婚約と準備

 あれよあれよという間に馬車に乗せられ、エリオットの生家であるミラーレス侯爵邸へと行き、丁度いらした侯爵夫妻に婚約の話をして、特に反対もされることなく無事にわたしとエリオットの婚約は成立した。



 ついでに婚約パーティに着るドレスとか、結婚式の式場とか招待客なんかの話までとんとん拍子で進んでいった。

 侯爵家、やること全てが早い。そして、ラフな私服姿で本当に申し訳ない。……向こうは全く気にしてない様子だったが。

 十年以上の付き合いとはいえ、もうちょっとそこら辺気にしましょうよ。わたしが言えたことじゃないけども。



 ちなみに元婚約者のカイネスの話をしたら、侯爵夫妻は揃ってなんかすっごい怖い笑顔浮かべてた。

「あのクソガキ絞めてやる……」とかそんな言葉が聞こえた気がしたが、たぶん気のせい気のせい。



 その後二人は用事があるとのことで出かけて、午後に一旦城から帰ってきたライオネルお兄さんにも軽く話をし、お祝いの言葉を貰えた。



「うちの愚弟よろしく。なにか困ったことがあったら気軽に相談して。君が家族になってくれて本当に嬉しいよ」



 と、とびきり優しい笑顔で言われた。



 エリオットと同じくすっごい美人様だから、笑顔の破壊力が凄い。まだ婚約段階なんですけど、というツッコミはその笑顔の前ではいえやしなかった。



 ……普段はこんなにも笑顔が素敵な優しい人なのに、魔術師として魔物討伐とかに行くとバーサーク状態のオーガみたいなんだよなぁ、お兄さん。

 兄弟揃ってすっごい魔術師なのに、なんで魔術使わずに拳で殴って戦うの……? 身体強化の魔術は使ってる? 違う、そうじゃない。

 あとわたしとエリオットを叱る時とかは、極東の島国で売られているというハンニャ面とかいうお面みたいな顔になるのもどうして?



 基本優しいけど、戦闘時とか怒らせた時などめっちゃ怖い侯爵家次期ご当主様である。



 なんだかんだとあったが、今日はこのまま侯爵邸にお泊まりすることとなった。

 父さんとルークには、魔術で手紙を飛ばして伝えている。



 夕食を終えた後は、夕方ごろ邸に帰ってきたアデーレ侯爵夫人……お義母様(そう呼んでって言われた)に誘われて、お義父様(こっちにもそう呼んでって言われた)に連れて行かれたエリオットを見送り、お茶会にも使われているガーデンテラスで優雅に食後のティータイム。



「イリスちゃんと久しぶりにご飯が食べられて嬉しいかったわぁ。最近はお茶会にもあんまり顔を出していなかったし」

「すみません。結婚式の準備に追われてて……まあ無くなりましたけど」

「あの元婚約者も見る目が無いわね。イリスちゃんはこんなにも良い子で可愛いのに!」

「ありがとうございます」



 贔屓が凄いなぁと思いつつ、感謝の言葉を述べる。



 お義母様は、今は亡き母さんの親友だ。

 元辺境伯の娘だったお義母様と、我が家よりも格上の公爵家の娘だった母さんは学生時代からの付き合いらしくて、母さんがまだ生きていた頃は週に二度は侯爵邸に遊びに来ていた。



 母さんが亡くなった後でも、マリー叔母さんのようにお義母様はなにかと我が家のことを気にかけてくれて、うちの領地が連続で災害に見舞われた時は資金援助も申し出てくれた。

