第10話 監視

家に戻ると、まず俺が最初に考えたのは、いっそのことこの街から逃亡してしまうという選択肢だった。


正直、これから待ち受ける明日からの冒険者生活や、魂の契約書、ラグ一家との一週間、さらには俺が変装しているエルフ「ルーク」の正体がバレるかもしれないという不安…。

それに加え、メルロへの窃盗がバレたらどうなるか、他の冒険者たちへの窃盗が露見したら命すら危ない。

今まで貯めた1000万ドランを持って、どこか遠くの街に移り住んでやり直すのも悪くない選択肢だと思う。


バレることなんてないはず――そう思ってはいるが、不運が続けば、俺は地獄の底に突き落とされるかもしれない。

ここで全てをやめて、上手くトンズラできれば、そこそこの生活が待っている。


しかし、そんな逃げの考えとは裏腹に、俺の心には今まで感じたことのないドキドキ感が湧き上がっていた。

罪悪感と共に、言葉にできない高揚感…スリルに満ちた今の状況に、脳内に麻薬のような興奮が満ちているのを自覚する。

どうやら、こうした危険な生活には一度触れてしまうと、もう元の平凡な生活には戻れない気がする。

窃盗と麻薬は似たものがあるのかもしれない――一度手を出すと、なかなかやめられない。

ギャンブル以上に中毒性が高いのだ。


町の外での冒険も窃盗も、自分の想像以上に壁が低かった。


これまで俺は自分を守るために安全策ばかりを取ってきたが、実際にスキル値変更を活かしきれていなかったことは認めざるを得ない。


思い返せば、この世界に来たばかりの頃、<スキル値変更>という能力に舞い上がって、<鍛冶 70>などと全てのスキル値を一気に投入し、いくつかの高級素材を台無しにしてしまったことがあった。


