第3話アカネとルリ

「柘榴ってどんな味か知ってる?」


そう問いかけたアカネの顔を、私は成人した後も忘れる事はなかった。



私達は放課後の公園にいた。学校を出て少し歩いたあとかれこれ一時間近くここでおしゃべりをしていたのだ。そして唐突に、アカネが私をみて静かに問いかけた。


「柘榴?」


古いブランコは少し身じろぎするだけでギィギィと音を立てる。アカネは立ち漕ぎしていたブランコを止め、私と同じ様に腰掛けた。

アカネの話がコロコロ変わるのはいつもの事だったから、私は特に気にせずに返事を返した。


「えー分かんない。食べたことないし」」

「嘘。絶対あるわよ思い出して」

「んー……。あ、柘榴味の琥珀糖なら食べたことあるよ」

「やっぱり!どんな味だった?」

「覚えてないよめっちゃ甘かったし」

「そう……甘いのかな」

「……分かんないや」


いつか食べてみたいなぁ、といってアカネは再びブランコを漕いだ。膝下のスカートから覗く白い足がゆらゆら揺れている。私は自販機で買ったコンポタージュをひと口飲み、アカネの横顔を見た。


「なんで柘榴?」

「えー……なんとなく?」

「ふゥン」

「ルリちゃんは何かないの?食べてみたい物」

「……イタリアのおおきいピザとか」


アカネは、ピザ?、と言ってルリを振り返った。ルリは自分の子供っぽさにハッとして、手の中の缶をベコりとへこませた。

アカネは丸くなった目をゆるめて、笑った。


「ルリちゃんらしい」 

「ばかにしてるでしょ……」


アカネは違うよと首を横に振り、フと遠くを見た。ルリはアカネの視線を追う。あかく燃える空だ。夕日が影を濃くして、空に浮かぶカラスは墨でかいたように真っ黒だった。でも、アカネきっとその先をみている。遠い空の先、地中海にある暖かい異国の地。


「イタリアかー、いいなあ」

「い、……いっしょに行こう。よ」


口をついて出た言葉を誤魔化す術はなくて、言い訳をする様に言葉を続けた。


「大人になると胃もたれするらしいし、はやい方がいいじゃん?高校生になったら、とか。卒業したらもう成人だし、なんでも自由にできるし」

「なれるかなぁ……高校生」

「……なれるよ」

「ルリちゃんといけたら楽しいんだろうな」


ビュウと鋭い風が吹いて、アカネのプリーツスカートの裾をゆらす。ルリは、ブランコを立ち漕ぎしていた彼女の内腿にあった、赤黒いあざに、柘榴を思い出した。

ザザッ、と防災無線のノイズが走り、物悲しいメロディが流れる。夕焼け小焼けのチャイムだ。


「帰ろっか」


逆光でアカネの表情は見えなかった。


「暗くなる前に帰らないと……知ってるでしょ、親がうるさいのよ」

「……うん」


ルリは静かに立ち上がり、のろのろとスクールバッグを持ち上げた。

ただゆっくりと、一緒に遠回りをして帰ることだけが、中学生であるルリの精一杯だった。

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