第1話 ユキの願い side礼音

 彼女に嫌われていると感じている。

 嫌われてはいるけれど、お水もご飯もちゃんとくれるし、トイレも綺麗に掃除してくれるから困ることはない。

 けれど。

 あの頃のように僕のことをユキと呼びながら優しく撫でてくれることがなくなった。笑ってくれることもなくなった。それがさみしくて仕方ない。


 僕はそっと礼音ちゃんに寄り添う。

 彼女の涙が止まることを祈りながら。

 彼女がまた笑ってくれることを願いながら。


 胸がキュッと痛む。

 彼女を助けたい。

 美夜ちゃんと美夜ちゃんと笑う彼女が大好きだったから。

 だから。

 お願いです、神さま。

 美夜ちゃんを返してください。

 それがダメだというなら、僕に彼女を救える力をください。

 僕を“人間”にしてくださいーー。


 ☆

 ーーside礼音。


 けたたましく鳴るアラームを私は止めた。寝起きが悪い方ではなかったのに、美夜を失ってから私は起きられなくなっていた。起きられなくなっただけではない。全てに対する気力が消え失せていた。大好きな人が死んでしまっても、世界は何事もなかったことのように回っていく。当たり前だ。美夜は総理大臣でもなければ芸能人でもなくて、普通のどこにでもいる女の子なんだから。

 もそもそとベッドから這い出し、のろのろと薬に手を伸ばす。うつ病の薬だ。これを飲むと少し楽になる気がする。この薬が私をこの世界に繋ぎ止めてくれている。


「…………ユキにご飯あげなきゃ」


 ユキが悪くないことはわかっている。

 悪いのはユキを捨てた飼い主だ。


 ――…………里親を探すのは難しいかもしれませんね。ユキちゃんは先天性心疾患です。生きられて二年か三年でしょう。

 ――だったら、わたしが飼います!ユキをかわいがって、生まれてきて良かったって思えるくらい幸せにします!ねぇ、いいでしょ、礼音?


 必死な美夜に私はNOと言うことが出来なかった。命を見捨てることが出来なかった。美夜のことはもちろん心配だったけれど、小さな命も大切だった。


「あれ?ユキがいない?ユキ、ユキー?」


 ユキの姿が見えない。きつく当たるから嫌われてしまったのだろうか。いつからユキのこと撫でてなかったっけ?甘えてくるのを無視してたっけ?そう自己嫌悪に陥っていたとき、


「ーー礼音ちゃん!」


 甲高い声の少年が私に飛びついた。

 

「だ、誰よ、あんた!?」

「ユキだよ!神さまが僕を“人間”にしてくれたんだ!」

「え……?」


 そこには白髪のまだ幼い少年がいた。

 一糸纏わぬ姿で。


「と、とりあえず服を着なさいー!」


 私は思わず悲鳴をあげていた。

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