それ以来、失敗が怖くなり、スキル値の使い方には慎重になっていたが、今思えば、筋力や器用さが全然足りていなかったから失敗しただけの話だ。


とはいえ、<スキル値>や<能力値>だけでは説明のつかない何かがこの世界には存在している気がする。


例えば、<鍛冶 100>、筋力 100、器用 100の完璧な状態でも、拳銃のような高度な技術を持つ武器を作れるかといえば、おそらくできないだろう。

経験や職人としての感覚が必要で、それがない限り、高級素材は無駄になるだけだ。


だからこそ、戦闘に対しても同じ不安を感じる。

この暗器を使うスタイルですら、俺にとっては非常に危うい。

漠然とした感覚だが、<経験値>や<職人の感>といったものが、この世界のスキル値や能力値の外に存在しているように感じる。

もちろん、スキル値や能力値が高ければ、失敗を繰り返さずに感覚を掴めるだろうが、それでも何かが足りない気がする。


そして厄介なのが<能力値>だ。

これは上げるのが非常に大変だし、特に耐久値なんて、自らダメージを受け続けて回復を繰り返さなければ上がらない。

正直、一生上がらなくてもいいと思うくらいだ。

器用さだって380以上に上げるのに苦労したし、スキル値同様、上に行けば行くほど上がりにくくなるんだろう。


そんなふうに、逃げるための言い訳やヘタレな理由を考え尽くした結果、俺は結局この街に残ることに決めた。

あの「窃盗」という禁断の一線を越えてしまった以上、もう後戻りはできない。

スリルに満ちた日々を一度経験してしまったら、もう普通の生活には戻れないし、戻ったとしても、またスリルを求める中毒のような感覚に襲われるだろう。


そうと決まれば、明日の準備をして寝るとしよう。




翌朝、昨夜の鍛冶仕事で作った新装備を身にまとい、鏡の前で一人ファッションショーだ。


「うん、やっぱ、このエルフ格好良いわ!イケメン爆発しろ!…オレだけど」


装備は以下の通り。


- 暗器:ナイトサーベルパンサーレイピア 麻痺 +6 攻撃力 26

- 頭:エルフ族変装セット 防御力 2

- 上半身・下半身:ナイトサーベルパンサーフードローブ 麻痺 +5 防御 10

- 足:ナイトサーベルパンサーブーツ 麻痺 +4 防御 10

- 腕:ナイトサーベルパンサーアームレット 麻痺 +6 防御 10

- アクセサリー:イケメンフルフェイス(イケボ変換機能付き) 防御力 3

- <必殺技>:暗器連続突き3


「全身黒でキマってるし、これならモテモテだろうな!」


笑いながら装備を整えた俺は、準備万端で冒険者ギルドへ向かうことにした。




冒険者ギルドに着くと、依頼掲示板の前にラグを発見。

どうやら居場所を聞く手間は省けたようだ。

今日は幸先が良い。


「こんにちは」

「あ?」

「あ、はじめまして、ルーク・トラビックと申します。モートさんの依頼で監視者として伺いました」

「てめぇがあいつが差し向けた監視者とやらか」


ラグの目が俺を鋭く睨む。

どうやらあまり良い印象を持っていないようだな。

まぁ、当然のことだろう。

商人のモートから送り込まれた「監視者」として現れた俺を、彼が快く思うわけがない。

だが、ここで少しでもモートの評判を上げる方向で話を進めるべきか、それとも逆に、モートを敵対視していると装って距離を縮めるべきか。


いや、やはり後者の方が色々と都合が良さそうだ。

敵対的な印象を植え付けた方が、ラグとの信頼関係を築くのには効果的だろう。


「私もモートには弱みを握られていますので、断れませんでした。」


すると、ラグは少し表情を和らげ、興味を持ったように俺を見つめる。


「なんだ?そうなのか?俺で良かったら相談にのるぞ?」


思わぬ展開に少し驚きつつも、俺は表面上冷静を保って答える。


「いえ、いろいろと事情がありまして、詳しくはお話出来ません。」


ラグは深く追及することなく、少し寂しげに肩をすくめた。


「そっか、そうだよな。」


この含みを持たせた会話が功を奏したのか、ラグは勝手に色々と想像してくれたようだ。

ラッキーだ。

彼がこちらに寄り添ってくれるような態度を見せたのは、予想外の収穫だ。


「ちなみに、モートは暗殺と監禁を恐れて、7日後までは仕入れも兼ねて街を出るとのことでした。ところで、他にもパーティーの方々がいると伺ってましたが?」


ラグは少し笑って答えた。


「あいつ、本当に臆病なやつだな。商人ってのは、みんなそんなに疑心暗鬼なのか?まぁいい、仲間とは西門で待ち合わせだ。行くぞ。」

「はい。」


そう返事をしつつ、ラグの背中を見ながら、俺は彼のことを考える。

このラグってやつ、粗野に見えて実はすごくいい奴なんだろうな。

なんだかんだ言って、クラスの人気者になりそうなタイプだ。

俺が後ろを歩いていると、時折振り返って俺の様子を確認してくれる。

あの粗暴な外見とは裏腹に、細やかな気遣いもできる男だ。

だが、心配するな。

俺はお前を見失うことなく、絶対に逃がさない。




西門に着くと、少し離れたところで美女たちが手を振っているのが見えた。


「あれ…?」


俺は目を細めながら、人数が少ないことに気づく。


「確か、お仲間は5人いると聞いたのですが…?」

「ああ、お前がモートから何処まで聞いてるか知らねぇが、俺たちはアイツに借金があってな。なかなかの額だ。それで手分けして依頼をこなしてるんだ。」

「なるほど。確かにその方が効率良さそうですね。」

「だろ?とりあえず紹介しとくわ。こっちがラムラで、こっちがアイラな。」

「はじめまして、ルーク・トラビックと申します。」


軽く会釈すると、まずはラムラが片手を挙げて挨拶を返してくれた。


「おっす!よろしくだっちゃ!」

「きたぁぁぁぁぁ!」


内心、俺は興奮を隠し切れなかった。

あのギャップ萌え炸裂の「だっちゃ」キャラだよ!

ダークエルフの見た目でこんな破壊力あるとは…。

神様、ありがとうございます!


ラムラの褐色の肌にタイガーローブがしっかりとフィットしていて、その隙間から覗く谷間が…「バインバイン」揺れている。

こんな光景を目の当たりにしたら、俺の理性も限界だ。

今にも叫び出しそうな気持ちを必死に抑える。


そしてもう一人、アイラが丁寧に深々とお辞儀をしてくれた。


「よろしくお願い致します。」


「うわっ、相変わらずのスケスケ衣装…。」


俺は心の中でつぶやいた。

モデルのような体型に、このお淑やかさ。

彼女が汗ばむ様子がまた何とも…。

今日は少し暑いからか、彼女の頬が赤く染まり、額には汗が滲んでいる。

これもウンディーネ族の特性か?


「轟沈。」


俺の心は完全に崩壊していた。

アイラたん、やっぱり最高だ。


「では、行くぞ。」


ラグが合図すると、俺たちは一行を組んで出発した。


「5人いなくてよかった…。」


正直、2人でも俺の精神は限界ギリギリなのに、もし全員揃っていたらどうなっていたか…。

後ろを歩いていると、アイラとラムラの香りが風に乗って俺の元に漂ってくる。


「風よ、もっと吹いてくれ!」


心の中で叫びながら、俺は山小屋イベントを期待していた。

もし嵐が来たら、きっと俺は…いや、わかってる。

そんな展開にはならないだろうことくらい。

でも、男なら夢を持つべきだろ?

ロマンを忘れてはならないんだ!




湖を越え、森に入って、山を越えて、オレはずっと後ろでボーっと傍観してるだけです。

いや、実際には傍観というより、彼らの連携を感心しながら見てる。

ラグ、ラムラ、アイラのチームワークは見事で、まるで呼吸が合ったように、向かうところ敵なしだ。


「来いよ、オレが相手だ!」

ラグが大きな斧を振りかざし、目前に迫ってきたアクアフロッグを叩き潰す。

飛び散る水しぶきとともに、巨大なカエルが崩れ落ちる。

ラグは全く臆することなく前に出て、次々と敵を迎え撃つ。


「これでどうだっちゃ!」

すかさず、ラムラが放つサンダーアローが空を裂いて、湖の上を滑っていたブルースライムに命中。

電撃が走り、スライムが痙攣しながら蒸発していく。


「ん...草はうまいけど、痛い...」

ブルースライムの断末魔が耳に届く。

オレにしか聞こえないその声が、妙に哀愁を帯びている。

だけど、戦場ではそんな感傷に浸ってる余裕なんてない。


「ラグ、右からブラックゲーターが来てるよ!」

オレは声を張り上げる。

ラグが反応する前に、アイラが瞬時に回復魔法をラグに送ってくる。


「これで準備完了だ、来い!」

ラグがそう言うと、迫りくるブラックゲーターに真正面から突撃。

牙をむいた巨大なワニは、彼の斧に叩きつけられて怯む。

ここで止まることなく、ラグは再び斧を振り下ろし、ブラックゲーターを倒す。


「いってぇぇぇぇ! もっと食いたかった...」

ゲーターが倒れる前に、オレの耳にその声が届いた。

やっぱり聞こえるんだよな、こいつらの声。

これが毎回気になるけど、スリルとともにこの感覚もクセになってきた。



森に入ると、木々の間に隠れていたウッドゴブリンたちが、棍棒を振りかざしながら奇襲を仕掛けてきた。


「チビども、まとめてかかってこい!」


ラグが彼らを嘲笑うかのように挑発し、ゴブリンたちが次々と彼に向かってくる。

棍棒を振り上げるが、ラグの斧がその動きを止める。


次々に倒れていくウッドゴブリンたちの声が、耳元でこだまする。


「痛ぇ、痛ぇぇ! 何でこんなに強ぇんだよ!」


「おい、何か投げてきてるぞ!」


オレが気づくと、ラムラがすかさずサンダーボールをウッドゴブリンの集団に放つ。


「全滅だっちゃ! さっさと片付けるっちゃ!」


ゴブリンたちの悲鳴がまた聞こえる。

「ぎゃあああ、逃げられねぇぇぇ!」


オレが少し感傷的になっていると、前方でさらに大きなモンスターが現れる。


「あ、あれはグリーンウルフか...!」


グリーンウルフは、草のような毛を逆立てながら、素早く移動してきた。


「オレがやる!」


ラグが斧を構えた瞬間、ウルフが突進してきた。

だが、ラグは冷静にその一撃を受け止め、斧で返り討ちにする。


「ワオォォォォ...」

ウルフの遠吠えが最後の声となり、森の静寂が戻った。


山を越える頃には、オレもさすがに彼らの戦いぶりに少し慣れてきた。

しかし、次に現れたのは少しやっかいそうな相手だ。

巨大な石の体を持つロックゴーレムが立ちはだかっていた。


「こいつは少し硬いぞ!」


ラグがその岩のような巨体を見て叫ぶ。

攻撃してもなかなかダメージを与えられない。

しかし、そこでラムラが後方から指示を飛ばす。


「雷は効かないっちゃ!ラグ、足元を崩すっちゃ!」


ラグはそれを聞き、ゴーレムの足元に力強く斧を叩きつける。

ゴーレムがぐらついた瞬間、アイラが回復を送りつつ、魔法でラグの動きを支援する。


「崩れる...崩れる...」

ゴーレムの低い声が耳に届き、オレはその瞬間、少しだけ哀れに思ったが、それも戦いの一部だ。

ゴーレムは崩れ落ち、静かな山に再び風が吹き渡った。


