第7話 準備

さぁ、勢いでいろいろとハッタリをかまして契約書まで作ったのはいいが、これからの予定は完全に行き当たりばったりだ。

やはり無計画というのは危険だな。

どうにかしてあの契約書を不履行に持ち込もうと考えてはいるが、冒険者たちの性格や、生活、主たる収入源すらまったく分かっていない。

これでは対策を練るにも材料不足だ。


俺は商人としての知恵を絞ってこの状況をどう切り抜けるか考えているが、情報が少なすぎて、決定打が出てこない。

何か、もっと決定的な情報が欲しいところだ。


明日から彼らに送り込む予定の「冒険者ルーク・トラビック」。

その正体はもちろん俺自身、エルフに変装した姿だ。


先日「ファイアーロックバー」でラグとは偶然顔を合わせているが、彼は泥酔していたので、俺のことを覚えているはずはない。

とはいえ、同じバーに行くのは避けたほうがいいだろう。あ

まりにもリスクが高すぎるし、計画を壊すような愚行はごめんだ。


それにしても、ラグたちはなかなかの冒険者パーティーだ。

装備も上質で、冒険者としての実力も確かなものだろう。

彼らの主な収入源はおそらく狩りや依頼だ。

監視者として街の外に同行することになるのは間違いないだろうが、俺がその場でどれだけ耐えられるか、まったく未知数だ。

なんの準備もなしに彼らと狩りに出るのは、正直自殺行為に等しい。


「うーん、これじゃバレるのも時間の問題かもしれないな…」


と呟きながら、俺はこれからの準備について考える。

どうにかして、少なくとも冒険者に見える程度の実力をつけておかなければならない。

戦闘スタイルは決めるとして、まずはそれに合わせたスキルを取得し、少しでも戦えるようにならなければならない。

幸い、俺のスキルシステムには「スキル値変更」という機能があるが、それだけに頼るのは危険だ。

実際のスキルを持っておくに越したことはない。


今の俺のステータスを確認すると、

筋力(攻撃力) 45

体力(HP&持久力) 30

耐久(物理防御) 18

器用(成功率) 380

敏捷(身軽さ) 28

知識(魔法防御) 40

魔力(MP)3


いやはや、これではとても魔法を使うという選択肢はないな。

エルフとしては、魔法を使う姿が一番様になるのだろうが、魔力がこの程度では話にならない。

俺が魔法使いを名乗った瞬間、笑いものにされるのがオチだ。


「弓か…?」


一瞬、弓を使うことも考えたが、金銭的な面で引っかかる。

弓は矢を消耗するたびに金が飛んでいく武器だ。

一発撃つごとに、商売道具を捨てるような感覚になるのが耐えられない。

強弓を使えば使うほど、その矢の値段も跳ね上がるし、消耗品に投資するなんて商人としてのプライドが許さない。


色々と考えを巡らせた結果、俺の心を打ったのは「暗器」だった。

アサシンが使う武器で、筋力をあまり必要とせず、急所を上手く突けば一撃で仕留められる可能性がある。

肉弾戦になりにくいのも、痛い思いをしたくない俺には好都合だ。

何より、俺の器用さを活かすことができるこの戦闘スタイルならば、明日以降の危険な狩りにも対応できるかもしれない。


「よし、暗器で行こう」


そう決めたら、次は装備を整える番だ。

幸い、店にはいろいろと商品が揃っている。選りすぐった装備を紹介しよう。


- 神速の九宮袖箭 俊敏 +2 毒 +6 攻撃力 24

- 頭: エルフ族変装セット 防御力 2

- 上半身・下半身: ラビットメイル 俊敏 +4 防御16

- 足: ラビットシューズ 俊敏 +4 防御13

- 腕: ラビットグローブ 俊敏 +4 防御14

- アクセサリー:イケメンフルフェイス(イケボ変換機能付き) 防御力 3


装備一式を身にまとった俺の姿は、正直言ってダサい。

モコモコのラビット装備にエルフ族の変装、さらにイケボ変換機能付きのフルフェイス…見た目は完全にコメディだ。

だが、実際に戦闘するならこれがベストだ。

俊敏性を大幅に補ってくれる装備だし、命がかかっている状況では見た目など気にしていられない。


神速の九宮袖箭について、正直なところ、最初は俺も大して期待していなかった。

というのも、これは自分で作ったわけじゃなく、店をオープンした時に出入りの業者が売り込みに来た商品だった。

あの時の会話を思い出す。


「モートさん、この武器の性能は間違いなく保証しますよ。ただ、今の時代、暗器ってイメージが悪くて、あんまり使う人がいなくなってしまって…売れないんですよね。どうか助けると思って仕入れていただけませんか?値段は勉強させていただきますから。」


