峠の男

老々堂つるきよ

峠の男

 峠の空気は澄み渡っている。その中にドゥカティ社製900TT-1エンデュランスの高回転なエンジン音が響く。俺はスピードに身を任せ、この重い車体で次々とコーナーを攻めていく。ああ、最高の気分だ、この峠にドゥカティ乗りは俺一人でいい。標高の高い峠の空気は体にまとわりつく粘りが少なく、するりと車体を通り過ぎる。


キュイィーイーン


 だが、それもこいつが来るまでだ。 一台のマシンが、四気筒の甲高いエンジン音とともに恐ろしい速さで迫ってくる。その正体はミラーを確認するまでも無い。

「来やがったな、カワサキ野郎」

吐き捨てるようにそう呟く。


 金切り音とともに一台のバイクが凄まじい勢いで俺を追い抜いていった。そして勢いそのままに一つ目の難所である連続ヘアピンカーブに突っ込んでいく。

 ————曲がり切れるわけがない!


「……でも曲がるんだよな、あいつは」

 猛スピードでカーブを曲がり切るカワサキGPZ900Rを横目に、俺は苦々しい顔で減速し、なんとかカーブを曲がる。そうしているうちにヤツの尻はどんどんと遠くへ消えていった。


 危ういコーナリングを繰り返しながら峠の蕎麦屋にたどり着いた頃には、カワサキ野郎は食後の一服を終えてヘルメットを被っていた。

「おい、待ちやがれ! オーイッ!」


 また顔すら見れなかった。走りも速けりゃ食うのも早い、ぴったりとしたライダーススーツに女みたいなボディラインをしたカワサキ野郎は、長い髪を靡かせバイクにまたがり、ゆるやかな残りの峠道を下って行った。


 俺はそそくさと砂利地の駐輪場に愛車を止めると、自らがこの峠道のゴールと定めている草臥れた蕎麦屋へ入っていった。この先の道には難所らしい難所は無く、また大抵のライダー達はここの蕎麦屋に寄っていくため、他の者たちも暗黙のうちにここをゴールとしていたのだ。


 店の扉がカランコロンと来店を知らせるが、店主はしかめっ面のままで調理の手を止めようとはしない。毎度の事ながら、ここの親父は客商売とは思えないほど無愛想だ。


 仏頂面の店主に、掛け蕎麦大盛りとカツ丼の大盛りを頼むと、店主は珍しくこっちを見て笑っていた。

「おう、はるかちゃんもう行ったぞ」

「ん?知ってるよ、ちょうどバイク乗ってったわ」


 はるかというのは例のカワサキ野郎の名前らしい。漢字をどう書くかは知らない。どうでもいいが嫌でも耳にする名前だ。

 ここの峠じゃあいつは有名人で、当時流行っていた女性大食い選手の異名をとって早食いクイーンと呼ばれていた。男のくせに線が細くて、ロングのストレートヘアだった為にそんなあだ名がついたのだろう。しかし、名前や外見など俺には関係無かった。「あいつは俺より速い」それだけが当時の俺や同じライダーたちの全てだった。


「はいよ、掛けそばとカツ丼大盛り、残すなよ」

 当たり前だ、なんたって勝負は(俺の中では)食べ終わって、バイクに跨るまでだ。バイクで勝っても早食いで追い抜かれたら意味がない。

……え?早食いはバイクと関係ないって? やれやれ、これだから素人は、と言わざるを得ない。

いいかね?シャーシを削って車体を軽くするのにも限界がある。であれば、軽量化のコツは体を搾ることだ。それをあいつは、あれだけ飯を食いまくってなお速い。ならば俺も同じ条件じゃないとフェアじゃあないだろう。そういうことだ。


 次こそは追い抜かせない。なんならヤツより早く食い終わって店を出て、一服しながらヤツの吠え面を拝んでやるつもりだ。そのために俺は毎週末、13時ちょうどにこの峠を攻めている。


 やつがだいたいその時間にやってくるからだ。しかし、挑戦し続けて一年以上になるが全て追い抜かれている。俺はやつの後ろ姿しか見たことがない。もちろん先回りして蕎麦屋で待っていれば先にゴールすることも出来るし顔を見ることも出来る。だがそれじゃあ意味がない、分かるだろ?

