クソじゃん

 婚約破棄されて、その後の解決案もいいものが浮かぶこともなく、家に帰ってきた。



 我が家はそれなりに歴史の長い家ではあるけど、数ある伯爵家の中でも位は下の方。

 お金だって、災害云々が無くても元々由緒正しいお家にしては無かった。

 うちの領地には、お金になるような特産物とかも無いからね。



 ので、我が家である伯爵邸は他と比べてこじんまりとしている。王都にある別邸はもっと小さいけど。

 それでも普通の子爵家や男爵家と比べると、我が家は大きく見える。貧乏で長い歴史以外取り柄が無いとはいえ一応伯爵家だし。



 玄関扉を開けて家の中へと入り、自室に戻るため二階に続く階段へと近づく。

 すると、外出用のコートを着た父さんがちょうどこちらに向かって歩いてきた



「お、イリスお帰り。早かったね?」

「父さん良いところに。実はさ、カイネスに恋人できたらしくて婚約破棄されたんだ。ごめん」

「…………は??」



 誤魔化す必要も無かったので、素直に話したら今まで聞いたこともない低い声を出し、怒りの表情を浮かべた。

 これは激怒してらっしゃる……。そりゃそうか。せっかく良い相手と婚約したのに、あっさりと破棄されちまったんだから。



「本当にごめん。せっかくマリー叔母さんが探してくれた資金源……婚約者だったのに」

「いや、お前資金源って……じゃなくて。カイネス君に恋人がいたのか? 一体いつから」 

「いつからかは知らないけど、結構前からじゃない? 目の前でキスし合ってるとこ見せられたけど、結構手慣れた感じだったし」

「は??」



 うわぁ、父さんの顔から表情が消え去って無に……本当にごめんよぉ。



「とりあえず、今度正式に婚約破棄の手続きするのに書類持って店に行ってくるよ。あと、頑張ってお金持ちな独り身貴族のお爺ちゃん探すわ」

「手続きは父さんがやるから大丈夫だ。お金持ちな独り身貴族のお爺ちゃんも探さなくて良いから。絶対に、絶っっっ対に! そんなとこに大事な娘を嫁になんぞやらんから!」

「でもお金が……ルークの学費が……」

「そこは父さんが頑張る。マリー叔母さんにも手伝ってもらう。だから変な方向に突っ走ろうとするのはやめなさい。ほんとマジでやめなさいね?? ……それからあのクソガキは必ず絞めてやる」



 とりあえず父さん今から出かけてくるけど、イリスはゆっくりしてていいから。



 そう言って父さんは外へと出て行った。

 なんかちょっと不穏な言葉が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせい気のせい。

 にしても、嫁に行かなくて良いって……それじゃあどうやって資金調達しようか? カイネスから慰謝料貰えたとしても、精々金貨四十枚か五十枚程度。入学金は三十枚必要だから……教材とか諸々の経費を考えるとぜんっぜん足りない。

 諸々の金額込みで最低でもあと二、三十枚は欲しいところ。



 マリー叔母さんにもう一度相談しようとも考えたけど、今までも色々と援助してもらってたし、婚約破棄されて彼女の顔に泥を塗るような真似までしたし、これ以上頼るのは心苦しい。

 働き口を探そうにも、わたしは魔術師として欠陥品だ。そっち方面では仕事を探せない。お針子なんかも裁縫苦手だから無理だし、あとはどっかの屋敷で侍女として雇ってもらうかだけど……うーん。



 どうしたもんかなぁと、悩みながら自室に行こうと二階へ行く階段を登っていたら、上から弟のルークが降りてきた。

 わたしに気がつくと、パッと笑みを浮かべて「姉さん、お帰り!」と言ってくれる。

 今日もうちの弟が可愛い。



「カイネスさんの所に行くって言ってたけど、帰ってくるの早かったね?」

「それがねー、浮気された挙句婚約破棄されちゃってさー」

「……あ"?」



 なるべく重くならないよう、軽い調子で父さんに続き婚約破棄されたことを伝えたら、十二歳の可愛い少年とは思えないようなひっくい声が出てきた。

 お、おやぁ? い、いつもの可愛いルーク君はどこに行っちゃったのかなぁ……?



