第4話 繋がれた手
「ノアの箱舟システムっていうのがあるんだって!」
キラリがパンフレットを見ながら話しかけてくる。踊るようで軽やかにしなやかにぴょんぴょん跳ねながら歩いていた。博物館とは言え、広大な敷地の国際科学センター内の博物館であるためレストルームまで結構な距離があり入口からだいぶんと歩いた。ここから移動カートを使ってレストルームに行き、そこで昼食をとる予定である。そろそろ疲れてきてはいたもののまだまだ元気そうなキラリだった。
「聖書の?」
もちろんノアの箱舟は知っている。生まれてさして時間もかからず中二病になっているのでそこいら辺はチェック済みである。
ノアの家族とすべての生き物の番を乗せ、七日七晩世界をさ迷い、アララト山の頂上で引っかかって止まったっていう
「うん、全世界の生き物の細胞が保存されててクローンが作れる状態で保存されてるんだって」
少し複雑な表情ではあるが、大体何を言いたいのかは解る。
「クローンかぁ、倫理条約、だっけ?解禁されたのも確か、20年前くらいだっけか。世界の汚染状況がひどいからって『種の保存条約』が作られて…そっか、ここで研究してるのか面白そうだね。」
キラリが真剣なまなざしで薫を見つめている。
「薫君、すごく物知りだね!?びっくり、伊達に中二病じゃないね!」
「おいおい…、まあファンタジー的なのは好きだから興味あるけど、科学とか全くわかんないから、物知りでもないよ」
レストルームへと向かうちょっと離れた建屋へ移動する間の移動カートへ乗り込んで、苦笑いしかできないでいると、2分ほど掛かってレストルームに到着した。
レストルームに着くと平日なのと、一般受けしないであろう小難しい博物館だからなのか一般客はおらず、
「他のクラスが来るまで、各自自分の席忘れない程度に自由行動~」
今まで行儀よく隊列を崩さずやってきたが、ここで仲良しグループとで合流することとなった。建物があまりにも広く何本もの塔のような作りになったビル群を行き来する為、連絡通路は所々移動カートに乗る必要があった。乗り過ごすと歩いて移動ともなればクラスのヤンチャグループも面倒臭くてばらばらとふざけては居られず、隊列を崩さなかったのは移動カートが楽だった事も起因するのかもしれない。
「あー、おなかへったね!」
「キラリー、寂しかったよー」
クラスメイトの佐藤しおりと中川香織が大きな声を上げてキラリに近づき話しかけてくる。小学校からの友人であるしおりと香織はキラリと薫のことは重々承知である。しおりは小柄ではあるがショートボブの軽快ハツラツスポーツタイプ読書家おっとりタイプのキラリとは相反するがもう一人の親友、香織のはどちらかというとキラリとタイプが似ているが明るい陰キャというよくわからないジャンルを極めている。二人ともキラリの修学旅行での目的も把握しているのである。
「きらりー、どうなの?ね?ね!?」
告白とその行方はどこなのか、お互いそんな夢見る年頃。二人とも顔を近づけて興味深々でキラリの顔を覗き込む。
「うーん、どうかな、かな…普通に話はできてるよ。」
いまいちな反応をしながらも、満更でない笑みを浮かべているキラリの顔を見てしおりも香織も安心していた。
「そっか!じゃあ今日は楽しく過ごせそうだね!」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、普段しゃべらないキラリも楽しそうである。
ー
薫は少し離れて親友で剣道仲間の徳山慎之介と合流した。慎之介はニヤニヤ顔をしながら薫に問いかける。
「なーなー、後ろから見てたらずいぶん遠藤さんと仲いいじゃねーの?」
棘のある雰囲気をチラつかせつつ、肩をぶつけてくる。どうやら他人の春は気に食わないらしい。かといって薫にはまだ春でもなんでもないのだが。
「まあ、話が合う子だからね。仲はいいかもしれん。それはそうとお前、清水唯とはどうなんだよ。せっかく隣の席だから今回もずっと隣だろ?」
嫌味たらしく聞き返す。
