまえば、物語が終わってしまう気がしたのだ。

 ただ、書き続けたかったのだ。


 プロットを文章で書いているとき、俺は常にキャラクターといた。一緒に冒険し、仲間を集め、ヒロインに恋をする。

 漫画として下書きにしたとき、彼らの笑顔が見える。

 自分にとって魅力がなければ、誰にも魅力に見えない。



『召喚術師と世界の果て』のストーリーは王道だ。


 英雄に憧れる主人公。

 どんな状況になっても、主人公を信じ続けるヒロイン。

 様々な種類の種族と能力。大きな国々。

 暗躍する敵たち。


 そしてラスボスのユグドラシル神樹


 けれど――。


『ガンガン仲間が死ぬようなエグイ漫画』

 

 編集に言われたように、やってみようと思った。間違ったアドバイスでも、やってみてから否定しよう。

 少なくとも、あの編集は物語を読んでくれてる。この世界にいるたった一人の読者だ。

 そう思えば、少し気が楽になった。読者に面白いと思ってもらうものを描く。なんてありがたいことなのだろう。


「エグイ漫画――読者の心を引き裂くようなストーリー」

 

 自分が読んでいて嫌なものってなんだろう。

 目をつむり、今まで読んだ漫画を思い出す。

 それはやはり、読み終わった後に訪れる消失感。胸の下あたりにぽっかりと穴が開いた感覚。


「進撃の巨人で、ベルトルトとライナーが裏切りものだったときは驚いたなぁ」

 

 唐突にやってくる裏切り。これは良い。

 ペンをとり付箋にメモをする。


『唐突な裏切り』

 

「絶望感――ディーグレイマンのレベル4初登場時は絶望したなぁ」  


 『圧倒的な敵の強さと絶望』

 

同じ要領で、自分の心に残っているシーンをメモしていく。


『必死に倒した敵が、大量にいるロボットの一体』

『大切な仲間の裏切り』

『カッコいいキャラクターの無残な死』

『粋なセリフ回し』

『主人公がラスボス』

『冒頭は緊迫感のために戦争のシーンから始める』

『残虐性のために前振りは長く』


 すべて使うアイディアではない。けれど気になったこと、少しでもなにかつながりそうなものは全てメモしていく。

 時間が知らない間に流れていく。ペンがどんどん進む。

 物語のベースは『召喚術師と世界の果て』だ。魔術、異能、人間関係、世界観は既存のものでいい。

 違うのはキャラクターたちの展開と死に方。

 とにかくエグイ展開を持たせるために、魅力的なキャラクターにしよう。 

 女の子は読者が恋をするくらい可愛く。

 男の子は読者が憧れるくらいカッコよく。

 甘酸っぱい恋愛。

 無情な死。

 圧倒的な敵。


 いてえがく。たまに思い出してまた書いて。

 ひたすらそれらを繰り返す。

 止まらぬ電子ペン。思考。なり続けるPCの排気音。

 何時間、いや何日も書き続けた。読み切り用に作ったはずの物語は、一話で終わらない。下書きだけがたまり、それでも書き足りず延々とプロットを書き続けた。


 はここにあった。


 心がドキドキする青春モノでもなく、感動させようと描くバトルモノでもなく。

 人の心を引き裂くためにだけに描くダークファンタジーの才能が。

 何度も太陽が落ち、何度も夜が明けた。

 そしてその瞬間がやってくる。


「――できた」

 

 できた、できてしまった。

 ふらふらとよろけながら立ち上がる。

 それは、いつも以上の出来だった。

 おおよそ二十話分の下書き。 

 wordには一話から最後までのシナリオ。


「できたできたできたできた!」


 納得できるモノが出来た。

 いますぐあの担当によませほえ面が見たい。


「電話電話電話!」

 

 慌てるようにスマートフォンを探す。

 が、足元がおぼつかなず床に倒れる。


「あれ……?」

 

 立ち眩みが治らない。

 そして追随するかのように強烈な吐き気に襲われる。

 ぐるぐると天井が回る。   

 

