第零章 二話 『参考文献と現実』

『召喚術師と世界の果て 第一章 #005 英雄と少年』より抜粋。

#005


「おーい! いたいた! スキャットくーん‼」


 スキャットと呼ばれた少年は、一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた後、庇うように・・・・・一歩だけ前に出た。


「おっと。頼むよスキャット君。頼むから、少し落ち着いて?」

「心遣い感謝しますクソ勇者さま。そして俺は至って落ち着いていますよ」


 深い森。

 ほんの三十分前の空は美しかったはずなのに、今ではうねりを上げるような雨が降り注いでいる。

 大粒の喧騒が少年『スキャット・デルバルド』の黒髪を濡らす。

 濡れて冷えた体で、スキャットは大きく肩で息を吸った。 

 スキャットは濡れた顔をぬぐいながら青年――勇者ゆうしゃの言葉を聞いた。


「汚い言葉遣いだなぁそういうのは嫌いだよ」

「失礼、まともな教育を受けてないもんでね」

「まぁいいさ。冷静なら分かるだろ? こんなガルディア国を――世界を敵に回そうなんて間違ってる! ほらこれを読んで!」

 

 勇者は難解な文章で書かれた紙を突きつけ、わがままな子供を説得するように語尾を強め説明する。

 だがスキャットはちらりとだけ紙を見て、


「あいにくですが勇者さま、俺は文盲なもんで。文字は読めません。それに読む気もありません」


 と言った。


「じゃあ聞かせてあげるよ! この命令書はね、ガルディア国王の勅命そのもの。命令は単純。”魔女は抹殺・・・・・”だ。分かるかい? 抹殺だよ抹殺」

「すみません勇者様、実は耳も聞こえないんです。都合が悪いことは特に」


 トントン、と木刀を持った左手で耳を指す。


「それはズルいなースキャットくん」

「ズルいこすいぐらい見逃してくださいよ勇者さま。これから『人類最強』対『村人』の戦いなんですから」


 スキャットは左手の木刀を強く握った。

 

「まさかスキャットくん、勝つつもり? 英雄のボクに? たかが村の少年の君が? 木刀ひとつで?」

 

 冗談にしても笑えないよ、と勇者はため息をつく。


「勝ちますよ、そりゃ。そうしないとならないならね」 

「はぁ……きみはやっぱり冷静じゃないね、率直に言って、頭がイカれてる」

「さぁ? どっちがイカれてるんでしょうね」

「いいかい? これはこの国の法律だ。君はそれを破ってる。そんな横暴を許されるのは悪魔だけだ」

「それで結構。悪魔でも神にでも、なんなら魔神にだってなれますよ俺は」

「大きく出たねスキャットくん。神……ね。いい響きだ。じゃあ神様ならこの戦況を勝ち抜けると?」

「もちろん」

「神なら海でも割ってみるかい? それとも水をワインに変えるかい?」

「必要なら海をワインにしてみせますよ俺は」

「はは、いいね」


 勇者はようやく笑った。

 けれど、スキャットは本気だった。 

 唯一この場で、彼だけが命を懸けている。

 勇者は彼の目をみて、もう言葉では伝わらないと悟った。


「『海をワインに』いいね。素敵な表現だ。なおさら君のことを好きになってしまったよ。はぁ……理解してくれないかなぁ。出来るなら、戦いたくはないんだ」


 言葉とは真逆に勇者は背中に背負った大剣の柄を握った。


「起きろ『自重で自壊する白鯨グラビティホワイトホエール』」  

 

自重で自壊する白鯨グラビティブホワイトホエール

 グランドの証を持つ勇者と遂になった白の大剣。 

  

「俺も好きですよ勇者様、あなたのことが。なんてったって俺は――国のために、世界のために戦うあなたたち英雄に、憧れてたんです。憧れていました。何度もあなた方の英雄伝を読みふけりました。だから出来ることなら――そう出来ることなら。俺だって戦いたくない」


 雨で滑らぬよう、木刀を万力のように強く握る。


「でも……約束したんです。死んだ母と。たったひとつの約束を。だから――出来ません。避けられません。あなたのお願いを、俺は聞けません」



「”君の妹を殺させて欲しい”なんて――到底無理なんです」


 勇者達は、スキャットの大切な妹を、背に隠れ怯える妹を、奪い殺そうとしているのだから。




参考文献

『召喚術師と世界の果て』



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 漫画家になると宣言して、もう十五年も経った。


「君のマンガはさ、都合が良すぎるのよ」

  

