第8話 初戦闘
街の外に出るのは、何度か護衛付きの馬車に乗って、隣町まで仕入れに行ったことがあるぐらいだ。
今回、自分の足で歩いて、しかも一人で行動するというのは、これまでにない体験だ。
もっとも、今の俺には冒険者として生き延びるための知恵もスキルもある。
とはいえ、油断は禁物だ。
外の世界は俺が思っている以上に危険だということを肝に銘じておかなければならない。
まずは準備だ。
町の外に出る前にスキル値を割り振っておく必要がある。
さっきまでの訓練で、スキル値の総和が23増えて、331になった。
これを有効に活用しなければならない。
「<暗器戦闘 50>、<潜伏 31>、<薬品調合 50>、<鑑定 50>、<アイテムボックス観覧 50>、<窃盗 100>っと…」
一つ一つのスキルを見つめながら、俺は慎重に割り振りを行った。
今までは打算的に生きてきてしまったが、将来的にはスキル取得時のアップ率を活用して、スキル値の総和をもっと増やすことも視野に入れたい。
だが、今はそれどころじゃない。
明日からの生活に備えて準備を整えることが先決だ。
街の周囲にはモンスターの侵入を防ぐための塀が設けられている。
東西南北にそれぞれ門があり、通常なら店から最も近い東門から外に出るのが自然だ。
しかし、冒険者たちのギルドは街の西側に位置しているようだし、彼らの主な活動もそちらで行われているらしい。
なので、俺も西門から出ることにした。
西門を出ると、大きな湖が広がっていた。
水性モンスターが点々と見える。
その湖畔では、すでに何人かの冒険者たちがモンスターと戦っている。
初心者にとっては安全な場所のようで、モンスターに囲まれる心配も少ないだろう。
だが、俺としては他の冒険者たちに<潜伏>や<隠密>のスキルを使っているところを見られるわけにはいかない。
彼らに怪しまれたら監視者としての仕事に支障が出るかもしれないからな。
ここでは素直に通常の戦闘をこなすことにする。
湖を越えて西の森に入ったら、本格的にスキルを使おう。
「まずは体力と俊敏を鍛えるためにも、西の森まで全力疾走だな」
そう自分に言い聞かせ、走り出した。
街の外で走るというのは、なんとも新鮮な感覚だ。
だが、今まで鍛えてこなかったせいで、全力疾走をするたびに体力とスタミナが減っていく。
回復剤の消費もかなりのペースだ。
道中、<鑑定 >を使って、薬草やスタミナ草を見つけるたびに摘み取り、あとでまとめて<薬品調合>で各種回復剤を作るつもりだ。
湖の近くに差し掛かると、アクアフロッグやブルースライム、さらには大型モンスターのブラックゲーターと戦っている冒険者たちが見えてきた。
彼らは戦闘に夢中で俺を気にしていないようだ、近くを通り過ぎる際に、俺は彼らのアイテムボックスに目をつけていた。
「今のうちだ…」
<アイテムボックス観覧 >と<窃盗>を発動し、戦闘中の冒険者たちから回復薬やスクロールをいくつか盗み取った。
さすがに<鍵開け>を使い貴重品を奪うほどの時間はなかったが、彼らが戦っている間に、数個程度のアイテムを掠め取っても気づかれることはなかった。
全部を盗むのはリスクが高いから、少量だけ取るのがコツだ。
冒険者たちは気づく様子もなく、戦闘を続けている。
俺は素早くその場を離れ、湖を抜けて西の森へ向かった。
西の森の入り口に到着すると、俺は一旦木陰に隠れ、<潜伏>を使って姿を隠した。
振り返って確認すると、誰も追ってこないことがわかり、ほっと胸を撫でおろす。
何度も体力回復剤を使ったおかげで、体力(HP&持久力)は30から35に、敏捷(身軽さ)も33から36に上がっていた。
体力の上がり方はいい感じだ。
この調子ならもう少し鍛えられそうだ。
「さて、本格的に戦闘といくか」
俺はスキルを再び調整し、<暗器戦闘 31>、<潜伏 100>、<隠密 100>、<回避技術 50>、<防御技術 50>に割り振った。
これで、死角からの不意打ちが可能になる。
木陰で<潜伏>を発動させ、透明になった自分の姿を確認した後、音もなく森の中に踏み込んだ。