「なんだかんだ言って、俺はずっと後ろで見てるだけだが、ラグたちは向かうところ敵なしだな...」


こんな完璧なチームの後ろで、安全に見守るだけの自分を少し情けなく感じながらも、彼らの勇姿を見届けることができるのは悪くない。

そして、次の戦いがまた待っている。


「さぁ、行くか!」


ラグの一声で、また進み続ける。

そしてオレは、その背中を見つめながら、彼らについていくしかなかった。



「ラグ、すごすぎるな…。」

俺は思わず口に出してしまった。

ラグは前衛で魔物と対峙し、その攻撃を受けながらも、全力で反撃している。

その姿は、まるでステゴロの殴り合いのようだったが、実際には彼の巨大な斧が敵を圧倒していた。


一方、ラムラは余裕のある顔で次々と魔法を放っている。

サンダーアロー、サンダーボール――そのどれもが正確に敵を貫いていた。

ラグがダメージを負い始めたかと思った瞬間には、アイラの回復魔法が飛んできて、傷を癒していく。

三者の連携が見事すぎて、俺はただただ感心するしかなかった。


「こんなヒーローみたいな男に、どうして俺が嫉妬しなければならないんだ?」


と、自分を責めるような気持ちが湧き上がる。

彼はまさに少年漫画の主人公のような存在で、憧れずにはいられない。

俺の中にある何かが、今日一日で少しずつ壊されているのを感じた。


休憩の時間、ラグはふと遠くを見つめながら言った。


「なんだかんだ言って、こうやってみんなと冒険できてるのも、モートのおかげなんだよな。魂の契約書なんて危険なもん持ち出してきたけど、まぁ、商人ってのはそういうもんなんだろうな。」

「大丈夫だっちゃ、ウチらが全力で稼げば返せない金額じゃないっちゃ!」


ラムラが楽しそうに笑う。


「そうですよ、ラグ。来週からはまた日常が戻ってきますよ。」


アイラも優しく微笑んでいる。

全員の視線を感じ、俺は心にもない言葉を言わなければならなかった。


「監視者である私も立場的にまずいのですが、気持ちは応援させてください」


とか、まるで他人事のように。

だが、実際のところ、今日一日でオレの心に芽生えたのは、ただの妬みと嫉みだ。


ラグの一挙一動が眩しい。

そりゃ、彼は粗野で口も悪い。けど、その不器用さがかえって人の心を掴んでいる。

信頼されて、仲間に囲まれて、どこまでも前に進んでいく姿が。

「俺がやる!」と叫んで、仲間を守り、敵を叩き潰すあの姿。

オレとは違う。

オレは、ずっと後ろで見ているだけ。

今日一日、まるで傍観者だった。


「この男は、絶対にモートを裏切ったりしないだろうな」とふと思う。

監視者なんて必要ない。

このまっすぐな奴がモートを暗殺したり、監禁したりするなんて考えられない。

それどころか、魂の契約書なんてなくても、ラグは借金を踏み倒すような奴じゃないと確信した。

逆に言えば、そんな奴を監視する自分が滑稽だ。


「俺って本当にゲスだな」そう、今日何度思ったことか。

ラグが仲間と笑い合ってるのを見ていると、そのゲスさが浮き彫りになってくる。

オレは、ずっと羨ましくて、嫉妬していた。

アイツのあの無邪気な笑顔。

心から信じ合っている仲間たちと、バカみたいに笑い合うラグを見て、オレの心の底がジリジリと焦げ付くようだった。


「アイツはイケメンじゃないけど、なんかドキッとさせるんだよな」なんでだろうな。

見た目の話じゃないんだよ。

あの笑顔の裏にある純粋さが、心に響くんだ。

無駄なことに悩まない、疑わない、何かにこだわることもない。

口は悪いけど、そのギャップが女性を惹きつけるんだろうな。

オレが、いくら頭をひねっても手に入れられないものを、アイツは自然に持っている。


オレの中で何かが壊れた気がした。「もうどうでもいいや」という気持ちと、逆に全力でやってやるという決意が、奇妙に交じり合う。

オレの中のストッパーが、今日一日でいくつか外れた気がする。


「ありがとうよ、ラグ」


この気持ち、いつかはお前に言うかもな。

アイツは知らないだろうけど、今日オレは何かを掴んだ。全力を尽くせそうだ。


一日の冒険が終わったあと、ラグ一家から夕食に誘われた。


「ルークも一緒にどうだ?」


と、ラグは気軽に言ってくれたけど、丁重に断った。

いや、断るしかないだろう。

あんな連中と夕食を共にしたら、オレは一体どんな顔をすればいい?