あの業者、やたらと熱心に売り込んできたのを覚えている。

商売としては暗器が今は売れ筋じゃないってのは理解してたが、俺も商人だ。

足元を見て破格で買い取った。

その時点では、まぁ大して期待していなかったんだが、やっぱりその通り。

店頭に並べてからというもの、手に取る客は誰一人いなかった。

売れない。

これがリアルな商売の世界だ。


あの時、業者があんなに売り込みをかけてきた理由も今となってはよくわかる。

俺がその商品を押しつけられたようなもんだ。

考えてみれば、あの出入りの業者の方が、商才としては俺よりも上手だったのかもしれない。

失敗したなと思いつつも、結局は俺が仕入れたものだ。

使い道がなければ、ただの不良在庫でしかない。

だが、今の俺にとって、これが思わぬ武器となって役に立つことになるなんて、皮肉なもんだ。


それに、この神速の九宮袖箭、改めて見てみると結構悪くない性能だ。

属性が二つも付いているし、毒まで仕込める。

どんな武器かというと、袖の中に仕込んでおいて、近距離で毒を塗った短い鉄矢を飛ばすというものだ。

隠密行動に向いていて、相手に気づかれずに一撃で仕留めることができれば最高だ。

基本的には9発の矢を仕込んで、一発で敵を倒すことを目的としている。

だから、矢の消費もそれほど多くはならないはずだ。


「これ、意外といけるかもしれないな…」


試しに使ってみたところ、やはり有効だった。

矢があまり無駄にならないのもポイントが高い。

さらに、敵を倒した後に余裕があれば、鉄の矢を回収することもできるから、経済的だ。

俺は商人だ。

無駄を出すのは嫌いだし、そういう意味でも、この暗器は俺にピッタリかもしれない。


そう考えると、この商品も悪くない投資だったかもしれない。

使い手がいなかっただけで、性能は抜群だ。

俺がそれを活用している以上、この武器が「使えるもの」だと証明していることになる。

考えれば考えるほど、これからの戦闘でも役立ってくれそうだ。


「よし、これでいくか。」


俺はそう自分に言い聞かせ、武器の調整を終えた。

どんな武器でも、自分の手に馴染ませれば、最強のパートナーになる。

暗器が売れない?