しばらく進むと、少しだけ開けた場所にたどり着いた。
そこには赤いスライムがぽつんといた。
レッドスライムだ。
俺は九宮袖箭を構え、慎重にスライムに近づいていく。
武器を構えると、視界に赤い○が表示された。
訓練所では出てこなかったが、これはおそらくクリティカルポイントを示すものだろう。
スライムの動きに合わせて○も動く。
これが標的だ。
「5メートルじゃ、さすがに矢が届かないか…」
俺はさらに慎重に距離を詰めた。
2メートル…すると、視界にもう一つ小さな○が現れた。
どうやら、この二重の○の中に矢を打ち込むことで、クリティカルヒットを狙えるらしい。
まるでダーツのような仕組みだ。
とはいえ、両手剣や片手剣のような武器を使ったことがない俺には、この表示が他の冒険者にも出ているのかどうかはわからない。
だが、今は誰かに教えてもらう時間はない。
試してみるしかない。
さらに近づき、1メートルまで詰めたところで、もう一つ小さな○が現れた。
すると、突然、聞き慣れない声が聞こえてきた。
「草うまし。草うまし。天気良い。気持ちいい」
俺は一瞬ビクッとなり、周囲を見渡した。
だが、誰もいない。
木の間も、木の上も、しっかり目を凝らして確認したが、人の気配はなかった。
「…まさか」
もう一度耳を澄ますと、声の方向がはっきりした。
前方の足元からだ。信じたくないが、目の前のレッドスライムがしゃべっているようだ。
「草うまい。ここ日当たりいいし、草うまい」
まさか、魔物がしゃべれるなんてことがあるのか?
今まで店に訪れた冒険者たちから、こんな話は一度も聞いたことがない。
だが、考えてみれば、一つだけ思い当たることがあった。
今まで完全に無視してきたスキル、「魔族交流」。
俺は、まさかと思い、その脳内タブを開いて確認した。
すると、そこには「レッドスライム」と表示されている。
「まさか、これが魔族交流の効果ってやつか…」
俺は呆然としながらも、心の中で「こんにちは」と声をかけてみることにした。
これも一種の実験だ。
「誰だ?誰だ?どこだ?」
と返事が返ってくる。
目の前のスライムが、プルプルと震えているのが見える。
赤いゼリーの真ん中にある赤い核が、右に左にぐるぐると動いている
間違いない、「魔族交流」が発動している。
スライムがこちらに話しかけているのだ。
「私は、魔物の神だ」
と試しに名乗ってみることにした。
「神?何それ?草うまい」
ダメだ…スライムの知能が低すぎる。
会話にならない。
どうやら草を食べることに夢中で、俺の存在にはまるで気づいていない様子だ。
もう少し距離を詰め、50センチまで近づいたところで、視界に表示される○がさらに赤く塗りつぶされ、その中には「当」という白抜き文字が浮かび上がった。
「誰だよ、この世界創り出したやつは…お茶目すぎるだろ」
俺は思わず苦笑いしつつ、その表示が分かりやすいことに感謝した。
距離5センチまでさらに近づき、九宮袖箭をスライムに押し当てると、初のモンスター攻撃を実行した。
「ぎゃぁぁっぁぁぁぁぁ!」
スライムが断末魔の叫びを上げる。
想像通り、クリティカルポイントに当たったようだ。
九宮袖箭の威力が十分に発揮され、スライムは一撃で絶命した。
だが、なんというか、この「魔物交流」のせいで、後味が悪すぎる…。
敵がしゃべれるというのは、あまり気分のいいものじゃないな。
「…これが暗器戦闘か」
俺は絶命したレッドスライムから素材を剥ぎ取ることにした。
剥ぎ取れたのは「赤い液体 1」。
これは回復薬を生成する際に加えると、回復率を上げることができる貴重な素材だ。
今日はこれを集めることが一つの目的でもあるので、この絶叫を何度となく聞くことになるだろう。
初戦闘は思っていたよりもずっと簡単だった。
何より、痛みがなかったのがありがたい。
だが、スライムの叫びが耳に残っていて、これからの戦闘が少し気が重くなった。
だが、やるしかない。
「さあ、次だな」
俺は気を取り直して、さらに奥へと進むことにした。
絶叫さえ我慢すれば、思っていたほど外の世界はそれほど恐ろしくはなかった。
