雪降る夜に

彩歌

プロローグ

「――あんた、バカじゃないの!?その段ボール、元の場所に戻して来なさい!」

「そんなこと出来ないよ!もう外は真っ暗だし、雪だって降ってるんだもん!この子、死んじゃうよ!?」

「冷えてるからこそ言ってるんでしょうが!ただでさえ発作が起きやすい季節なんだから、猫なんか連れて帰ってきたらダメじゃない!」

「大丈夫だもん!わたし、昔ほど身体弱くないんーー…………ケホッ…………ケホケホ…………っ」


 咳き込んだ美夜の背中を礼音は溜め息をつきながらさする。美夜は痩せていて、その背中の骨の感触が礼音の不安を加速させる。でも礼音は知っている。美夜は案外頑固だということを。あと、子猫を見捨てられない優しさを持っているということを。


「…………はぁ、わかったわよ。あんたは今すぐマスクをしなさい。ちょっと私は買い物に行ってくるから…………どうせ譲る気はないんでしょ?」

「え?どこに行くの?」

「空気清浄機とペット用品を買ってくる。先に言っとくけど、飼うのは里親が見つかるまでの間だからね?」

「そのまま飼っちゃダメなの?」

「ダメです。諦めなさい」

「えー……」

「えー……じゃないの。美夜は喘息があるんだから、絶対にダメ。喘息は死ぬこともある病気なんだからちゃんと自覚しなさい……私も意地悪で言ってるんじゃないんだからね?」

「…………わかってるよ、礼音」


 しゅんとする美夜に一瞬礼音の心は揺れる。惚れた弱みというか何というか、こういう表情をされると私は弱い。いやいや。美夜の身体を考えたら反対するのが正しいのだ。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 この雪の降る夜に美夜が拾った子猫は“ユキ”と名付けられた。


 ユキを拾ってから一年後。共に迎えるニ回目の冬。

 にゃーんとユキが甘えた声で鳴きながら、礼音の足に身体を擦り付ける。


「…………お前のせいで美夜は死んだのよ」


 パタパタと礼音の目からはとめどなく涙が溢れていた。

 美夜は寒さの厳しい雪の降る夜に重度の喘息発作を起こして亡くなった。

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