第3話 最良の約束
愛犬パルは全然吠えない、大人しいのが取り柄の人懐っこい、自分の晩御飯前の夕方の桜大公園の散歩が大好きな規則正しい
薫はそんな暗がりに入る同級生くらいの女の子を見た。それと同時にそのあとをついていく何か様子がおかしいソレも見た。薫からみても異常な顔つきでソレは女の子の後をついていった。その異常な状態のソレを見て薫の勘が警鐘をならし、恐る恐るゆっくりと追いかける。女の子はくるくると踊りながら、ソレには気が付かない。女の子の追跡に夢中でソレは薫に気が付かない。散歩道に入るとすぐにソレは舗装されたルートから大きく外れ、雑木林を回り込んで、女の子の傍へ近づいていくのが見えた。小学生の薫にも、目的はハッキリした。
「これ、やばくね?」
傍に落ちている1mほどの折れた桜の枝をとっさに掴んで、散歩に連れてきていたパルの前に座り首輪に手をかける。こんな時、異世界転生した主人公ならどうする?モンスターに襲われている王女様を、かっこよく飛び出して聖剣でモンスターを薙ぎ払い、チートスキルをぶっ放して王女様を助けるんだ。相棒の聖獣も連れている。今はその時だ…なんて僕ができるはずがない、だれか強い人が、大人が来てくれるまで時間を稼ぐしかない。妄想は現実とは違うんだ。そのくらいは分別がつく、それもこれも両親のパニックホラー映画好きとアニメから学んだ。
大体のパニックホラーは、主人公周り以外は成す術なくモンスターに食われて、主人公も相当危ない状況になってボロボロでやっと勝つんだ。それも大体大人だから切り抜けられてると思う。僕みたいな子供に何ができるんだろう。そう…何もできない。
「パル!首輪、押すからな!」
そういってリードを首輪から外し、誤動作防止ピンを抜いて首輪のSOSスイッチを押す。
「頼んだぞ、パル。警察の人呼んできて!」
パルの首輪から犬笛が聞こえたらしく、ものすごい勢いで何かに取り憑かれたように来た道と反対方向へと走り出し、瞬きの間に茂みへと消えていった。僕は枝を掴んだままソレの後方へと向かう。
ソレは息をひそめ1秒1秒、一歩一歩、女の子の後ろへ少しづつ、少しづつ、ジリジリと回り込んでいる、あともう少しで、タイミングを見計らって飛びかかるかもしれない。接近に5分以上かけ、慎重に慎重にタイミングを見計らう。散歩道に入ってから10分は経っている。ふいに女の子が足を止めた。
「うわー、こわい。真っ暗になっちゃう!これほんとにうちへの近道になるんだよねぇ…」
瞬間、ソレが女の子の前へと飛び出した。大きく覆いかぶさるような、クマが威嚇するようなポーズで「「ぐるる」」と、ここまで聞こえる気がする。
助けを呼ぶのが遅かった!間に合わない!どうする、どうする!?
「おい!なにしてんだ!」
ソレの左手がキラリの足を掴もうと、触れんとするその時だった。咄嗟に声を出して飛びだしたものの、手が、体が、足がブルブルと震えだした。
怖い、のか?違う、震えてはいるが体が熱い。コワイ、チガウ、コワイ、ワクワクする、そうだこれは武者震いだ、絶対に武者震いだ。ソレの注意をあの子から逸らすんだ。アニメとかで見た主人公が襲われているヒロインを助けるシーンだ。でも僕には神様からもらったチートスキルも特殊な力もない。多少剣道を習っているただの子供だ。
「誰か!けーさつおねがいします!けーさつ!けーさつ!」
ー
吹っ飛んだソレはぴくぴくしている。
「ごごごやごぉおごごぉごごぉ!」
まだ起きてくるかもしれない、勢いよく飛びあがって窮鼠猫を噛むかもしれない。警察が来る前に二人とも襲われるかもしれない。
「逃げて!逃げて大人に知らせて!」
薫がそう叫んだ、しかしキラリは足が動かない、腰が立たない、声がでない。またソレが起き上がってきて、引き裂かれて、嬲られて、食い散らかされる光景が頭を過る。
「僕は東小学校の雨宮薫!僕が見張ってるから!大丈夫!誰か大人に伝えて!大丈夫!」
キラリはハッとする。そうだ、映画でよく見たシーンのように、今、この男の子がけん制しているうちに逃げなければ、大人に知らせなければ、二人とも死んでしまうかもしれない。怖い、怖い、動けない。