 ま、それは申し訳ないってことで同じく資金援助を申し出てくれたマリー叔母さんにも、丁重にお礼を言って断ったけど。



 だってその前から、二人には色々と助けてもらっていたし、災害時にはわざわざ侯爵家の騎士たちを手伝いに寄越してくれたのだ。

 なのにお金まで借りるのはちょっと……。

 それに、なんとかギリギリ我が家の蓄えでどうにかできる範囲だったし。



 まあその後、見事にお金が底をついて学費欲しさにカイネスと婚約したのだけれど。

 でもって、結婚の半年前になって婚約破棄されたけど。

 改めて思う。カイネスはクソ。



「困ったことがあったらいつでも相談してね。エリオットが何かしたなら、全力でぶん殴るわ」

「やめてあげてください」



 王妃殿下の元親衛隊隊長だったお義母様の拳をまともに受けたら、侯爵家内で一番体術が苦手なエリオットが可哀想なことになるんで。



 そうしてしばらくお義母様と談笑した後、侍女さんに用意されている客間に案内してもらう。

 客間と言ってもほぼわたし専用の部屋みたいな感じ。

 母さんが生きてた頃はよく泊まったりしてたから、その名残でお気に入りの毛布やらクッションやらが色々と残っているのだ。



 そうして侯爵邸で一夜を過ごし、翌日。実家に帰ると父とルークが「おめでとう!」とエリオットとの婚約をお祝いしてくれた。

 こうして家族に祝ってもらえるのは嬉しいね。



 二日後また侯爵邸に行き、婚約パーティや夜会などで着るドレスを作るため採寸をした。

 採寸し終わって、ドレスのデザインを服飾師の人たちと話し合ってる時のお義母様はめちゃくちゃ楽しそうでしたわ。

 そのあとは、マリー叔母さんにもカイネスと婚約破棄してエリオットと婚約をしたと書いた手紙を魔術で送って、お披露目会に呼ぶ人たちを決めているうちに一日が終わった。 



 次の日、「あんなクソ野郎紹介しちゃってごめんねぇっ!!」と、泣きながら我が家へとやって来たマリー叔母さんを家族総出で数時間かけて全力で宥めて、迎えに来てくれたエリオットを改めて紹介した。

 そのあとは、マリー叔母さんも一緒に侯爵邸に行って、お義母様も交えて最近ちょっとサボり気味だったマナーを婚約パーティまでに仕上げようと決められ、レッスンが始まった。

 いやぁ、お二人共とてもスパルタでした……。

 ……これが二ヶ月近く続くんだよなぁ。頑張れわたし。



 ダンスも久しぶりにやったら、何回も講師の人の足を踏んでしまった。数年もまともにダンスしてなかったから、勘がなかなか取り戻せなくてね……。

 エリオットと踊った時は、だいぶ体が動きを思い出してくれてたから数回程度で済んだけど。



 ダンスのレッスンには、ミラーレス侯爵……お義父様も顔を出してくれたどころか、練習に付き合ってもらってしまった。

 足、五回も踏んじゃったよ……。笑って許してくれたけどさ。



 んで、その時にカイネスと浮気相手からしっかりと慰謝料を毟り取ってくるよと、茶目っ気たっぷりに笑って言ってくれた。

 ……顔には素敵な笑顔が浮かんでいるはずなのに、エリオットと同じ緑色の瞳が冷え冷えとしているように見えたのはなんでだろうなぁ……。



 とまあ色々と忙しくしていたら、あっという間に一ヶ月経っていた。

 そして現在、できたばかりのドレスの試着をしている。

 ここでサイズ感や諸々の確認をして、来月に迫った婚約パーティまでに仕上げるのだ。



 届いたドレスの色はエリオットの瞳と同じ緑色。

 若い女性に人気なのはフリルの多い物だけれど、わたしはあんまり好きじゃないからフリルは裾に少しだけ。

 袖には金糸で、我が家の家紋にもなっている百合の花が刺繍されている。

 胸元や背中は露出してないけれど、足にはスリットが入っていて、その、歩く度にチラチラ太ももが見える。こういう形になったのはお義母様に全力で押された結果だ。

「イリスちゃんは足が綺麗だからねぇ」と、ニコニコ笑ってた。ありがとうございます以外、言える言葉なんて無かった。



 このドレスに合わせて、ミラーレスの家紋にも使われているアネモネと、薔薇を模した銀細工のネックレスと髪飾りが用意された。

 どっちもすっごく綺麗なんだけどさ、絶対べらぼうに高いって分かるオーラを放ってらっしゃる。

 これをぽんっと出せる侯爵家、ほんと凄い。



「っというわけで、馬子にも衣装な感じになりましたイリスちゃんです。本番じゃあれなので、今のうちに笑うなら盛大に笑っておくれ」

「いや、笑わないが?」

「なんで?」

「なんでって……普通は笑ったりしないだろ」



 ドレスに着替えて細かい確認まで終えた後、せっかくだから婚約者様にも感想聞こうぜと着替えを手伝ってくれた侍女さんに提案されたので、エリオットを呼んできてもらったんだけど思ってた反応と違う。



 お前、わたしのデビュタントの時笑ってたじゃん。

「野生児が淑女に進化した!」って笑ってたじゃん。

 おかげで上手い具合に緊張がほぐれたから、今回もそれを期待したんだけど、どうして今回は期待に応えてくれないんだ我が親友よ。



「エリオット様、イリスお嬢様に対して何か言うべきことがあるのではございませんか?」



 お互い困った顔をしていたら、控えていた侍女さんが微妙に生温い感じの目でわたしたちを交互に見た後、エリオットにそう言った。

 その言葉にエリオットは考えるように唸った後、うろうろと視線を彷徨わせながら言った。



「……すごく、綺麗だ。他の男には見せたくないくらい」



 言った後に恥ずかしくなったのか、エリオットの顔が赤く染まり俯いてしまった。

 ……ええっと、そういうのはちょっと反応に困るんだけど。



 恥ずかしくなってエリオットから視線を外すと、何故か親指を立てている侍女さんの姿が目に飛び込んできた。

 いや、本当にどうして貴女はエリオットに向かって「よくできました!」と言わんばかりに、いい笑顔でビシッと親指立ててるんですか……?

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