 決意を新たに重たくなった腹を抱えて店を出ると、いつもと変わらぬ愛車がなぜか寂しく見えた。



(……思えば一方的で馬鹿らしいライバル関係だ。あいつは俺のことを知っているのかすらわからない。それはそうだろう、俺は一度だってあいつの前を走っちゃいない……。後ろに目はついてないんだからな)

 それでもこの闘いを止める事は出来ない。この峠で一番速いのは俺だ。


 それからも俺は毎日、峠のライン取りやコーナリングの練習に時間を費やした。平日は練習をして土曜日にはヤツと勝負をする繰り返しだ。最近はサーキットにも足を運んでいるが、やはり実際のコースでの練習は欠かせない。


 しかし、この日から一か月後、大学3年の前期試験が近づいてきた頃、俺にとっての重大事件が起きた。


 それは7月の第2金曜日、大学の講義が終わりサーキットに向かう途中で、何となく本屋に立ち寄った時のことだ。

 普段は全く見ないバイク雑誌のコーナーをふらりと通り過ぎると、なにか見覚えのある人物を見た気がした。ある平置きのバイク雑誌に目を落とすと、誰よりも見覚えのある見知らぬ男の姿があった。雷に打たれたようにその雑誌を手に取るとこう書かれていた。


 三嶋春香選手、○×モータースのスポンサード獲得!8月よりオランダへ本拠地を移し活動開始!


 雷に打たれたような衝撃だった。8月?いつの8月だ?今年の?あと何週間ある? なかばパニックになったまま左右をうかがい、その雑誌を買って逃げるように店を出た。


 サーキットには立ち寄らず一目散に帰宅すると、血相を変えて雑誌を取り出した。間違いない、これはあいつだ。辛気臭い表情だが、後ろ姿を見ていた想像通り良く整った女みたいな顔をしてやがる。カワサキGPZ900Rと一体となるような身体には鍛えられていながらも流線型の曲線美があった。間違えるはずがない、何度見てもバイクに乗るために生まれてきたような体つきだ。少なくとも俺にはそう見える。その記事に詳細な日程は書かれていなかったが、来週の土曜日にはもう日本にはいないであろう事だけは分かった。


 つまり、明日がラストチャンスという訳か。いや、荷造りやら手続きやらを考えれば、明日はもう来ないかもしれない、ヤツには来る理由がない。それでも明日のために備えなければならない、俺の人生の集大成をぶつけるために。



 こうして俺は人生において最大のミスを犯すこととなる。


翌朝、俺は差し込む日差しに目を覚ます。ぼんやりした思考の中、時が過ぎる。ああ、昨日はあれから張り切って練習して……結局、峠を3回も走ったんだ……ん?寝てたのか?いつの間に?


…………ッ!


瞬間、全身の血の気が引き青ざめる。

待て、いつから寝てた!今何時だ!?

スローにさえ感じる時間の中、目覚まし時計に目をやった。


12時40分


全身から冷や汗が流れた。次の瞬間ジャケットすら羽織らず玄関を飛び出す、靴を履くのが早いかバイクに跨るのが早いか、エンジンを噴かし走り始めた。峠まで30分はかかるか?13時10分にはヤツが最初の難所に入ってると考えて……もういい、考えてる場合じゃない!


それからの俺の走りはまさに無我夢中だった。正直どこをどう走ったのかすら覚えていない。ただ、夢中だったからかアドレナリンのせいか、道もコーナリングも全てが手に取る様に分かった。スピードに恐怖はなかった。そしてあっという間に蕎麦屋が見えてきた。そして——————


 そこには丁度バイクに乗り込むヤツの姿があった。

気のせいかヤツが少し振りかえったような気がした。

俺はたまらず叫んだ。

「おい! 帰ってきたら俺とまた勝負しやがれ! 忘れんじゃねえぞ!!お~~~い!!」

「……はぁ、はあ 」

 行っちまった。

 最後まであいつは後ろ姿しか見せなかった。


 思えばあれからというもの、俺はすっかり付き物が落ちたようになって、すぐにバイクから降りて就活を始めた。英語とフランス語を専攻していたこともあり、親父のコネで海外商品の輸入貿易会社に入社し、たまたま意気投合した受けつけの女子社員 由美子とそのまま結婚した。今は一人娘を持つ40過ぎの親父だ。

随分短かった、あっという間だったと思う反面、あの青春の日々はどこか遠く、まるで別の誰かの人生のように朧げで、悔しかった想いや悲しかった想いはすでに輝かしい思い出に形を変えていた。


 こうしてすっかりオヤジになった俺は、日々、娘の高校の送り迎えに精を出していた。


「夏奈、もうそろそろ試験だろ?ついていけてるか?」

「……まだ1年の前期だよ? 流石に楽勝だって」

「ん~、そうか……」

 俺は1年生だろうが2年生だろうが余裕でテストに臨んだことなどなかったが、うちの娘はどうやら母親似らしい。俺の学力のことはともかくとして、実際頭の方は俺に似なくて良かった。この頃すっかり薄くなってきて、頭頂の方など磨かれた磁器のようだ。やはり若い頃からヘルメットを被りすぎたせいだろう。後から知ったが、蒸れと緊張が一番頭髪に悪いらしい。


「それよりさあ、パパって昔バイクに乗ってたんでしょ?」

「ん? ああ、そうだなあ」

「私さ、最近バイクの免許取ろうかと思ってんだよね〜、通学とかもさあ、あるし」

「んはあ!? なんでバイクなんか……」

「いや、せっかく夏休みだし、友達が教習所行くから一緒行こって言っててさあ」

「ダメだ!危ないからやめなさい!だいたいバイクなんて若い女の子が乗るもんじゃないぞあんなもん……」

「今は女とか関係ないじゃん、それにパパだって乗ってたんでしょ?」

「そうだぞ、何回も怪我して、未だにボルト3本入ってんだからなあ!MRIとか空港の手荷物検査とか、大変なんだぞ! ……っつーか友達って男じゃないだろうな!おかしいと思ったんだ!女子高生がバイクなんて!」

「ちょ、違うって、勝手に決めないでよ!もういい!気持ち悪い!」

「とにかく、母さんにも言ってみろ、危ないっていうからさあ」


 すっかり黙ってしまった娘だが、ここで折れるわけにはいかない。娘の送り迎えが無くなるのが寂しいとか、男の匂いがするとかそういうことではない。断じてない。やはりバイクは危険すぎる。指の1本や2本すぐに失うし、あんな暑くて寒くて小汚い乗り物に娘を乗らせたくはない。


 帰宅すると娘はすぐに母にバイクの件を話し始めた。私はというと、そんな事は気にしてないかのようなそぶりでソファーに座りニュースを見始めた。


「でね、ママ?友達が教習所に行くから一緒にって思ってて〜」

「夏奈がバイクねえ?ん〜、良いんじゃない」

(何!?バカな!バイクだぞバイク!女子供の乗る乗り物じゃあねえんだぞ!)


 流石に気にしていないフリをする訳にはいかないため、反論を試みる。

「おい、由美子!良いのか?バイクなんて……」

「いいじゃない、あなただってずっと乗ってたんでしょう?」

「そりゃそうだが、俺らの時代とはわけが違うだろぉ……」

 しかし、それ以上言葉が出てこなかった。俺自身、反対している理由を掴み損ねていたのかもしれない。


「そういえばあなた、アレ使えないの?ガレージにずっとおいてあったでしょ?あのなんとかってバイク」

「使える訳ないだろ、いつのだと思ってんだ!命が惜しけりゃあ新品を買うこった。そもそも900ccなんて夏奈にはムリってもんだ、乗るにしても125ccが限度だな」


 ガレージのアレとは俺の大学時代の愛車のことだ。バイクには乗らなくなって久しいが、なぜか廃車にせずとってあるのだ。メンテナンスもしていないしもうエンジンもかからないであろうガレージの肥やしだ。