街を出る前には、外には凶悪なモンスターや未知の危険が待ち受けていると覚悟していたが、実際に外に出て歩き始めると、自分が想像していた恐怖は拍子抜けするほど軽かった。
もちろん油断は禁物だが、これまでコツコツと鍛えてきた器用さは380。これなら、どんな敵も対処できるはずだと自信があった。
最初に現れたのはアクアフロッグ。
巨大なカエルのようなモンスターで、ぬらぬらとした皮膚が光を反射している。
水辺に棲んでいることが多いが、ここまで近づかれるとは予想外だった。
「ぺチャッ、うまそう…」
脳内に響く、低く、どこか間の抜けた声がした。
「魔族交流」が発動していることに気づき、その瞬間、アクアフロッグが自分を食べ物と認識していることがわかった。
これまで興味すら持たなかったスキルだったが、こうして本能に根ざした単純な思考を感じ取るのは、逆に効果的かもしれない。
「なるほどな、腹を空かせてるわけか…だが、こっちも簡単には食われないぞ」
アクアフロッグが大きく飛び上がり、ぬらりと伸びた舌をこちらに向けて放ってくる。
その瞬間、オレの器用さが光る。
たった1メートルの距離ですら、標的には自然と「当」印が浮かび上がり、まるで導かれるかのように攻撃が的中する感覚だった。
袖箭から放たれた矢は、鮮やかにアクアフロッグの大きな目を射抜き、そのまま水面に激しく落ちた。
水しぶきが周囲に飛び散り、湿った空気が広がったが、敵が倒れた瞬間の爽快感がオレを包んだ。
「ケロ…うま…かった?」
アクアフロッグの最後の思考が脳内に響く。
死の間際まで、食欲に支配されていたのだろう。
その単純さに少し呆れつつも、やはり油断はできないと感じた。
次の戦闘では一度<潜伏>や<隠密>を使わずに戦ってみよう。
現れたのはブルースライムだ。
街でよく見かける小さなスライムとは異なり、目の前のブルースライムは倍以上の大きさで、粘性も非常に強い。
まるで壁のように前に立ちはだかる姿を見て、軽く舌打ちする。
「ミギ…ヒダリ…ナンデ…?」
今度もまた、脳内に低く、単調な声が響く。
ブルースライムの知能は低いようで、単純な方向感覚しかないらしい。
だが、その分、動きが予測しにくく厄介だ。
「ここはスピードが勝負だな…」
そう考え、いつも通りに袖箭を放とうとしたが、次の瞬間、それが間違いであることを悟った。
矢がスライムの表面に当たったにもかかわらず、その強力な粘性によって弾かれ、効力がなかったのだ。
「クソッ、こいつはやっかいだな…!」
一瞬の油断が命取りになると感じ、次の行動をどう取るか考える。
しかし、スライムはその巨体でゆっくりと迫り、やがてその身体を震わせた。
こちらに向けて、巨大な触手のようなものを放ってきた瞬間、体が咄嗟に反応した。
<潜伏>や<隠密>を使わずに動いた結果、10メートルも離れていない距離から、猛然とスライムが迫ってきた。
「痛い、痛い、食べる、食べる!」
ブルースライムの単純な思考が耳に残る。
襲いかかってくる速度が想像以上で、全身が一瞬で冷や汗に包まれた。
無我夢中でその場を駆け抜けたが、少しでも気を抜けば、粘液に飲み込まれるところだった。
「くそっ…スキルを過信しすぎたか…」
そう思いながら、息を整える。
街の外では<潜伏>と<隠密>は必須だと、改めて痛感する出来事だった。
今度は冷静に敵を観察し、動きを見極めた。
スライムが再び触手を振り回し、こちらに突進してくるが、そのタイミングを読んで横に跳び、背後に回り込む。
そして、スライムの体内にある核を目視で確認すると、一気に袖箭を放った。
「うおおおぉぉぉ…!」
スライムが断末魔のような音を上げ、その巨大な体が粘液の海となって崩れ落ちる。
ようやく倒せたという安堵が広がるが、同時にその過程でスキルを過信していた自分に反省した。
「やれやれ…命がいくつあっても足りないな…」
改めて感じた緊張感とともに、次の目的地である洞窟へと足を進めた。
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