第10話:Washing potatoes

2020年の夏の大磯ロングビーチを知っている。

新型コロナウイルス感染拡大、第二波。

ロングビーチは一般客の入場を受け入れず、併設の大磯プリンスホテルの宿泊客だけに解放された。

当然、大磯プリンスホテルの宿泊客もほとんどいない。

数えるほどの水着姿。

日本人しかいない。子供たちの遊ぶ姿もほとんどない。

「感染者発生のため、臨時休業します」「尚、店舗は消毒を実施しました」

プールサイドの飲食店や公式HPには、そんなお知らせが連日掲載された。

プールに浮かぶ人も、監視員さんも、皆マスクをしている異様な光景。

2021年の夏も、似たような光景は少し続いた。


2011年の夏の大磯ロングビーチも知っている。

東日本大震災後の節電対策として、いくつかの施設の営業が制限された。

楽しかったフローライダーは、もうなくなってしまった。


誰も悪くない。

世の中に起こった緊急事態の隙間に遊びに来ているという罪悪感。

施設の存続を願う思い。

来て欲しいけれど、来て欲しくないという矛盾。

そこで働く人の安定した生活に対する不安。

楽しかったはずの夏のプールには、いろいろな人のいろいろな思いが溶けて流れていたと思う。


2024年の夏の大磯ロングビーチには、コロナ禍前の賑わいが戻っていた。

プールサイドでマスクを着けている人はもう誰もいない。

大きな声で笑いあい、大人も子供もどこの国の人もみんな楽しそうだった。

それでいい。

芋を洗うような混雑の中で、すこし涙が出そうになった。



来年の夏のことは、まだ誰にもわからない。

未知の何かを怖がっていても仕方がない。

楽しみに待てる喜びをこころいっぱいに感じて、夏までの日々を過ごそうと思う。


少しづつ薄れる今夏の日焼け跡とともに。

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