 人もマシンも使い続けなければ錆びつく、俺もかつてのような走りはできないだろう。そんなことを考えている間に、夕食が出来上がっていた。カツ丼か、好物だが正直もう油がきつい。

「夏奈、半分食うか?」

「いらない」

 すげなく断られてしまったので、胃もたれしながらも食べたが、結局最後の一口が入らなかった。————そういえば、あの峠の蕎麦屋のカツ丼はとんでもない量だったな。大盛りともなるとすっぽり顔が隠れるほど盛られていた。あの頃は掛けそばまで付けていたものだが……マシンも人も、使わねば錆びつくという事だろう。


「バイクっていくらくらいなの?」

 胃をさすりながらぼーっとテレビを見ていると、珍しく娘から話しかけてきた。話しかけてくるのは、買いたいものがある時だけだが、話しかけられるだけマシだと思っておこう。


「そりゃあピンキリだが、新品でも40〜50万くらいだなあ……んっ!?」

言いかけて、俺の意識はテレビに釘付けになった。


「オランダを拠点として活躍しているドライバーの三嶋春香選手が現役引退を発表しました。今月10日に帰国し、国内で後進育成のためのコーチングや一般向けのバイク教室などを開くということです。次のニュースです、本日———」


 そのニュースを聞いた瞬間、時が止まったような気がした。10日といえば今週の金曜日だ。今日が水曜日だから……。自分でも何を今更と思いつつも、破裂しそうなほどに鼓動は高鳴り、それはTT-1エンデュランスのエンジン音を思い出させた。俺は居ても立ってもいられなくなり、スリッパのままガレージに飛び込んだ。

なかば物置と化しているガレージに積み上げられた工具やVHS、流しそうめんの竹やらぶら下がり健康器やらを次々と引き倒し、分厚く埃を被ったバイクカバーを剥ぎ取った。


「パパー、どうしたのー!?」

 騒音を聞きつけて娘が様子を見に来たが、その声は俺の耳には届いていなかった。


 一心不乱にエンジンを分解し、磨き続けた。破損しているパーツがないか確認し、整備に必要なものをノートに書き込んでいく。結局、その日は徹夜になった。


 翌日、興奮状態なのか眠気を感じないまま車を運転し、娘を学校に送り届けると会社に着くなり、外回りのフリをしてバイクショップへ駆け込んだ。運のいいことに、エンジン周りには破損しているパーツは無かったが、ハンドルのグリップなど劣化の激しいパーツもあったし、オーバーホールするには道具が足りなかったため急遽買い出しに来たのだ。もちろんタイヤも替えなければならないだろう。


 店員に事情を説明して、必要なものを揃えているうちに、少し冷静になり、自分のやっていることがバカらしく、そして恥ずかしくなってきた。

一体、俺は何をしているのだろう。何のために20年も昔のバイクを整備しているのか。考えるほど分からない。もしかすると、俺はあの時の約束を守ろうとしているのだろうか。20年以上も前のことだし、向こうは俺のことなんて知らないだろう、そもそも聞こえていたかも怪しい約束だ。レンタルした別のバイクを使ってもいい、第一、今週末までに間に合うのか。しかし、「帰ってきたら勝負しろ」あの時の自分はそう言ってしまったのだ。だから、間に合おうと間に合うまいとやるしかない。ただ、そうしなければならないという情熱だけが俺を動かしていた。




 金曜の夕食前、俺はほとんど不眠不休でバイクのオーバーホールを終えた。しかし、本当にエンジンがかかるだろうか。昔とった杵柄でなんとかやってみたが、正直自信はない。俺はおそるおそるエンジンをかけた。


ブォン…ドッドッドドッドッ……


 かかるにはかかったが、どこか弱々しく不安定だ。しかし随分長いこと作業をしていたことだし、ひとっ風呂浴びてからもう少し弄ろう。少し休憩したら、久しぶりにあの峠を慣らし運転しておく必要もあるだろう。

