正気か??

 わたしの幼馴染兼親友というか悪友であるエリオットは、金髪で緑の瞳をしたとんでもねえ美人様である。

 男に美人と言うのはどうかと思うけど、ほんとマジで目が眩みそうなくらい超絶美人なのだ。

 肌は白いし、顔は人形かってくらい整ってて小さいし、女性の理想をこれでもかと詰め込んだような容姿をしている。



 今じゃ平均より身長が高くなってしまったため女装させ難くなってしまったが、昔はわたしよりも身長が低くてワンピースなんか着せたら、どこに出しても恥ずかしくない素晴らしい美少女に化けていたものである。

 それで恥じらうように笑えば、ほんとメチャクチャに可愛くてね。可愛さで殺されそうになったのはアイツが初めてだった。

 ちなみにエロさで殺されかけたのは学生時代の女友達。扇情的な真っ赤なドレスが似合い過ぎてて、僕は俺は私は……。



 自分でも割と変態臭いとは思ってる。

 でもあの可愛さとエロさの前では、誰でも変態になる。

 昔女装して茶会に出たエリオットを見て、「あのご令嬢はどこの家の方だ!?」と興奮しまくっていたどこぞのおっさんが舐め回すように見てたし。

 男の子だと知ってうっかり変な扉開いてた人もいたなぁ。



 ……そういや、お茶会の時にとあるおっさんが呟いてた「イエスロリショタノータッチの精神だ! 鎮まれ俺の右腕!」って言葉は一体何だったんだろうか?



 そんな懐かしい思い出を振り返りつつ、手紙を送った翌日。

 実家の転移陣を使って王都の別邸にまで行き、そこから貴族用の乗合馬車に乗ってエリオットの自宅まで行く。



 エリオットの家は、うちの別邸よりも数倍は大きくて、使用人の数も多い。

 国の花形職である魔術師団の副団長様やってるからね。お給料も多いんだ。



 顔馴染みの門番に軽く手を振って挨拶をすれば、特に止められることもなく門を開けてもらえた。

 そのまま門を潜り、邸の両開きの扉に手を当てて軽く魔力を流せば、重い音を立てながら扉が開く。



 相変わらずこの扉型の魔道具は便利だよなぁ。

 魔力を事前に登録しとかなきゃいけないのが面倒だけど、防犯面のことを考えればとても良い代物だ。

 まあ便利な分、我が家では手が出せないくらいにお高いけど。お値段は最低でも金貨二百枚。到底買うことのできない代物だ。



 歩き慣れた廊下を進み、時折すれ違う使用人たちに挨拶をしつつ目的地であるガーデンテラスに到着する。

 そこには、優雅に椅子に腰掛けて読書をしているエリオットの姿があった。



「お、来たなイリス」



 ふと、本から顔を上げてこちらを見たエリオットがいつものように笑いながら、わたしの名前を呼んだ。それに軽く手を振って彼の元へと行く。

 いつも通りに対面の席に座れば、静かにやって来た侍女さんがわたしの分のティーカップを置いてくれた。

 お礼を言ってからティーカップを持ち上げ、一口紅茶を飲む。うん。美味しい。



 侍女さんが去り、それから少しの間雑談をした後エリオットが例の話を切り出した。



「で、浮気された挙句婚約破棄されたんだって?」

「そうそう。だからまた新しい資金源……婚約相手を探してるんだけど、良い相手いない? もしくはわたしみたいな魔術師でもできる報酬の高い仕事とか」

「資金源って……まあいいや。俺の知り合いだと、ほとんど婚約してるやつばっかだな。魔術師の仕事もなぁ、そんな報酬は高いのは無いな。その、イリスは補助系魔術はともかく攻撃系魔術は使えないから」

「だよねー」



 予想していたことなので落胆はなかったけれど、やっぱり難しいかと溜息を吐く。

 魔術師は攻撃魔術を使えてなんぼという考えが一般的で、報酬が高い主な仕事は魔物討伐。けれどわたしは攻撃系の魔術が使えない。というか、制御できない。



 例えば攻撃系の魔術の初歩の初歩である火球。

 普通は子どもの拳くらいの火の玉を出して攻撃するものだが、わたしが使うと成人男性並みの馬鹿でかい火の玉しか作れないし、狙った場所に放つこともできず暴発させてしまう。

 一度試しにやってみたら領地の森が半分焼けました。水の攻撃系魔術使ったら今度は洪水でも起きたんかって惨状になったよね。



 原因はちょっとしたトラウマのせい。

 攻撃系の魔術を使おうとするとその時のトラウマが蘇って、どうにもこうにも上手く魔力を制御できなくなってしまう。

 補助系の魔術ならそんなことないんだけど。たまに魔力込め過ぎて効果が馬鹿高くなりはするけど。



 うーん。父さんには反対されたけど、やっぱしお金持ちな独り身貴族のお爺ちゃん探して結婚した方が一番手っ取り早いかな。



 そんなことを考えていたら、エリオットが何故か少し顔を赤らめてあのな、と口を開く。



「一人だけ当てがないってわけでもないんだが……」

「え、マジで!? 良かったら紹介してもらってもいい?」

「……俺です」



 ……ん??

 あれ、今なんか、我が悪友様が妙なことを口走ったような……?



 首を傾げてエリオットを見れば、なんか顔が真っ赤になってるんだけど。

 あれ? あれあれ……??



