第12話 館にて
メルロの館へ向かう道中、空気は重く、痛々しい。
生き残った30人の冒険者たちは、それぞれが抱える感情に耐えかね、泣き、叫び、亡くなった仲間たちの名前を口にし、声を震わせている。
無言で耐えている者もいるが、その目には深い悲しみが宿り、彼らの息遣いさえも痛ましい。
そんな彼らの姿を見ながら、オレはどこかチクチクっとした感情が心に刺さっているのを感じた。
そうだ、これは罪悪感だ。
「いやいや、違うだろ」
心の中で自分に言い聞かせる。
「ドラゴンに挑むなんて、自殺行為じゃん?オレはあくまで、助ける側に回ったんだし、悪いことはしてないだろ?」
それでも、戦闘中の前線で、焼け焦げた死体を目の当たりにしても何も感じなかったのに、今こうやって仲間を思い、亡くなった者たちを痛む声を聞くと、罪悪感がちょっとだけ顔を出してくる。
「オレ、メルロの装備品をちょこちょこっと盗んだだけじゃん?それに1000万ドランも盗んだのは事実だけど、他の装備品は少ししか盗んでないし……。オレの窃盗が原因で誰かが死んだわけじゃないよな?あったとしても、微々たるもんだよ、うん」
そう自分に言い聞かせながら、どうにか罪悪感を消し去ろうとする。
しかし、耳元で聞こえるすすり泣きや叫び声が、オレの心に小さな棘のように刺さってくる。
無理やり消そうとしても、完全には消えない。
「でもさ、結果的にオレがフィールドヒール使って、30人助けたんだし、あのハッタリも効いたじゃん。オレがいなきゃ、全滅してたわけだしさ、そう考えたらオレって偉いよな」
「オレ、凄い。オレ、賢い。オレ、カッコイイ。オレ、ヒーロー」
念仏のように自分を自画自賛して、心の中で唱える。
自分を奮い立たせ、何とかその重い気持ちから解放されようとしている。
罪悪感なんて消してしまえ。
オレはこの場で何人も救ったんだ。
高揚感が湧いてきて、自分がヒーローになったような気分を味わう。
「そうだ、オレはヒーローだ。あの連中が見ているのは仲間を救ったオレの背中だ」
そう思うと、罪悪感は徐々に薄れ、代わりに高揚感がオレの胸の中を満たしていく。
「罪悪感さようなら。高揚感こんにちは」
そう自分に言い聞かせ、オレは堂々とメルロの後ろを歩き続けた。
メルロの館に足を踏み入れるや否や、オレは完全に圧倒されていた。
豪華という言葉では到底表現しきれないほどの内装。
赤い絨毯が床一面を覆い、その上に鎮座する黄金の戸棚。
見上げると、天井近くにかけられたギガントキルタイガーのドデカイ頭部が、鋭い牙をむき出しにしてこちらを睨んでくる。
まるで今にも食い殺されるかのような迫力だ。
オレは思わず身を縮め、冷や汗をかく。
通されたソファーも、座った瞬間そのフッカフッカ具合に驚く。
これ、絶対に普通の獣じゃねぇだろ。
高級な毛皮の感触が、オレの神経を逆撫でするかのようだ。
正面には、対面のソファにどっしりと座るメルロ。
戦闘時とは違う、優雅で威厳ある姿だが、その目には強い光が宿っている。
この空間、この内装……普通の冒険者とは違う。
それどころか、オレは今まで見たこともないような財産の片鱗を目にしている。
オレみたいな冒険者が触れてはいけない領域だ。
並みの冒険じゃ、到底これだけの財産は手に入らない。
「ルークとやら、改めて礼を言おう。冷静になって振り返ってみても、今回の戦闘、30人もの生還者を出せたのは、お前のお陰だ。ありがとう」
メルロの言葉に、オレはビクッとする。
彼女の声は冷静で重みがある。
だけど、その言葉の一つ一つが、妙にオレの胸に刺さる。
「い、いえ。偶然助けられただけです」
オレの声は震えている。
メルロを前にして、この状況でどうしても萎縮しちまう。
「謙遜するな。褒美は何が欲しい?」
そう言われた瞬間、オレの心はドキッと跳ねた。
褒美だって?
