第2話 信じて side礼音
「……とりあえず話はわかったわ。警察に行きましょう」
すっと私は立ち上がり少年に向き直った。
「え?なんで警察?礼音ちゃん、本当にわかってくれてる!?」
「わかってるわよ。知らない未成年を家に置いておくと捕まるのよ、私がね。どうやって私の家に入ったのか知らないけれど、家出少年は家に帰りなさい」
「家出少年じゃないってば、礼音ちゃん!僕はユキだよ!美夜ちゃんが拾ってくれた猫だよ!」
悪意のなさそうな瞳が見上げてくるが、騙されるわけにはいかない。やれやれと私はため息をつく。
「…………あのね、猫が人間になっただなんて誰が信じると思う?嘘をつくのなら、もっと上手な嘘をつきなさい」
「じゃあさ、その猫はどこにいるの?連れてきてよ」
「いいわよ。ユキ、ユキー。どこにいるの?ご飯の時間だよ?」
私は少年を黙らせるためにユキの姿を探すがどこにも見当たらない。
「ねぇ、礼音ちゃん。美夜ちゃんはツナ缶が好きで僕とよくはんぶんこして食べてたよね?ツナ缶のある場所はーー」
少年がツナ缶を仕舞ってある場所を指差す。正解だ。美夜がツナ缶が好きだってことも、ユキとはんぶんこしてたことも、仕舞ってある場所も全て。
「礼音ちゃんはジャムが好きで、よく手作りしてたよね?」
私しか知らない、私と美夜とユキのこと。
「…………本当に、ユキなの……?」
「うん。僕は礼音ちゃんを助けるために神さまにお願いして人間になったんだよ。お願い、信じて?」
私は頭を抱える。ついにうつ病だけではなく、幻覚をみるようになってしまったのだろうか。看護師という職業柄かまずは病気を疑ってしまう。
「……礼音ちゃん、ご飯を食べて?このままじゃ死んじゃうよ。美夜ちゃんもかなーー」
「あんたが美夜の名前を口にしないで!あんたのせいで美夜は死んだんだから!」
反射的に私はヒステリックに叫ぶ。
「…………そっか。そうだよね。僕のせいで美夜ちゃんは死んじゃったんだもんね…………息、苦しそうだったもんね…………」
ポロポロと少年の眦から涙が溢れ出す。あ、と私の口から声が漏れ、中途半端に手が伸びる。だからこそと少年は続ける。
「…………礼音ちゃんには死んで欲しくないんだよ。僕のことは嫌いでいいよ。憎んでくれていいよ。罵ってくれていいよ。…………生きてくれるなら、何をしてもいいよ…………?」
ぎゅっと少年が私を抱き締める。
「…………大好きだよ、礼音ちゃん」
私はやめてと抱き締める少年の胸を押すが、弱っている身体では拒絶することもできない。
「…………離して」
「礼音ちゃんがご飯を食べてくれるなら」
「…………食べるから、離して」
「うん…………一緒にツナ缶食べよう?」
「…………うん」
人間になったことを信じたわけじゃないけれど、少年ーーユキの嘘偽りのない愛情は伝わってくる。
「……味、ないじゃん、これ」
「本当だ。おいしくないね。いつもおいしかったのに」
「……貸して。マヨネーズと胡椒、少し醤油を入れたらおいしいよ。これが美夜の好きな味」
脳裏に浮かぶのは幸せそうに笑う美夜とパタパタと尻尾を振るユキの姿。
そうだ。美夜は確かに苦しんで死んだけど、不幸だったわけじゃない。
ーーユキ、ツナ缶おいしいねぇ。礼音も一緒に食べようよ?
ーー私はいいよ。ふたりで食べな。三等分じゃ少ないでしょ?
「……おいしいね。一緒に食べたらよかったね……」
ささやかな幸せを思い出す。
「おいしいね、礼音ちゃん」
「そうだね、ユキ」
久しぶりの食事に心が少し凪ぐ。身体が生きようとしているのを感じる。ユキを通して愛しい美夜のことを思い出す。
「…………ありがとう、ユキ」
「お礼を言うのは僕のほうだよ……辛かったのに、ずっと僕のお世話をしてくれてありがとう、礼音ちゃん」
雪降る夜に 雪花彩歌 @ayaka1016
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。雪降る夜にの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます