第四章 船出の時(5)
「はあー、遊んだ遊んだ」
「これは明日、筋肉痛を覚悟しないといけませんね」
「え~ こんくらいじゃならないよ」
「皆が皆、君と同じ運動量をこなしているとは思わないでくれ」
「でも、いい運動にはなったんじゃないでしょうか?」
砂浜でひとっきり遊び終えた僕たちは森川さんが用意してくれていたビニールシートに座りながら飲み物を飲んでいた。ちなみに水遊びに後には砂遊びはもちろん簡易的に用意したビーチバレーやビーチフラッグなどをした。
ここに着いてから数時間は経過しているがまだ日は高く、蒼美先輩辺りはまだ遊び足りなそうに体をウズウズとさせている。
僕はシートから立ち上がると波が届かない位置で止まり、海を眺めた。
先ほどまで遊んでいた場所もすでに砂は元通りになっており、足跡一つなかった。あれだけ激しく遊んでいたのに寄せては返す波は容赦なく無に帰す。この時間もいつかは終わりを迎えてなくなってしまう。
僕はそれが無性に悲しく思えた。
「なーに、黄昏てんだ」
「そんなんじゃないですよ」
「だったらいいんだが」
いつの間にか隣に来ていた赤里先輩が肩に肘を乗せながら顔を覗いてきた。
そういえばこの空間にも大分馴染んできたな。もちろんほぼ一ヶ月、一緒に行動をして色んなことを体験した。
入学から平坦な生活しかしてこなかった僕からしたらとても刺激の多い生活だった。
そこで僕の中に一つ疑問が浮かんだ。
「あの、赤里先輩」
「どうした? どうしてここに来たかって質問はもう受け付けないぞ」
「ま、まあそれも聞きたいですけど。違います」
だったらなんだと言わんばかりにキョトンとした顔をする赤里先輩。
「どうして、僕なんですか」
「……何が?」
「だから、どうして海賊の一員に僕を加えたいと思ったんですか?」
ここにいる人たちはみんな個性に溢れている。しかもその個性は一つが突出しており、いい感じに混ざり合うことでさらなる相乗効果を生んでいる。
それなら本来、ここに入るべきなのは僕のように何も持たない人ではなく突出した何かを持つ人であるべきだと。今、僕の中でその条件に当てはまる人が一人だけいるがこの学校にはいない。
「うーん。お前が手配書を手に取ったから。それじゃあ納得しないか?」
「そんなの誰だって取る可能性はありました。それが今回はたまたま僕だったってだけであって」
「だったらお前はどういう理由なら納得するんだ?」
「そ、それは……」
正直聞いておきながらどんな理由でも僕は納得してしまうだろう。いや、納得うんぬんよりその決定に従ってしまう。
僕に自分の何かを決める意思はないのだから。
「部活が決められないことがそんなに辛いか?」
「えっ?」
それは昼休みのやり取りの続きだった。あの時逃げ出した僕を責めているわけではないが、ただ純粋のあの時の回答を赤里先輩は求めているんだろう。
「あれだけたくさんあるんだ。決めきれないことだってある」
部員がおらず名前のみの部活も含めれば百に届きそうな部活の種類。それだけあればどこか一つは入りたいものが見つかるはず。そう思っていた。
「それは……」
「ただ部活が決まらないんです。そんな回答は求めてないからな」
こぶしを握り締め、唇を強くつむぐ。それを言葉にして、僕というものを知って赤里先輩は学園海賊のみんなは僕をつまらない人だと思ってしまうだろうか。
「言ってみろ。この海に比べたらちっぽけかもしれないぞ?」
その瞬間、僕の足元が微かに濡れた。下を見てみると先ほどまで波が来なかったところに海水がやって来ていた。満潮までまだまだ時間はあるはずだがそれでもこうして潮は満ちていく。
この海のように大きな器を持つこの人ならこんな僕でも受け止めてくれるのかもしれない。
「……はい」
握っていたこぶしもいつの間には解けて、とてもリラックスしていた。僕は観念してそれをゆっくりと話し始める。
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