 そして視界がブラックアウトし――地球から消えた。









 ー--------------------------



「は?」


 ――静かな夜がアキトの目を覚まさせた。

 視界に写り込むのは夜空。

 突き刺すような凍え。

 白で彩られた大地――雪。

 地平線まで白銀が続いていく。

 白白白白――突如現れた雪原に対し、アキトは凍えながら言葉を詰まらせることしかできなかった。


 「――な、なんだこれ」

 

 急ぎあたりを見渡すも、なにか目印になるものはない。夜の月に照らされた人間は、その場に一人しかいない。

 あるのは膝まで積もった雪と静寂のみ。


「夢……?」


 冗談。こんなものが夢であるはずがない。

 凍るほどの寒さ、膝までもある雪。どれも経験したことのないものだった。

 まるでさっきまでの場所・・・・・・・・が嘘だったのではないかと錯覚するほど、体には冷気が入り込んでいた。


「なにが……起きてるんだ――痛っ!」



 突如脳内に痛みが走る。

 頭を削られているかと思うほどの耳鳴り。

 視界が歪み目を開けていられない。雪の中に倒れる。


「痛い……誰か……誰か助け――」


 視界が黒に染まる。

 

 まぶたを閉じたのか視覚が失ってしまったのか分らぬまま、そして――目を開く。

 

 頭痛が去り一種の解放感と安堵に包まれながら、いつもの自室・・・・・・で目を覚ました。


 ――なんだ夢か。

 パソコンと机、椅子のみがおかれた寂しい部屋。モノを持たない男性を具現化したような殺風景が広がる。


 雪原を見たのはほんの一瞬。時間にして三秒もないだろう。

 普段貧血にはならないが、どうやら調子が悪い。


「今日は寝て……明日電話しよう」


さっきまでの熱意は急速に冷めた。

起きあがりパソコンのシャットダウンボタンを押した。


 ――その瞬間。


「痛っ――!!」


 激しい痛みと共に、まるで飲み込まれるような歪みが再び発生、あまりの痛みに目を瞑る。



『シャットダウン中。シャットダウン中』


 無機質なパソコンの終了音が響く。


「なんだ――なにか変だっ……!」



 眼球を直接嘗め回されているような痛み。反射的に両手で目を抑えるが痛みは治まらない。生理現象で涙を流していることが頬にある一筋の熱でわかった。



『wordが保存されていません。 強制終了しますか?』



 真っ暗闇の中たどたどしい歩きで鏡のある手洗いへと向かう。

 途中椅子を転がし壁にぶつかる。積み重なった本が崩れ地面に強く叩きつけられる。



「痛てぇ――なんだよこれ!」



 洗面台に着くと手探りで蛇口を回す。激しく流れる冷水が洗面機を跳ね返り顔にかかる。

 左手で顔を抑えながら右手で無理やり冷水を目にかける。何度も何度も洗いゆっくりと鏡に映った自分。


「……は?」


 目の前にいたのは、自分の知っている顔ではなかった。

 少し茶色がかった髪の毛は白髪に代わっており、短髪だった髪は首まで伸びている。髪色髪型だけではない。

 ぼこぼこと腫れあがる音が皮膚の下から聞こえてくる。

 鏡に映る自分の顔はまるで改造されているかのように代わっていく。

 顔の皮膚の下で寄生虫が動き回る感覚だ。もぞもぞと皮膚を食い破り痛みを増すその虫は、アキの顔を書き換えていく。 


「なんだよ! なんだよこれ……っ!」


 涙と思っていた頬の熱は眼球から流れる出血だった。充血では到底説明できないほど眼球が赤く染まっている。 

 赤い涙を流水で流す。自身の手に違和感を覚えるのはこれが初めてだった。ごつごつとした手の甲と平に対し、すらりとした長い指。


「なにが――」


『Wordを強制終了しますか? Wordを強制終了しますか?』


 なにが起きてるんだ、などとどうしようもなく口走ろうとしたとき激痛が突然やってくる。

 さきほどの比ではない。

 頭蓋骨と眼球に電動ドリルで穴をあけられているような痛みと揺れ。金切り声が洗面所に響く。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」



『WordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWordをWorをdWordをWordをWordをWordをWordをををををををををををををををををををををををををををを―――――――――――――――――――強制終了します』

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