第四章 船出の時(4)
僕が砂浜に着いた時にはすでに全員アクセルが全開になっていた。
「おらぁ! くらえ」
「そんな甘ちゃんな攻撃くらうか! ってぶへえ」
赤里先輩と蒼美先輩は制服のズボンが濡れることも気にせず浅瀬のところで水を思いっ切りかけあっていた。そして赤里先輩のかけた水が蒼美先輩に命中して、更に水のかけあいが激化していく。
普通ならもっとキラキラとした青春を感じさせる光景のはずだがあの二人がやっているとマジのケンカにしか見えない。
超人同士の争いのすぐ横ではすでに頭から水をかぶったもう一人の超人が不気味な笑いを浮かべながら何かを準備していた。
「ふふふふ…… わたしをずぶ濡れにしたことを後悔させてやる」
そんな怨念にも似たことを呟きながらどこから取り出したかも分からない大きな水鉄砲に水を入れていた。しかしその注水の音は明らかにモーターを使っていると思われる音で市販の物ではなく柴堂先輩オリジナルというのがすぐに分かった。
あれが放たれたらひとたまりもないだろう。できるだけあそこには近づきたくない。
そう考えていると僕の隣に誰かがやってきた。
「さあ! 白井さんも行きましょう!」
「え、ええ…… というか黒崎先輩それ大丈夫なんですか?」
いつものメイド服の黒崎先輩が誘っている。が僕が心配するのはそのスカートの丈。制服のスカートなどよりも長いくるぶしまで隠れるほどの長さのスカートで水辺になんて言ったらすぐに濡れてしまう。きっと素材にまでこだわった超高級品なんだろうし。
すると黒崎先輩は思いもしない行動に出た。
腰辺りに手を当てるとパチッと何かが外れる音がした。そして上半身を大きく捻り長いスカートの布が勢いよく宙を舞った。
何が起きたのか一瞬理解できないまま宙を舞ったスカートを目で追いかけたがすぐさま黒崎先輩の状況がヤバいのではないかと隣に顔を向けた。
するとそこには元々くるぶし付近まであったスカートが膝より少し高い位置まで短くなっていた。いや正確に言うなら長いスカートの下にこの短いスカートがあったのだろう。こういう時に備えての設計なんだろうか。
ちなみに投げたスカートは風に乗って飛ばされていったが先回りしていた森川さんがしっかりキャッチしていた。
「これで思う存分遊べますね」
森川さんが取ることすら計算に入っているのかスカートの顛末も見ないままと黒崎先輩は激しさを増す水のかけあいに参戦しに行った。
そして僕はというと大はしゃぎしている四人を見ていることしかできなかった。
六月を目前にした気温は暖かいより暑いに近く、浅瀬で水のかけあいをするにはちょうどいいかもしれない。
だがあの中に入る勇気がない。入った瞬間、ずぶ濡れになることは間違いない。だからと言ってここまで来て離れた場所で見ているだけなのも寂しい。
激しさが一段落したところで黒崎先輩辺りがいるところに行けばいいか。なんて僕なりに作戦を考えていると凄い勢いの水が僕の顔に当たった。勢いが強すぎるあまり顔が少しだけ仰け反ってしまうほどの勢いの水を出せる人なんてここには一人しかいない。
ゆっくりと顔を正面に戻しながら水を払い、目を開くとやってしまったとばかりにこちらを見る赤里先輩と蒼美先輩、そして犯人である柴堂先輩は目を逸らしていた。
「あー、見習い。これは不幸な事故だ」
「そ、そうだよ。見習い後輩くん。柴堂さんが撃ってきたのを避けたら……」
「結構な威力でしたね」
「わ、わたしの渾身の作品だからね……」
やっぱりどうあがいても濡れることは避けられないようだ。それにこの水が当たったとは思えない顔の痛み。
そう言えば前に赤里先輩が言っていたな。先輩も後輩も船長も見習いも関係ないと。
「……しませんよ」
「「「えっ?」」」
「許しませんよー‼」
前髪を思いっ切り上げながら僕は砂浜を蹴り、赤里先輩たちの輪に突撃していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます