第4話

 信じがたいことが起こった。ダメ元で、片思いしていた子に告白したら、まさかのOKだったから。

 その日の帰りは足取りが軽かった。どうしてもほくそ笑んでしまうのを抑えようとしたが、通行人には変な目で見られた。

 そんなふわふわした気持ちは、夜が明けても続いていた。というかあまり眠れなかったのが事実だ。ジリジリと容赦なく照りつける陽の光も、蝉の合唱も、今日はなんだか心地よかった。僕に彼女ができた。僕はあの子の彼氏。いざ言葉にしてみると急に実感が湧いてくる。SHISHAMOの「僕に彼女ができたんだ」が脳内再生される。そうだ。今日は彼女と一緒に下校しよう。そんなことを考えながら、教室のドアを静かに開けた。

 目の前に彼女は立っていた。どうやら外に出ようとしていたらしい。

「あ…真田くん。おはよう。」

「おはよう。小宮さん。」

 彼女は僕の横をとおりすぎていく。どうする。不意に心臓がひゅっとなる。高鳴る鼓動を抑えて呼びかけた。

「…小宮さんっ」

「ん?」

「今日は…というか今日から、一緒に帰らない?」

 栗色の瞳が、輝いた気がした。彼女は笑って言った。

「いいよっ」


「なんか…緊張するな」

「だね。あ、見て。空めっちゃ綺麗。」

「ほんとだ。こういう色好きだなぁ。」

「私も!」

 慣れない会話に気まずさを感じていたけれど、彼女の会話は僕のペースに合わせてくれていた。そんな僕は彼女の歩くペースに合わせ、夕陽に照らされた、揺れる前髪や煌めく瞳に釘付けだった。今、このこの心の内の言葉を伝えてもいいだろうか。と思いかけてやめる。別に彼女は僕のことなど好きではないのだ。舞い上がっていた自分に気づいて恥ずかしくなる。

「あ、あれ、見て!」

 彼女がふと声を上げる。視線の先にはピンク色の建物。よく見ると、看板に「いちごあめ」と書いてある。

「美味しそう」

「食べる?」

「いいの?」

 彼女が上目遣いでこっちを見る。やめろ、やめてくれ。

「ああ。奢るよ。僕、バイトしてるし。」

「ほんと?嬉しい!ありがとう!」

 僕も嬉しい。なんだか初めて彼女心の底から笑ってくれた気がした。屈託のない笑顔だった。

「じゃあ、買ってくるよ。そこで待ってて。」

「うん。ありがと。」

 その時の僕にはわからなかった。いくらまだ夕方だとはいえ、女の子を、仮にも付き合っている彼女を一人で待たせることが、どれだけ危険なことか。

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ないものねだり Kabocha @LBOOB

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