味なんて分からないだろうし、劣等感をさらに刺激されるのは目に見えている。

そんな生き地獄にわざわざ足を踏み入れる理由はない。


ラグ、ラムラ、アイラの三人は先を歩きながら、その日の戦いの興奮をまだ引きずっている様子だ。


特にラムラとアイラの顔には、まるで勝利の余韻に浸るかのような恍惚とした表情が浮かんでいた。

二人とも、汗ばんだ額に髪が張り付き、鼻息を整えながら、それでも笑顔を絶やさずにラグに話しかけている。


「ラグ、あんた本当にすごかったっちゃ!あのデカいオーガに突っ込んでく姿、マジで最高だった!」


ラムラは手を振りながら、サンダーアローを連発していた場面を思い返しているのか、興奮冷めやらぬ様子で声を上げる。

彼女の鋭い目がラグを見上げるたびに、その瞳には信頼と親愛が滲み出ていた。


アイラも、ほんのり赤く染まった頬をさらに熱くしながら、


「本当に…ラグさんのおかげで、今日も無事に終わりました。あの場面で冷静に指示を出してくれたから、私も回復魔法をミスなく使えました」


と控えめに話す。

彼女の蒼い瞳は優しくラグを見つめ、時折その長いまつ毛が輝く夕日を反射してきらめいていた。

おっとりとした口調の中にも、ラグへの深い信頼と感謝の気持ちが伝わってくる。


オレはその光景を後ろから見つめながら、心の中でぐつぐつと何かが煮えたぎるような感情を抑えきれずにいた。

ラグが中心にいる、あの三人の完璧なパーティー…特にラムラとアイラがラグに見せる信頼と親しみのこもった言葉や仕草が、オレの心をじわじわと蝕んでいく。


「どうして、あんな粗野な奴があそこまで信頼されてんだ…」


心の中で毒づくが、すぐに自分のゲスさに気づき、軽く笑ってしまう。

そりゃそうだ、ラグは強いし、頼りがいがある。

俺があいつを見下すなんて、そもそも無理な話だ。

だが、それでも、この嫉妬が収まらない。


特に、歩くたびに二人の尻が揺れる様子が視界に入ると、オレの理性はどんどん崩壊していく。

ラムラの引き締まった腰と豊満な尻、アイラの細身でありながらも女性らしいラインが艶かしく揺れるたびに、オレの視線は勝手にそこへ吸い込まれていった。

どうしても目が離せない…あの艶めかしい動きがオレの欲望を掻き立て、思わず舌を湿らせる。

こんな状況、見なかったことにできるわけがない。


「なんだよ…なんでオレだけがこんな後ろで、奴らの影を見ながら欲情しなきゃならないんだ…」


心の中で、卑しい感情がさらに膨れ上がっていく。

二人の汗ばんだ身体から漂ってくる、ほんのり甘くて、そしてどこか色っぽい香りに、オレは悶絶しそうになった。

汗と女性特有の香りが混じり合って、俺の理性をどんどん崩壊させていく。


「くそ…何なんだよ、こんな美しい奴らが、しかもラグにばっかり寄り添って…」


嫉妬がオレの心を黒く染めていく。

ラグはそんな二人の言葉に笑顔で応え、余裕のある態度で答えている。

その様子がまた、オレの胸に深い劣等感を植え付ける。


ラグには、あの笑顔を向けられる。

あの褐色の肌が輝くラムラも、涼しげなアイラも、みんなラグに微笑んでいる。

オレはただ後ろから、その様子を指をくわえて見ているだけ。

それが、どれほど虚しいことか。


「こんな香りに囲まれて、オレはただの傍観者かよ…ふざけんな。だけど、俺にはどうしようもねぇじゃねぇか…」


心の中で呟くが、それでも二人の尻から目を離すことはできない。

漂ってくる香りがさらに強くなり、オレは息を呑む。

夕焼けが彼女たちの髪を赤く染め、まるで夢のような光景の中、俺だけが現実に取り残されている気分だ。


「これが…ラグと俺の差か…」


自然と口の端が歪むのを感じながら、オレはその日の冒険を終え、ただ黙って彼らの後ろを歩き続けた。


夕暮れが山の向こうに完全に沈みかけ、空が赤から紫に変わる頃、オレはラグ一行に別れを告げる時が来た。

