第5話 逃走人

スクロール ファイアボール 10


知識や魔力の無い者でも、十分な威力の魔法を行使できる魔力が篭ったスクロールだ。

これ一つあれば、魔法使いじゃなくても派手にファイアボールをぶっ放すことができる。

冒険者が使うにはうってつけのアイテムだろうな。


破魔の指輪 闇耐性 +3


これは闇の力を防ぎ、魔除けの力も少し秘めた指輪だ。

闇属性の攻撃や呪いなんかを防ぐには持ってこいだろう。

これもまた、立派な冒険者用の装備だ。



しかも、この2つがわざわざ貴重品の中に入ってたってことは、誰かへのプレゼントだったのか、もしくは予備の装備として大切にされていたんだろうな。

どちらにせよ、いい物を手に入れたもんだ。


そして、これだけじゃなく30万ドランも手に入れてしまった。

まじめに商人やってるのがバカバカしくなるほどだ。


ちなみに、オレの店の一ヶ月の売上は500万ドラン。

その中から諸経費や素材の仕入れ費用、店舗のローン返済を差し引いて、毎月手元に残るのは20万ドラン程度。

そう考えると、たった一晩で30万ドランも手に入れるなんて、商売やってるのがバカらしくなる。


しかも、オレは冒険者じゃないから、自分で危険な街の外に出て素材を手に入れることもできない。

それによって、冒険者や行商人から素材を仕入れる費用がかさみ、経営が圧迫されている。

それに比べて、盗人としてのこの稼ぎの良さよ。


それに、スキル<鑑定 100>を<鍛冶 100>に付け替えて、手に入れた破魔の指輪を加工する。

店裏の工房で黙々と作業を始め、完成したのがこれだ。


**破魔のイヤリング 闇耐性 +3**


指輪を二つに分けて、イヤリングに加工してやった。

これなら誰にもバレないだろう。

明日には店頭に並べて売るつもりだ。

盗んだ物もこうやって形を変えてしまえば、証拠隠滅。

更に収益は増える。

商人と鍛冶職人に、盗人のスキルが合わさると最強だな。

ひとりでニンマリと笑いながら、満足感に浸って寝ることにする。


罪悪感?

そんなものは、胸の奥にしまい込んでおけばいいさ。

窃盗という重罪を犯してしまった恐怖も、もしバレたらという不安も、今は眠りの中に押し込めておけば問題ない。



翌朝、いつもと変わらない朝がやってきた。

店を開けて、店の前で掃除をしていると、遠くから慌ただしい足音が聞こえてくる。


「待ちやがれ!てめぇ、落とし前つけやがれ!」


どうやら、6人ほどの集団が20人ほどの男たちに追われている。

1人の屈強な男と5人の個性豊かな美女たち。


そして、俺の店の前でとうとう追い詰められたようだ。

おいおい、勘弁してくれよ、こんな厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。


「はぁはぁ、手間取らせやがって。お前らもわかるだろ?ここでしっかり落とし前をつけて帰らなかったら、俺たちだってどうなるかわからねぇ。素直に全員、首を出しな」


追いかけてきた集団の中から、リーダーらしき男が現れた。

汗をかきながら、まるで命を懸けた取引をしているような緊迫感が漂う。

獣人だろうか、虎のような威圧感を放っている。

正直、こっちは見ているだけで震える。

ああ、もう店の中に引っ込んでおけばよかったのに、ついつい好奇心で外に居続けたせいで、身動きできなくなってしまった。

首を出せとか言ってるが、まさか…。


「ガルローズの兄貴、勘弁してくれ。今回だけは見逃してくれ!来月は倍の額を組に収めるからよ」


「ラグ、おめぇは組織ってものがわかってねぇな。例外を作れば、どんどん崩れていくんだ。例外は無い。素直に首を差し出して、全員奴隷商に売り払われて身で組への上納金を納めろ」


ん?

ラグ?

どっかで聞いた名前だな…。


「俺は嘘はついてねぇ!昨日の晩までは確かにあったんだ!」


「組抜けしようって奴はいつもそう言うんだ。何より、朝一番で一家を率いて街を出ようとしてたんじゃねぇか。よくそんなことが言えたもんだな」


「ラグは私たちを守ろうとして…!」


突然、連れのダークエルフの女が前に出て、ラグをかばおうとした。


「てめぇは引っ込んでろ!」


ドガッシャァァァ!


虎の獣人の一撃で、ダークエルフの女が俺の店の前に吹っ飛んできて、気絶してしまった。

生きてるのか?

勘弁してくれ、こんなところで死人が出るのは困る。


ダークエルフを目で追うように振り返ったラグという男と、俺の視線が合った。

その片目に傷がある姿、サラマンダー族。

間違いない、昨夜の泥酔者じゃないか。

しかも、どうやら俺が盗んでしまった30万ドランは、組への上納金だったらしい。

こんな大金を持ちながら酔っ払うなんて、こいつの危機管理能力はど底辺だな。


「おい、ラグ、おめぇ、なんとかならねぇのか?俺もお前を奴隷にはしたくねぇし、また一緒にバカ騒ぎしてぇと思ってるんだ。仲間から金をかき集めれば、なんとかなるんじゃねぇのか?銀行ぐらいには付き添ってやってもいいぞ」