 コーヒーを片手に机の向かいにふんぞりかえって座る編集は、人を逆なでするような声色で俺の漫画を読んでいた。


 「彰人あきとくんの漫画さぁ今の流行にあってないんだよね。 絵はいいよ? まぁマシってだけで別に褒めるほどのようなものではないけどまだ百歩譲ってあげる。下手ではないよってぐらいに」

 

 編集者は茶髪の毛先をねじねじと指で触りながら、俺の書いた原稿を床に雑に投げた。

 血と熱意を込めた物語は、まるで枯れた木の葉のように机に散らばる。

 

「でも内容はホントだめ。駄作もいいところ。時代に合ってないんだよなぁこんな漫画は。王道っていえば聞こえはいいけどさぁ、ベタすぎんだよ。ベタベタ。オレぐらいの編集になるさぁ、感動させようってのが見透けてるんだよね」


 ひとつひとつの言葉が、ちくちくと俺の胸を挿していく。


「タイトルも悪いよ、これ。『召喚術師と世界の果て』なんてさぁわかりづらくて仕方ないよね。主人公が化物を仲間にしながら旅をするって話、ありがちすぎてつまんない」

「その……この漫画は主人公が嫌われ者の魔族や魔獣と仲間になって冒険してく話で――」

「そういうのが古いんだってば。最近の流行分かる? しっかりと仲間が死ぬことで、物語に緊張感を持たせるわけ。鬼滅も呪術もチェンソーマンも、キャラクターを殺すことで他のキャラクターが成長していくわけよ」

「はい……」 

「いまの読者は目が肥えてるから、どんなにピンチでも『どうせ死なないんでしょ?』っていうのが漫画越しに伝わっちゃうから」

「けど――」

「けど? けどって言ったの?」 

「すみません……」

「素直にアドバイス聞けない人いらないんだよね。大作家先生ってわけじゃないし、キミはまだ漫画家の卵なんだよ? アドバイスもらったら言うことあるでしょ?」

「……はい」

「ありがとうございます、な?」

「ありがとうございます……」

「人の意見も聞けないんじゃさぁ。ほんと彰人くんは漫画家として成功しないよ」


  編集は続ける。


「だから最近はさー呪術〇戦とかチェンソー〇ンみたいにエグ味がある漫画がウケるのよ。仲間がガンガン死ぬ・・・・・・・・・マンガ・・・、分かる?」

「……どこを直せばいいですか?」

「全部だよ全部。……ったく設定だけ凝ってもさぁつまんないんだよ。まぁけど、キャラクターデッサンはこれをそのまま使えば? この『ミレ』って女敵幹部はそのまま使えばいいんじゃない? あとは『勇者』だけど……ププ 今どき勇者なんてダサすぎない? 他も厳しいし」


 だからさ―― 

 

「もっとジャンプみたいな漫画パクってきたら?」


 これは俺にとって侮辱に聞こえた。いま人気だからそれに乗っかれと、編集は言っているのだ。チェンソーマンは確かに面白い。呪術もヒロアカも面白い。けれどそれをなぞったところで、同じように面白くなるようには思えない。


 「コーヒー……ご馳走様でした」


 けれど、それを否定するだけの実力が、今の俺にはなかった。

 俺は立ち上がり喫茶店を出るため出口に向かう。


「いいですよ経費で落ちるんで。あのぉこういうこと言うのもアレなんですけどぉ――まぁもう諦めてもいいんじゃない?」


 俺の背中に向けて、編集はそういった。

 

「才能ってさ、突然溢れてこないよ。努力でできる部分ってそんなに多くないよ。彰人くんの熱意は分かるよ。だから僕だって時間を作ってこうやって君の漫画を読みに来てる。けどさ、どんなに必死に描いても、どれほど熱意を込めても、面白くないものは面白くないから。彰人くんって今いくつ?」

「もうすぐ26になります」

「今ならまだ間に合うよ。今諦めれば、真っ当な人生を歩める」

「夢なんですよ」

「夢を諦めれる勇気って必要じゃない? って話だよこれ」

「諦めれる夢を……俺は知らないので」


諦めれないから夢だということを、漫画を通して伝えたつもりだったが、それすらも届いていないんだとよくわかった。


「あっそ。ならまた電話してよ。この喫茶店で待ってるから」

「アドバイス……ありがとうございます」


 ぐっと言葉を飲み込み、怒りに蓋をして喫茶店を後にした。

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