「「ニゲテ!アマミヤカオル!僕が!大丈夫!」」
「「ダイジョウブ!」」
ソレとの距離がだいぶ離れたのも幸いしてか、薫の言葉の差す手はキラリの心をぐいっと引っ張る引く手となった。極細の今にも切れそうな、ロープか紐か、糸かのようなものがキラリの心を引っ張って体を持ち上げた、腰と足を地面から危なげながらも引き起こし、自分で立てるくらいの精神力を回復させ十数歩、ソレから離れる事ができた。その十数歩が、その距離が、黄昏が、ソレの顔をキラリの記憶から曖昧にすることができた。歩みを加速しようとするが、視界がくすみぼやけキラリはそのまま再度倒れこんだ。意識が薄れ白濁として、曖昧と現実を行ったり来たりしている中、目の前に大きな獣が大きな口を開けていた。
「食べられちゃう…」
戻ってきたパルがキラリの顔を舐めていた。
桜大公園の
「緊急警報で駆け付けました!事件ですか!?事故ですか!?」
到着した警察官が最初に見つけたのはソレだった。首から血を流しながら尋常ではない顔色で血の気を失っており、呼吸は絶え絶えだった。ソレとは別に近くでへたり込んでいる泥にまみれた薫と、少し離れた場所でキラリを見つけた。
ー
瞼の上の眩しさに目が覚めたら知らない天井だった。
「う…ん、ここ、どこ。」
煌々と照らされるライトの真下に寝かされていたためか、目を刺す光にまだ夢の続きのように真っ白い人影が映るも、すぐに慣れてきた。
「「どこなんだろここ、まあけいさつの恰好のおおきいおじさんがいるし、白衣の人たちがいっぱいいる。あれから病院に運ばれたんだ。」」
「女の子が目を覚ましました。」
看護婦さんが覗き込んだ後、お医者さんが目をぐわっと開いて眩しいのにまたライトの光を目に突っ込んで来た。
「お名前はいえるかな?」
お医者さんが問いかけてきた、もちろん遠藤キラリです。と答えられた。傍にいたお巡りさんも少し怖い顔でいたけど、お医者さんと顔を見合わせた後話しかけてきた。
「学校の鞄と生体セキュアIDは確認してご両親には連絡してあるけど、遠藤キラリちゃんであってるかな?」
「はい、キラリです。ここは?」
どこの病院だろう。お父さんお母さんもすぐくるみたい。
「桜大公園東区市民病院だよ、公園のすぐ隣の。公園で君が倒れててね。何か…覚えてるかい?」
「あんまり…」
まだ眩しい、瞼をこすりながら体を起こそうとするけど、力が入らない。
「怖い目にあったね、鞄のSOSコードが引っ張られてなくて警笛がならなかったんだね…」
「大きな犬がいきなり出てきて…怖くて何も覚えてなくて、ただ男の子が助けてくれたのだけは覚えてる…」
「大きな犬…っか…、もうすぐ親御さんがくるけど体に異常があったらいけないから、ちょっと検査するってお医者さんいってたからしばらく我慢してね。」
「あの、男の子は?」
「ああ、大丈夫だよ、ほかの病院で検査してる。キラリちゃんと違って怪我も何もないんだけど、雨宮君も気絶しちゃったみたいでね」
「「そうか、大きい犬から助けてくれた子、雨宮君っていうのか…」」
一夜明けて、薫は桜大公園西区県営病院のベッドで事情聴取を受けた。アレがどうしたか自分がどうしたか無我夢中で頭が真っ白で薫も何を言っていいのかわからなかったけど大まかな内容は伝えられたと思う。良くわからないけど、警察官の人に「「よくやった、君はヒーローだよ」」と言われたが飛び掛かられてからの記憶が飛び飛びで警察官が来たこと以外ぼやっとしてて覚えてない。
「女の子は?」
警察官に問いかける。
「女の子はちょっとだけ頭を怪我しちゃっててね。擦り傷みたいなんだけど、違う病院で検査とかしてるけど別段異常はないようだよ。」
薫はほっと、息を吐きだし胸を撫でおろす。
良かった。
犯人のことはどうでもいいけど、警察の人が親と話をしてる。『初犯』で『未遂』って言ってた。そのあとはどうなったのかわからない。
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