そんなの関係ない。

俺が使えば、それだけで価値が生まれる。


準備が整ったら、俺は商人ローブに着替え、装備一式をアイテムボックスにしまう

明日からはしばらく宿泊続きになるだろうから、必要なアイテムもまとめて持っておくことにする。

そして、店に「閉店」の札をかけ、出発だ。


最初に向かうのは商人ギルドだ。

店番を依頼しなければならない。

棚卸在庫の表をギルドの受付に渡し、7日分の派遣費用2万8000ドランを支払う。

商人ギルドのシステムは良くできている。

日給4000ドラン、そのうち2000ドランが派遣スタッフに、残りはギルドが受け取る。

派遣された商人も、自分の商才を試すチャンスが得られるし、俺としては店を留守にしている間に在庫をさばいてもらえる。

三方良しの制度だ。


そこに現れたのは、今回の店番を担当するソマックだ。

彼は優秀なドワーフ族の商人で、俺の店の在庫をしっかりと売りさばいてくれる男だ。


「よっ!モートの旦那!7日間ものご依頼誠にありがとぉごぜぇます!」

「お、ソマックさんが派遣されてくるとはありがたい。在庫は全部売り払ってくれて構わないから、成果を楽しみにしているよ。」


ソマックに店を任せた後、俺は装備を身にまとい、<潜伏>と<隠密>のスキルを発動し、街中を目立たないように歩き始めた。

訓練所へ向かう道中、周囲の視線が俺に集まるのを感じる。


「おい!あいつ見てみろよ」

「まじかよ!超ぶっ飛んだ格好してるなぁ」

「訓練所に来てるってことは、きっと戦闘初心者なんだろうが、あいつには関わりあいたくないな」

「ソロプレーヤー決定だな。あいつとパーティー組むやつなんていねぇだろ」


そんな声が周囲から聞こえてくるが、気にしない。

俺は自分のスキルアップに集中するだけだ。

今の俺にとって重要なのは、明日の狩りで生き残るための準備を整えること。

それ以上でも、それ以下でもない。


確かに、モコモコしたウサギ装備は戦闘には不釣り合いだろう。

まるで戦場に出るというよりも、笑いを取りに来たような格好だ。

だが、この装備は見た目以上に実用的なんだ。

俊敏性が補える分、俺にとっては非常に役立つ。

冒険者たちがどう思おうが、俺は実用性を最優先する。

見た目にこだわる暇などない。

生き残るためには、外見よりも中身だ。


そう、今は他人の目なんて気にしている場合じゃないんだ。

スキルアップが最優先だ。

明日からの冒険でどうやって生き残るかが問題であって、装備の見た目なんぞは二の次だ。


「見た目じゃねぇ、実力だ」


そう自分に言い聞かせ、訓練所の奥へ進む。

訓練所は武器ごとに分かれていて、手前には両手剣の訓練所、片手剣、弓矢、斧の訓練所がある。

やはり剣の訓練所には多くの冒険者が集まっている。

剣は戦闘の基本だからな。

人気があるのも当然だろう。

だが、俺が目指すのはその奥、暗器の訓練所だ。人目に付かない、地味な場所。

そういうところが俺に向いている。


ようやく暗器の訓練所に到着すると、予想通り誰もいない。

俺は静かにニヤリと笑った。

これなら自分のペースで集中して練習ができる。

俺にはこういう孤独な場所の方が性に合っている。

誰かと群れを成して訓練するよりも、一人で黙々と訓練する方が俺には合っているんだ。


この暗器の訓練所は、他の訓練所とは違い、無数の穴が空いた人形が数体ぶら下がっているのが特徴だ。

まずはそのうちの一番右端にある人形に向かって「神速の九宮袖箭」を装着し、試し撃ちをする。

矢を9発セットし、狙いを定めて一気に撃ち込む。

次々と人形の胸に突き刺さり、やがて矢が地面に落ちる音が響いた。

ステータスを確認すると、スキル「暗器戦闘 1」が追加されているのが確認できた。よし、悪くない。着実に進んでいる。


地面に散らばった鉄の矢を拾い上げ、再度セットして、もう一度撃ち込む。

単純作業だが、こうした反復訓練が重要だと自分に言い聞かせ、黙々と繰り返した。

訓練を始めて小一時間が経過した頃、少し飽きが来た。

しかし、この訓練は痛みも伴わず、ただ体力を使うだけだ。思ったよりも気楽に続けられる。


「悪くないな…俺向きかもしれない」


スキル値は<暗器戦闘 8>にまで上がっていたが、ここから先は少しずつ上がりにくくなってきた。

それでも、一つずつレベルが上がっていくのを見るのは嬉しいものだ。


そして、ふとある考えが浮かんだ。

胸だけでなく、首や頭、みぞおちなど、体の中心線に空いた穴に狙いを定めてみるのはどうだろうか?

こうして難易度を上げれば、さらにスキル値も上がりやすくなるかもしれない。

早速挑戦してみることにした。

だが、これが意外と難しい。

最初は的を外してしまい、矢が跳ね返ってくることもあった。

それでも、俺は繰り返し挑戦し続けた。


「もう少し、もう少しだ…」


数時間が経過した頃には、9発のうち7発ほどが正確に穴に打ち込めるようになっていた。

よし、これならいける。ステータスを確認すると、スキル<暗器戦闘 15>に成長している。

どうやら、訓練所でも難易度を上げることでスキルの成長が早くなるらしい。これは大きな収穫だ。


今日は運がいい。

暗器の訓練所には俺以外に誰もいないから、思う存分練習できる。

これはチャンスだ。俺はさらに次のステップに進むことにした。

今度は10体の人形を使って、走りながら矢を撃ち込む訓練だ。

右端から左端まで駆け抜けながら、1体ごとに1発ずつ矢を撃ち込んでいく。

撃ち終わったら、走りながら矢を回収する。

これは実戦に近い形での訓練だ。

やはり戦闘ではスピードが命だ。


「これが実戦で役立つかどうかは分からないが、やらないよりマシだろう」


結局、午前中で切り上げるつもりだった訓練は、昼過ぎまで続けてしまった。

店から持ってきた体力回復剤やスタミナ回復剤もかなり消費してしまったが、その分の成果はあったと思う。

スキル<暗器戦闘 23>まで上がり、能力値の「俊敏」も33+14と、なかなか良い数字になっている。


「まあ、これだけやれば十分だろう」


俺は訓練所を後にし、次に街の外へ出てみようかと考えた。

だが、この付け焼き刃の暗器戦闘が街の外にいるモンスターに通用するのかは、正直疑問だ。

実戦でどうなるか、それはやってみなければ分からない。

しかし、準備は整った。

次に進むべきは実戦だ。


「よし、午後に食い込んじまったが、これからが本番だな」


俺は軽く深呼吸をして、自分に言い聞かせる。

次は街の外へ繰り出し、モンスター相手に自分の力を試すときだ。

この暗器戦闘が果たして通用するのか、それとも惨敗するのか。

それを確かめるのは、これからだ。


「行くか…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る