「そりゃまあ、おめぇ、ばっちりよ!」
体育会系バカではあるが、憎めないやつである。何がばっちりか全くわからんがうまくいってるならそれでいいのかもしれない。
「大体、遠藤さんはお前の好みのタイプだろ、好きとか、こう。ないのかよ?」
薫のタイプも知り尽くしている。同じ道場に通って、同じ馬鹿をしてきた無二の親友である。
「そりゃタイプだけどさ、あんまり話したこともないんだ。そりゃお近づきになりたいって思うけど、あっちからしたら迷惑じゃね?」
そう、バスの中からやたらと話しかけれらる事も単に席替えができない上に、隣になって半年もたつから多少の話し相手にしたいんだろうなってそんな気持ちでいたけど、たった数時間バスからこの博物館を巡っている間に割と話が合うことに気が付いて、割と彼女が少し薫を意識している事に気が付いて、割と自分が魅かれているのに気が付いた。しかし、それが変な思い過ごしで間違っていたなら、キモ中二病ヲタの蒸し焼きができそうだ。
「まー、キモヲタムッツリだからなー、お前!」
慎之介は高らかに笑うが、薫は笑えない。
「ムッツリってなんだ、ムッツリって!」
つい、大声で返してしまった。
瞬間。
ずがががが、ゴゴゴという地響きと強烈な縦揺れが博物館を襲う。建物が上下に何度も揺さぶられぐるんぐるんと左右にも横揺れだし、1階だったレストルームも異常なほど揺さぶられた。周囲の椅子や机は飛び跳ね小刻みな振動と大きな揺れでわずかに浮いてるように見える。薫たちの体は床と一体化したように振動で揺さぶられ、へたり込むしかなくなっている。
「キャー!」「ぢ、地震!」「でかい!」
緊急警報がキューンキューンと鳴り響き、立てなくなるほどの揺れが襲い、1分を過ぎても止まらない。各々が錯乱し始めた。
まだまだ大きくなっていく揺れ。止まりそうにない激し振動が横揺れを纏いつつを繰り返す。建物が少しづつ傾いているの視界に入る。地面が盛り上がっているのか、それとも逆に下がっているのか。急激に傾いた床でバランスを崩しキラリが激しくふらついた。
「遠藤さん!」
「薫君!」
お互いはお互いを見つめなぜか手を伸ばしあう。どんな気持ちの行為だったのかわからない。
キラリは斜めになった建物の壁に落ちるように叩きつけられそうになっていた。
手を伸ばし、やっと届く距離。手のひら一つ分が空を描く。届かない。薫は勢いよく踏み出し、せめて下敷きになろうと飛び出した。激しい揺れが一瞬落ち着き、そのタイミングで辛うじて踏み出せ手が届いた、腕を引き寄せ抱きかかえるようにキラリの下敷きになるように守りながら倒れこむ。背中を強打しながらもキラリを守れたか確認する。
「大丈夫?!」
キラリに問いかけるが、返事がない。自分の背中に鈍痛を感じつつ、痛みで少し動けそうもない。揺れが激しく続き、痛みが継続的に感じられる。抱きかかえたキラリがぴくりともしないことに少し不安を感じながらも抱きかかえたまま覆いかぶさる。
それから数秒を過ぎた頃、けたたましく鳴り響く警報が音量を下げ、代わりに音声ガイダンスが流れだした。
「「耐震システムおよび、耐衝撃システムが高異常を感知しました。緊急システムが作動します。緊急レベルは4、マックスです。災害レベルマックスです。ガイドロイドおよびセキュリティロイドによる巡回と救出行動を開始します。各避難ルームへ誘導および搬送を行います。」」
激しい揺れが3-4分ほど続き建物の中であるというのに遠くの地響きがまだ聞こえてくるようだ。
5分程して揺れが落ち着いが、建物は傾いているらしく床が30度程傾いている気がする。
「キラリちゃん、大丈夫?」
薫は抱え込んでいるキラリを確認する。ぎゅっと目をつむって震えている気がするが、手はしっかりと握られていた。
それでもぼくらは異世界に憧れる(仮) 夜闇咲華 @yoiyaminisakuhana
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