10. 賭け?
数日後のこと、庭掃除をしている竹香のところに、貴星が睨みをきかせながら近づいてきたので、ちょっと身構えた。このところ、貴星は変になりをひそめていたのがこのままでは終わらない。ドカンとくる頃だとは思っていた。
「あんた、ここんとこ、何も言わないけど、パレードでの私の服装はどうだったとか言ってくれてもいいんじゃない?」
「よかったです」
「飛行はどうだった?」
「とてもよかったです」
「自分も飛んでいて、私のことなんか、見てないくせに、よく言うよ」
「見えました」
「この間の喧嘩、大変だったみたいね。ひとりで何人も相手にしてさ、みんな泥だらけ。あんたはやっぱりニンゲン、策略家だって、みんな言っていたわ」
「お姉さんも、あそこにいましたよね」
「あら、いたかしら」
貴星がとぼけて、首を傾けて空を見た。
「わたし、ちゃんと見ましたから」
「付き合いというものがあるからね。でも、あんたを追いかけはしなかったわ」
「でも、助けてもくれませんでしたよね」
竹香だって、負けてはいない。
「あんたって、私にだけはけっこうずばずば言うわよね。私、人一倍感受性が強いんだから、あんたの言葉でどのくらい傷ついているか、わかる?」
「いいえ」
「そうでしょうね」
竹香は思う、姉のほうがその言葉でどのくらい人を傷つけているのかと。
「私、あんたの姉さんで、どのくらい恥ずかしい思いをしているか、わかる?鳥で飛べない鳥がいる?魚で泳げない魚がいる?それと同じ。仙術のできない仙師はいないのよ。あんたはこの世界の人ではない。人間の世界に帰るべきなんだわ」
「帰りたければ、帰れるものなんですか」
「あんたは人間なんだから、帰れるんじゃない?」
「じゃ、帰ります。お世話になりました」
と竹香が頭を下げた。
「チーチー、冗談だってば。あんたは私の妹だから、ここにいるの」
と竹香の肩を抱き寄せた。
えっ。
この態度はどういうことなのだろうと竹香はかえって戸惑う。
「今日はびっくり仰天の話を教えてあげる」
と貴星が意味深な顔をした。唇の端が笑っている。
「何ですか」
「やっぱり、キャプテンとケンケンはおかしいってこと」
「また、その話ですか。聞きたくないです」
「驚くのはこの先。キャプテンが、初日に、あんたをご招待したそうね」
「誰が言ったんですか」
「あれね、本気で誘ったんじゃないのよ。賭けだったんですって」
「賭けって、何ですか」
「男子の連中が、キャプテンのお誘いを断る女子はいないって言って、彼がそんなことはないって言って賭けをしたのよ。断る女子がいたら、キャプテンの勝ちってわけ。それで、キャプテンはあんたを選んだんだわ。あんた、キャプテンを見かけるたびに、コチコチになっていたからね」
「なっていません。ふ、ふつうです」
「あんたは私にだけはずけずけ言えるのに、キャプテンの前では氷みたいにカチカチになっているの、私だって知っている。ちょっとでも触ったら折れるって感じ、ああ、おかしい」
たしかにそれは言えていると竹香は思う。キャプテンにだけは、言いたいことが言えなくて、奇妙な態度をしてしまう。どうしてなのだろう。
「お姉さん、わたし……、どうして」
貴星が笑いながら妹を見ると、竹香は鼻を真っ赤にし、目からは涙が流れている。
「そんな泣かなくたっていいから。それはあんたが大人になりかかっているということでしょ」
「大人に」
「そう。あんたは悪くない。悪いのはからかった男子。案の定、あんたが断ったから、キャプテンは
「ひどい。嘘です」
「たしかにあんたはちょっとかわいいけどさ」
「わたし、かわいいですか」
「ほんのちよっとだけど」
貴星は言い過ぎたので、少し妹がかわいそうになっていた。
「ところでね、そのかわいいあんたにもっと悲しい話で悪いんだけど、あんたと飛ぶというのはケンケンのアイデアで、みんなであんたを見世物にしたっていうわけ。チーチー、あんた、みんなに笑われていたのよね。男子って、ほんと、悪い」
「そんなの、違います」
「ならいいけど」
「違います」
竹香は箒を投げて捨てて、部屋に駆け込んだ。
竹香は人から恥をかかされるのが何よりきらいだ。
でも、あのふたりが、そんなことをするはずがない。
その時、竹香の頭に、晩餐会の夜の様子が浮かんできた。冬氷が胴上げをされて、みんなが封筒を渡していた。みんな、愉快な顔をして、笑っていた。
竹香は冬氷と永剣のふたりを信じたいと思った。
信じられたらよいのに。でも、自分がみんなの憧れのふたりと飛行できるなんて、そんなことが起こるはずがない。おかしいとは思ってはいたのだった。
ケンケンが黄色いリボンをくれたのも、おかしい。キャプテンが「ぼくが悪い」と言ったのも、おかしい。
わたしは、本当に、からかわれていたのかしら。
でも、そんなこと、あるはずない。
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