「その……俺まだ婚約者いないし、家は兄貴が継ぐことが決まってるから自由に婚約者選んで良いって言われてる。あと、お前を養ってルーク君の学費出しても釣りがくるくらいには金もあるから、かなりの好物件だと思うんだ」

「そうだね??」

「だから、その、あの……俺の婚約者になってくれないか?」



 今まで見たことないくらい真剣な顔をしながら、エリオットはそう言った。

 見慣れた綺麗な緑の目には、見慣れない熱がこもっていてますます困惑する。



 なにか言わなくてはと思って、しかしなにを言えばいいのか分からず、悩みに悩んで。



「………正気か??」

「正気だよ!!」



 つい、ポロッとあんまりな言葉が出てしまった。そのおかげで親友様もいつも通りに戻った。

「色気もへったくれもねえな!」とキレてるけど、わたしもそう思う。



 婚約しよ、とか言われて「正気か??」って聞くのはわたしくらいだろう。

 混乱していてもこの返し方はない。ほんとない。ごめんエリオット。



「で?」

「で? とは」

「返事は? ちなみに返事は「はい」か「分かった」か「いいよ」しか聞かないからな」

「それ実質選択肢一つしかないじゃんかよ」



 選択肢がもうはい以外無いんだわそれ。



「でも、俺以上の好物件早々捕まらないと思うぞ」

「確かに。でも、お前と婚約したらご令嬢たちからの嫉妬の嵐が真面目に怖いんだが。侯爵家の次男坊様で魔術師の副団長様だから、未亡人からまだ婚約していない人たちにまで大人気だし」

「大丈夫大丈夫。なんかされたらしっかりとやり返してやるし、なんだったら兄貴を引っ張り出してもいい」

「やめなさい。お兄さん引っ張り出すのはやめなさい。ただでさえ王太子殿下の側近として忙しいのに、さらに心労を増やさないであげて」

「よう問題児」

「お前もな」



 学生時代、魔術の実験だって言って空き教室の一つ吹き飛ばして問題児コンビ扱いされてたのだーれだ? ……わたしたちだよ。おかげで先生から大目玉食らったわ。

 父さんたちからも大目玉食らった。エリオットはお兄さんから拳骨落とされてた。



 あれ? なんの話をしていたんだっけ?

 ……そうだ、婚約しようって言われたんだった。……え? これなんて返事するのが正解なの?



「あんまし難しく考えなくていいんじゃね? お前は資金源が欲しい。俺はお前と婚約したい。両親からも親戚たちからも早く身を固めろってせっつかれてるし。だからな、ちょうどいいだろ?」

「本当にそれでいいの? ほぼわたしにしか得が無くない?」

「全然いいし、俺にだってちゃんと得はあるよ。だからさ、俺と婚約しよ」



 先程恥ずかしそうに赤面していたのとは打って変わって、エリオットは自身に溢れた笑みを浮かべ椅子から立ち上がると、わたしの足元に跪いた。



 まるでどこぞのお姫様にするみたいに、恭しく手を取られて指先に口付けらる。

 流れるような仕草が本当に優雅で、流石侯爵家の息子だなぁなんて、ぼんやりと思った。



「どうかこれから先の人生を私と共に歩いていただけませんか?」



 再び熱のこもった目が向けられる。

 カイネスにはついぞ向けられることのなかった類の熱。

 それになんだか落ち着かない気持ちになった。



 でもなぁ、わたしとエリオットじゃ釣り合わないことが多い。多過ぎる。

 わたしのことは別になんて言われても気にしないけれど、わたしと婚約したせいでエリオットが周りから悪く言われるのは嫌だ。



 ……残念だけど。本当に残念だけど、断ろう。

 そう思って口を開こうとした時。



「……婚約には関係無い話なんだけど、昔お前と遊んでた時にできた怪我の跡、まだちょっと雨の日とかに痛むんだよなぁ。冬も特に冷え込んだ日とかズキズキして痛いんだよなぁ」


 

 開きかけた口をぴたりと閉じた。

 こ、こいつ……! 今それをいうか!?



「そういやお前、俺が怪我した時言ったよなぁ。『大きくなったら責任取る!』って」



 言ったね! 言いましたね!

 綺麗な真っ白な肌に、魔術暴走させちゃって消えることのないでっかい傷跡残しちゃって、子どもながらに責任感じて言いましたね!

 ああ、思い出しただけで罪悪感がひしひしと……!



「俺と婚約、してくれるよな?」



 う、とか、あ、とか言葉にならない声を何度か出した後、絞り出すように言葉を紡ぐ。



「……わたしなんかで、良ければ」



 か細い声でそう言えば、「よっしゃあ! 言質は取ったからな!!」と喜ぶエリオットにぎゅうぎゅうと抱きしめられた。

 あんまりにも強く抱きしめられたものだから、息ができなくなって一瞬真面目に死を覚悟した。

 すぐに気がついたエリオットが力を緩めてくれたので死ななかったけど。

 でも、抱きしめるのはやめなかった。



「よし、んじゃ今から親父たちに報告しに行くか!」

「え、なんで?」

「? 婚約したから報告に行かないとだろ?」

「いや待って、そんな急に……。せめて心の準備させて」

「ダメ。さっさと外堀埋めないと」

「待ってほんと待って。せめてちゃんとした服に着替えさせ――」



 最後まで言わせてもらえず、そのまま軽々とエリオットに抱き上げられ、玄関まで運ばれる。

 ま、周りの使用人たちの生温い視線がきついのですが……!



「婚約指輪も用意しなきゃだよな。結婚指輪の下見もしとこう。宝石は何がいい?」

「気が早いんだよ。いいから下ろしてよ、自分で歩けるから。周りの視線が辛い」

「馬車に乗ったら下ろすなー」

「今すぐ下ろして!?」



 頼んでもエリオットの家の馬車に乗るまで、下ろしてもらえなかった。

 やだもうお嫁に行けない。……あ、わたしってばついさっきコイツと婚約したんだったわ……。

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