薄暗くなる森の中、木々の影が長く伸び、微かに吹く風が草の香りを運んでくる。

ラグ、ラムラ、アイラの三人は、今日の冒険を終えて疲れた様子だが、充実感に満ちた表情を浮かべている。

そんな彼らを前に、オレは複雑な感情を抱きながら、言葉を選ぶ。


「じゃあ、オレはここで失礼します。明日からまた、しばらく別行動なんで…」


少し軽い口調で言ったつもりだが、どこか声が硬くなっているのを自分でも感じる。


ラグはその言葉に反応して、ゆっくりと振り返った。

あの粗野な男が、妙に真剣な眼差しでオレを見つめている。


「そうか。お前も大変だな。ま、しっかり見張られてるってこと忘れんよ」


ラグはそう言いながら、軽く笑った。

口調はやはり荒いが、その目にはどこか親しみの色が宿っていた。

今日一日を共に過ごしたことで、少しは信用されたのかもしれない。


「ええ、もちろん。お互い、気をつけていきましょう」


そう言いながら、心の中で妙な安堵感と共に、嫉妬がじわりと沸き上がる。

ラグにこんな風に親しげに声をかけられるのも、少し悔しい。


ラムラもオレに手を振りながら、


「おっす!じゃあな、またどっかで会おうっちゃ!」


と、元気よく言葉をかけてくる。

彼女のその無邪気な笑顔が、オレの胸に一瞬鋭く突き刺さった。

何だろう、この胸の締め付けられるような感覚は。


「ああ、またな。頑張れよ」


と返事をすると、ラムラの肩越しに見えた夕焼けが彼女の髪を赤く照らし、彼女の褐色の肌に光が柔らかく反射していた。

頭の中に浮かぶのは、今日ずっと彼女の揺れる尻を見ていた自分の姿。

悔しいけど、どうしても目が離せなかった。


アイラも、そんなオレに静かに微笑みながら、


「お疲れさまでした。お気をつけて、またお会いしましょう」


と深々と頭を下げてくれる。

アイラの姿は、夕焼けと共に一層美しく見えた。

あの青い髪、青い瞳が、黄昏の中で幻想的に輝いている。

彼女から漂う甘い香りが、風に乗ってほんのりと鼻をくすぐった。


「こちらこそ、お疲れ様でした。お二人も、ラグをしっかり守ってくださいね」


心にも無い言葉を絞り出しながら、オレはそれ以上何も言えなかった。


ラグは手を軽く上げてオレに背を向け、ラムラとアイラも後を追って歩き出す。

オレはその後ろ姿を見送るしかなかった。

三人のシルエットが森の中に消えていく頃、オレはふと、なんとも言えない孤独感に包まれた。


「結局、俺はまた一人か…」


歩き去る彼らを見つめながら、オレの胸に広がるのは、嫉妬と虚しさ。

今日一日、彼らと共に過ごしながら、何も変わらない自分がそこにいた。

ラグのような強さも、ラムラのような無邪気さも、アイラのような優しさもない。


彼らが完全に見えなくなると、オレは深く息をつき、背中を向けた。


「ま、オレにはオレのやり方があるさ…」


そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと洞窟へ向かう足を進めた。

夕焼けは完全に消え、夜の帳がゆっくりと降りてくる。


オレはラグ一行に別れを告げ、彼らと逆方向へ歩き始めた。

山を越えたところで、オレの足は自然と洞窟の方へ向かっていた。

洞窟か...今朝見かけたあの場所が、どうしても気になっていた。


ラグたちとの旅が終わっても、頭の中にはまだ彼らの活躍がちらついている。

強いモンスターを次々と倒していく彼らの姿が焼きついている。

オレもあんな風になりたい。

けど、あんな風にはなれない。

いや、なりたくない。オレはオレのやり方でやる。


洞窟の前に立つと、そこには静寂が広がっていた。

今朝のあの騒々しい戦いの音は嘘のようだ。

オレは静かに洞窟の中へと足を踏み入れた。

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