虎の獣人の瞳に少しだけ情けの光が宿る。

どの世界でも、任侠の世界ってのは厳しいんだな。


「すまねぇ、兄貴。俺も親父を喜ばせようと思って、出来る限りの金を用意したつもりだったが、一家の金をかき集めても10万が限界だった。俺たちは小さな一家だからよ」


「そうか…なら、諦めてくれ。命までは取りたくねぇんだ」


「あ、あの…」


場違いにも俺が口を開いてしまった。

これ、もし成功したら面白いことになるかもしれない。

頭に妙案が浮かんできたんだ。


「なんだ、おめぇは?」


「この店の店主、モートでございます」


虎の獣人の目つきが鋭く、まるで食い殺されそうな勢いだ。

ビビりながらも、俺は頭を下げ、言葉を続けるのであった。


「一介の商人が口を挟むことをお許しください。しかしながら、どうやら金銭的なトラブルでお困りのようですので、何か私にできることがあるのではと思い、差し出がましくもお声をかけさせていただきました」


声を張り上げた俺は、あえて丁寧な口調で話しかけた。

無理にでも誠実そうに見せることで、相手を引き込むのがポイントだ。

だが、獣人のリーダー、ガルローズは俺を睨みつけ、鼻で笑った。


「何か勘違いしているようだが、お前がどうこうできる金額ではないぞ。数か月分の利益が吹っ飛ぶような額を、縁もゆかりもないこの男に貸し付ける気でもあるのか?そんな度胸が、お前にあるとは思えんが?」


鋭い言葉が返ってくるのは当然だ。

こちらの本気を試すためにも、彼は俺を追い込むように問いただしてきた。


「確かに、返済の確約も無い大金を貸し出すことはできません。しかし、確約があり、当方としても良い条件で借りていただけるなら、あなた方のような力ある冒険者の方々とお近づきになる機会になるかと思いまして」


冷静に答える俺に、ガルローズは少しだけ興味を示した。

こちらの提案を吟味し始めたようだ。


「確約とはどんなものだ?本当にお前は30万ドランもの金をこの男に貸し付ける気があるのか?」


ガルローズが鋭く問いかける。

これは彼にとっても簡単な決断ではない。

彼の視線がラグへと移る。

ラグは顔を歪めながらこちらを睨みつけた。


「30万ドランですか…」


ここで一瞬、俺はため息をつく。

すでに昨晩の盗みで30万ドランは手に入れているから、その金額を貸し出すのは問題ない。

だが、今はラグをギリギリまで追い込むことが俺の計画だ。

簡単には救わない。


「恥ずかしながら、私が汗水垂らして稼ぐ一か月の売上もそこまでには及びません。生活するためにも金は必要ですから、30万ドラン全額の貸し出しは難しいかもしれません。しかし、20万ドランであれば何とか」


わざと控えめに出て、ラグを追い込む。

予想通り、ガルローズは俺に向き直り、ラグを問い詰める。


「20万ドランか。ラグ、お前は確か10万ドランなら何とかなると言っていたよな?」


ラグは答えを渋っていたが、ついに観念して口を開いた。


「兄貴…確かに10万ドランは何とか用意できます。しかし、こいつの話には何か裏があると思うんだ。こんな話聞いたこともねぇ。こいつの瞳の奥、笑顔の奥から危険な匂いがプンプンしますぜ」


「俺もそう思っているさ。しかし、お前には二つの選択肢しかない。少しの希望か、奴隷生活という絶望の日々か。お前がどちらを選ぶかは明白だ。お前の一家の明日が、お前の決断にかかっていることを忘れるな」


ガルローズの言葉が静かにラグを締め上げる。

ラグは唇を噛みしめながら、ついに俺に向かって頭を下げた。


「モート…とか言ってたな。どうやら、俺たちはお前の力に頼るしかなさそうだ。条件があっても構わない。絶望の中で少しでも希望を与えてくれたお前には、恩義を感じている。必ず返すぜ」


彼の言葉はどこか歯がゆいものだった。

絶望に落とし込んだ張本人が俺だなんて、彼は夢にも思っていないだろう。


「商人として、何か冒険者の方々のお力になれるのであれば幸いです。しかし、旦那様方のような力ある方々に大金を貸し出すのは、私にとっても大きなリスクです。ですので、返済の確約として、この魂の契約書に血判を押していただければ、貸し出しに応じさせていただきます」

「魂の契約書?」


と、周囲がざわめく。

ガルローズの表情が一瞬驚きに変わった。


魂の契約書――これは契約を履行しない場合、魂そのものを対価として支払わせる高度な魔法がかかったものだ。

驚くのも無理はない。


「お前、どこでそんなものを手に入れた?」


と、ガルローズが低く唸るように問いかけてくる。


「お客様、私は一介の商人ではありますが、それでも取引先には様々な人脈がございます。将来的に考えられる事態に備えて、この契約書を手に入れておりました。20万ドランを貸し出し、来週には40万ドランで返していただければお貸しします」


「て、てめぇ!一週間で倍はあまりにも暴利だろう!」


と怒鳴り声が上がる。

だが、俺はあえて冷静に対応する。


「おっしゃる通り、これは高い金利です。しかし、たったお一人に貸すのではリスクが高すぎます。ご一家全員に連帯責任でご契約いただければ、30万ドランをお貸しします」


高利貸しの申し出に、周囲はざわつくが、俺の狙いは金利で儲けることではない。

オレの狙いは、この一家の魂だ。


「オレの一家全員に、その契約書に血判を押せってことか?」

「それはご自身でお決めください。ただ、リスクに見合う形で貸し出し額を決めるまでです」


子分たちが一斉に口を開く。


「問題ない」

「判断は任せます」

「一家は運命共同体です」

「私はあなたを見守り続けます」


「みんな、すまねぇ…」


俺は心の中でガッツポーズを決める。

狙いはラグではない。

俺が欲しいのは、彼の一家――美女軍団の魂だ。

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