「よしっ、なんとかなりそうだ!」

 ガレージを出て、裏庭から居間へ入ると娘の批難する声が飛んできた。

「パパ!さっきからマジで騒音いんだけど!っていうかめっちゃ汚い!その格好であがって来ないでよ!!」

「いや、だから風呂入りに来たんだって……」

 くたびれた声で返事をしながら、俺は風呂場へ向かった。

「ちょっと!ちゃんと体洗ってから入ってよね!」


 そのまま沈むように浴槽に浸かると、オイルの汚れが溶け出し、疲労まで一緒に出ていくようだった。こんなに無意味な事に情熱を持って取り組んだのはいつぶりだろうか———


 ひとしきり湯船を満喫し、薄くなった髪を丁寧に乾かすとリビングへ向かった。ぼんやりとした思考の中、2時間ほどの仮眠を取ろうと携帯のアラームをセットしソファに横になった。2時間ほどの仮眠を取ろうと……。

———なぜ俺は学ばないのだろうか。あの頃を思い出すのはいいが、そんなところまであの頃に戻らなくてもいいのに!


 翌朝、俺は差し込む日差しに目を覚ます。ぼんやりした思考の中、時が過ぎる。ああ、昨日はあれからひとっ風呂浴びて……結局、少し仮眠をとろうと思って、そして……ん?寝てたのか?いつの間に? …………ッ!


瞬間、全身の血の気が引き青ざめる。

待て、いつから寝てた!今何時だ!?

スローにさえ感じる時間の中、目覚まし時計に目をやった。


12時40分


 全身から冷や汗が流れた。次の瞬間ジャケットすら羽織らず玄関を飛び出す、靴を履くのが早いかバイクに跨るのが早いか、エンジンをふかし走り始めた。峠まで30分はかかるか?13時10分にはヤツが最初の難所に入ってると考えて……もういい、考えてる場合じゃない!


調子の悪かったエンジンは嘘のように高回転な唸り声を上げ、急激な加速につんのめり、車体ごと浮き上がりウィリーをしながらガレージのシャッターをぶち破った。そのまま生垣に突っ込み、車道へ躍り出る!

「ちょっと!なんの音!?ぎゃーーー!!ママー!ママー!パパが狂ったー!!!!」

 後ろから発せられる娘の叫び声を置き去りにして、鋭角にカーブを曲がっていく。


 慌てた俺は風と一体となって街道を駆け抜けた。妻子のある身で無茶をするものだとは、自分でも思っている。


 夢中になってしばらく走ると、かなり遅刻して峠の入り口へ辿り着いた。

 驚くべきことに、峠の入り口には懐かしいカワサキの車体と滑らかなロン毛の男が居た。やつはミラーでこちらをチラリと確認するとするりと発進した。ニヤリと笑ったような気がした。


5分ほどバイクを走らせると、やつが俺にハンドサインをしてきた。俺はそれに従ってやつと並走する。俺でもついて来れるように随分余裕のある走りだ。初めてやつの横に並んで走る。あの頃であれば歓喜に打ち震えガッツポーズをとるか、手心を加えられたと憤慨していただろうが、不思議と今は落ち着いていて、すがすがしい気分だ。俺達に流れた確かな年月をそこに感じた。


確かに俺達は年をとったのだろう。もうスピードに全てをかけることはできない。しかし、今の俺達なら仲間として肩を並べて走ることができる。同じ青春を分かち合った、話したことすらない友として。しかし、こんなすがすがしい気分でやつとツーリングするとは、あの頃の若造には想像出来なかっただろう。


峠の空気は澄み渡っている。その中にドゥカティ社製900TT-1エンデュランスの高回転なエンジン音が響く。俺はスピードに身を任せ、この重い車体で次々とコーナーを曲がっていく。標高の高い峠の空気は体にまとわりつく粘りが少なく、するりと車体を通り過ぎる。

俺はニヤリと溢れる笑みを我慢できなかった。


———————よし、今日はカツ丼大盛りだ!


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