一体何が手に入るってんだ?
でも、それよりも目の前のメルロの姿が気になってしょうがない。
さっきから、彼女の組んだ脚が、なんとも言えない悩ましさで視界を独占している。
紫のドレスが彼女の曲線を強調していて、見ているだけで頭の中がクラクラする。
あの紫色のセクシードレス、まさに魔性の美しさだ。それに加えて、背中がざっくり開いたドレスから覗く黒い羽がピョコピョコ動いてるのが、これまた妙に可愛いんだよな。
戦闘中に見た汗と泥にまみれた姿も美しかったけど、今こうして、化粧をしてドレスを着こなしたメルロを目の前にしてると、オレの心は乱されっぱなしだ。
オレが転生前に好きだった女優も、メルロの美しさには到底敵わないだろう。
美しさと気品、そして凛とした雰囲気を持つメルロ。
やべぇ、こんな美人が目の前に座ってるなんて、オレにとってはもう異世界の奇跡そのものだ。
「さぁ、遠慮せずに言ってみろ。何でもできる限り応えよう」
メルロの笑みは優雅で、それがさらにオレの心をざわつかせる。
褒美なんて、頭が回らないくらい混乱しているオレ。
何を答えればいいのか、少しの間戸惑い続けていた。
「褒美はあなたの身体で」――そんな言葉が喉の奥でぐるぐると渦巻いている。
心の中では、まさにその一言が出口を求めて暴れまわっていたが、ヘタレなオレにそんなことを堂々と言えるわけがない。
オレの口から実際に出てきたのは、しどろもどろの声。
「あの、えっと…」
自分でも情けないが、これが限界だ。
目の前にいるのは、この世のものとは思えないほど美しいメルロ。
オレは完全にその雰囲気に飲まれている。
転生前27年、転生後の10年を含めて、37年間、こんな美人と二人きりで話すなんてこと、一度だってなかった。
それどころか、仕事以外で女性とまともに会話すること自体が少ない。
ビジネスの場なら、オレはそれなりに商人スイッチを入れて話せるが、こうやってプライベートで向かい合って、じっと見つめられながらお話なんて、無理だ。
オレは目線を合わせることができず、下を向いてしまう。
目線を落とした先には、控えめながらもざっくりと開いた胸元。
そこから覗く、青白く透き通るような双丘が、オレに強烈な主張をしてくる。
視線が自然とそこに吸い寄せられる。
さらにこの部屋、さっきから何とも言えない良い香りが漂っている。
甘くてさわやかで、どこか柑橘系の香りに近い。
それがメルロから発せられているものだと感じると、オレの心臓はバクバクと音を立てて鼓動を速めていた。
「なんだ?緊張してるのか?遠慮せず飲んでくれ」
メルロは優しく微笑みながら、テーブルの上に置かれたグラスを指さす。
その声にハッとし、オレは喉の渇きに気づいた。
自分でも気づかぬうちに緊張で喉がカラカラだったのだ。
少しでもこの状況から逃げ出したい一心で、グラスを手に取り、一気にその中の液体を飲み干す。
ゴクッゴクッと、液体が喉を通り、カラカラだった喉が潤される。
それと同時に、視界がゆっくりとぼやけ始めた。
えっ?
あれ?
なんだこれ?
頭の中がぐるぐると回り、意識が遠のいていく。
急激に重くなるまぶたに、必死に抵抗しようとするが、次第にその抵抗も虚しくなっていく。
「……あれ? なんか……」
そして、オレは意識の暗闇へと落ちていった。
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