9. 落ち葉
翌日、竹香は朝早く起きて、貴星が起きてこないうちに学校に行った。
考えてみれば、姉はそういう性格なるかもしれないが、いつも痛い一言を投げてくる。こわがっているわけではないし、時には反撃するけど、でも嫌なことを言われるのはいやだ。
きっと空を飛んだことでは、また何か言うに決まっている。そのことを思うと、竹香は逃げたくなる。いつかは顔を合わせなければならないけれど、今はまだ心の準備ができていない。
それに、ひとつ、準備しておきたいものがあるので、途中の林に寄って、ある作業をしてから、学校に行った。
クラスに行くと、みんなが妙な顔をして振り向いたが、中には親しげに手を振る女子もいた。みんなの目が何やらあたたかいので、竹香は何が起きたのかと驚いた。こんなことは、なかった。
一晩明けたら、竹香は人気者になっていたのだ。
「昨日、すごくよかったよ」
と
「ありがとう」
「超かっこよかった」
と
「ありがとう」
「チーチー、友達になってくれない」
と頼む子もいた。
「ありがとう。いいよ」
と答えながら、不思議な気分。
「チーチー、来週、うちで誕生会するけど、来てくれる?」
「ありがとう。行きたい」
「うちにも、おいでよ」
「いいよ」
竹香は友達になってほしいと言われたことも、誕生日に招待されたことも初めてなので、うれしさは最高潮。これは全部、昨日、大空を飛行させてもらったおかげだと思った。パレードでちょっと有名になっただけなのに、すごい影響力だ。
クラスが始まると、先生が竹香を黒板の前に立たせて、昨日の体験を話してごらんと言った。
「はい」
今日は先生まで、特別扱いをしてくれた。なんか、急にセレブになった気持ちだ。有名になるのは恥ずかしいけれど、こういうよいことがあるのだと思った。
これからはふつうに楽しい学校生活が送れそうだ。高学年になったら、もっとがんばろう。勉強もがんばろう。一生懸命にやっていれば、よいことも訪れるのだ。
うれしいな。
その帰り道、林のところで、年高組の女子達が待っていて、こちらを見る目は、まるで鷹のようだ。後ろのほうに、貴星の姿がちらりと見えた。
「あんた、余計なマネしてくれたじゃないの? あのふたりと空を飛ぶなんて、ああいうのはルール違反だからね」
と副リーダーが言った。
竹香が何も言わず彼女達を無視して帰ろうとしたら、リーダーがのろりと出てきた。
「待ちなさい。裏切り者の半ニンゲン」
「何て言ったんですか」
「人間は、やっぱり信用がおけないって言ったんだよ」
「そんなこと、関係ないじゃないですか」
「大ありだ」
とリーダーが竹香の首の後ろを捕まえたから、その手を振り切って、林の中に逃げた。
「追いかけるんだ。捕まえろ」
という声が聞こえた。
いくら飛行術を使って追いかけてきても、木々が重なる林の中なら、その手が使えないことを竹香は知っている。
女子達は木の枝を振りながら、「まてー」と叫びながら追いかけてきた。
竹香は今朝、学校に行く前に、泥饅頭を作ってもその上に大きな葉っぱをかけておいた。
その泥饅頭を掴んで投げたら、
「ぎやーっ」
ひとりの女子の顔におもしろいようにばしっと命中して、その子が泥だらけになった。
別の女子が石を投げようとしたから、その子にも泥饅頭を命中させた。
女子達はみんな泥饅頭をぶつけられて、泥人形になり、泥が目や鼻にはいって、泣き出す者もいた。
「ニンゲンはやることが汚い。あんた、ただじゃおかないからね」
リーダーが捨て台詞を遺して、去っていった。
どっちが汚いのよ。
竹香はこんな事態を予想して、学校に行く前に30個ほどの泥饅頭を作り、隠しておいたのだった。
仙術を使えない者にとっては作戦を立てて、事前準備をしておくことは大切なことなのだ。
竹香は川に行って、顔と手を洗ってから家に帰った。
その夜、義母が竹香を部屋に呼んだ。貴花は竹香だけではなく、他人にも高飛車な態度なのは父親が前の仙師総監だったからで、その娘だという特別な誇りがあるからなのである。
「竹香、あなたはもうすぐ15歳ですね」
「はい」
「それについてことなのだけれど、あなたはもう学校に行かなくてもよいのではないかしら。年高組には進まないほうがよいと思いますよ」
「今日、喧嘩したからですか」
「違いますよ。竹香、私はあなたを赤子の時から今まで育ててきたのですから、あなたが自分から手を出す子ではないことは知っています。みんなが、あなたに嫉妬しているのよ。人は勝手に、言いたいことを言うものなのですよ」
「はい。では、どうして」
「あなたがいつもいじめられているのを見るのが辛いのよ。屈辱です。本当に、いや」
「わたし、いじめられてもかまいません。平気です。クラスに、友達も、できました」
「でも、あなたは成績がよいわけではないでしょう」
「もっと、勉強がんばります」
「これまでだって、がんばってきたでしょう。あなたの場合にはがんばってどうとかいう話ではないのよ」
「わたし、がんばって、算数で100点とったことがあります。その時みたいにがんばれば、成績は上がると思います」
「おもしろい子」
と貴花が口を抑えて笑った。「その試験、みんなが100点だったのではないかしら」
そう言えば、そうだったかもしれないけど。
「よくよく考えてみなさい、自分の将来のことを。どんなに頑張ったって、研修会に選ばれるレベルには届かないでしょう。だから、うちにいて、行儀とか、お裁縫とか、お掃除とかを身につけたほうが、学校に行くより何倍も役にたつと思うの。結婚したら、必要なことよ」
「わたし、結婚なんか、しませんから」
「結婚しないで、ここでどうやって生きるの。女は結婚しか、道がないのよ。それにあなたはハーフだから、仙師の相手を探すのは難しいかもしれないけど、その色気があるから、きっともらい手が現れるはずです」
「色気とか言わないでください。そんなもの、ないです」
「ありますよ。そういう血が流れているのですから」
「どういう意味ですか」
「そうでなかったら、あのパレードで、一番人気のふたりが、あなたなんかを空に招くものですか」
やはりあの話になった。
「あれには驚いたわ。私はもう何度もパレードを見ているけれど、両手に男子、というのは初めて。どこでも、ここでも、その話でもちきり。本当に、人々は勝手なことを言うものですから」
「わたしが断れば、よかったのですか」
「そうは言っていないわ」
義母はちょっと間をおいた。
「それで、どんな気持ちだったの?」
えっ。義母さんも、知りたいのですか。
「空から見たあの光景は、一生忘れません」
「あらまぁ、それはよかったこと。よい思い出ができてよかったじゃない。学校のことは、よく考えてみることね」
学校が好きかと言われればそうでもない。でも、竹香は年高組へ進むものとばかり思っていたので、ここでやめなければならないなどとは考えてみたことがなかったので、ショックだった。
貴星が花だとしたら、竹香は木にぶらさがって揺れている葉っぱかもしれない。でも、この葉っぱは木から下に落ちて、枯葉といっしょに集められ、林に捨てられて土の肥料になるのだろうか。
そんな人生はいやだ。葉っぱでも、下に落ちずに風に乗り、遠くに飛んで行って自由に暮せたらよいのに思った。
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