第1話

「沙智っ」

 不意に声をかけられて驚いた。声の主は同じクラスの麻衣まいだった。この学校は中学からエスカレート式で高校へ進学できるため、麻衣とは中学から6年間ずっと同じクラスだ。

「…おはよ、麻衣。」

「おはよー…ってどした?なんかあった?」

「いや、なんていうか…」


 高校3年生の夏--

 部活に勉強に恋愛。誰もが青春に憧れながらもそれを謳歌していた時間だった。私1人を除いて。いや、本当は、誰よりも憧れていた。自分を大切にしてくれる人。心からの笑顔。幸福感。だけど、そんなものは存在しない。


 さっきあったこと……麻衣に言ったら、きっと喜ぶだろう。それが多分“普通”の反応なのに、私にはわからない。わかりたくない。ただ、クラスメイトに告白されたという事実だけが、引いては押し寄せてくる波のように、重く、けれども爽やかに頭の中を反芻している。


「…沙智?」

 麻衣が不思議そうな顔でこっちを見ていた。

「あ…ごめん…ぼーっとしてた。」

 不思議そうな顔からふっと優しい笑みに変わった。

「無理には訊かないけど、なんかあったら言ってね。」

「あ、あのね…今朝……告白された。」

「…え、え!…誰、に?」

「…真田さなだくん……」

「えええ!急に?」

「まあ…そんな感じ…」



 始まりは突然だった。きっかけはわからない。だけど、きっと誰かが思いつきで始めたことだ。


 ドアを開けた瞬間、静まり返った教室。クラスメイトのひそひそ話す声。自分のことだとわかるのに時間はかからなかった。教室の入口ですくんだ自分の両足が、これが現実だと言っていた。「ブス」とか「バカ」とかだったものが、だんだんと「消えろ」だとか「死ね」に変わっていった。ものを隠されたり、あからさまに避けられたりした。親には何も言わなかった。自分は生きる価値のない人間だと知った。

 中2の秋。そこから私の心は空っぽだ。喜怒哀楽がわからない。わかりたくない。だから、期待はしない。誰のことも絶対信じない。



 そう決めていたのに。ただのクラスメイトからの告白に動揺している自分がいた。

「嬉しくなんて、ない……」

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