「ねえ、姉さん。時間があるなら、僕と一緒にお茶飲まない? ケイティがシフォンケーキ焼いてくれたんだって」

「あ、うん。いいよー」



 弟の豹変ぶりに内心震えていたら、先程の声とは違いいつも通りの少年らしいちょっと高い声で、にっこりと笑いながらお茶に誘われた。

 了承して、一旦部屋に戻ってお出かけ用のまあまあ綺麗なフリルの付いた水色のワンピースから、家着用の黒い地味なワンピースへと着替える。



 普通の貴族ならば普段着も家着もドレスだけど、我が家にはそこまでできる余裕は無い。

 夜会や茶会に着ていく程度だ。まあそれもリメイクしながらとはいえ、同じ物を使い回ししてるけど。



 着替え終えたら、食堂へと向かう。

 食堂と言ってもそんなに大きくはない。八人くらい座れる長テーブルがあって、キッチンが見えるようになっている。



 食堂に着くとルークは既に椅子に座っていて、テーブルには我が家自慢の料理人ケイティが作ってくれたシフォンケーキが載せられた皿と、紅茶の入れられたティーカップが置かれていた。

 椅子に座って、早速ナイフを使ってシフォンケーキを切り分けて、用意されていた小皿に移してルークに渡す。



 普通こういうことは使用人任せるのだけど、我が家は貧乏なため使用人が少ない。

 ので、自分ができることは自分でやるのが我が家のルールである。



 切り分けたシフォンケーキを早速食べる。

 柔らかい生地はあっさりと噛み切れる。ほんのりとした甘さが紅茶に合って美味しい。



「で、姉さん。婚約破棄されたってどういうこと?」



 半分ほど食べたところでルークにそう尋ねられたので、正直に話した。

 改めて思うが、カイネスはクソだなと思う。



 浮気したことにはそこまで怒ってない。常日頃からお前なんか好みじゃねーよとか言われてたから、いつか浮気されるんじゃねえかなって思ってたから。

 マジでほんとクソ野郎だとは思うけど。



 ただね、婚約破棄してくれって言うのが結婚の半年前とかない。マジでない。

 おかけで半年後に備えて色々と準備してたのに、全部無駄になっちまったじゃねーか。

 違約金だって結構な額になるっていうのに。あのクソ野郎ほんとどうしようもねえ。

 違約金の支払いは全て奴に放り投げるけども。慰謝料もぶんどる気まんまんだけど。



「クソじゃん」



 ほんのちょっぴり腹を立てながらざっと話し合えたら、据わった目になりながらルークが呟いた。

 ほんとそれな。



「誠意のかけらもないし、謝ってるけど全然悪びれてないよね」

「ほんとそれ。お相手さんは見せつけるように腕組んでたし。挙げ句の果てにはあっついキッスまでし始めたし」

「クソじゃん。婚約破棄して正解だったよ」

「でも、そのせいでルークの学費に困っちゃったんだけどね……」

「別に僕は王立学院に行かなくてもいいってば」

「いや、行っとくべきだよ。お前が魔術師として将来有望だっていうのもあるけど、それ以上に他の家との繋がりはルークが当主になった時にきっと役立つから」

「姉さん……」



 そうだ。我が愛しの弟のためにもなんとか資金を集めなくては。

 とは言っても、具体的な案が一つも無いのだけれど……。



 マリー叔母さんにはこれ以上迷惑はかけられない。学生時代仲の良かった唯一の女友達は、あっちこっちを駆けずり回る夫について行って遠くにいるので頼るのは難しい。

 そして、嫁いで行った姉二人には協力を求めようとするだけ無駄。だって、我が家が大変な時に知らん振り決め込んだような薄情者たちだ。

 相談した所で、他の家に嫁いだ自分たちには関係無いとか言われる。というか、実際言われた。



「……こうなったら、アイツに相談するかぁ」



 甘いシフォンケーキを食べながら、ふと思い浮かんだのは幼馴染兼親友というか悪友の顔。

 婚約者ができてからはあまり会わなくなってしまったけれど、今でもたまにお茶するくらいには仲が良い。



 良いアイディアを貰えるかは分からないけど、手紙を出して都合の良い日を聞こう。



 思い立ったが吉日。

 シフォンケーキを食べ終わった後、早速悪友宛に手紙を書いて魔術で届けたら、すぐに返事が来て翌日会うことになった。



 いや、めっちゃ早いな?

 あと、返信が書かれた手紙に「お前の元婚約者殴っとく?」と書いてあったので、丁重にお断りする手紙を追加で書いて送った。



 昔からそうだけど、魔術師なのにすぐ物理で解決しようとするのはやめなさい。脳筋ですか? 脳筋だったね。

 魔物相手に魔術ではなく、斧をぶん回して戦っていた幼馴染の姿を思い出して思わず苦笑いしてしまった。

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