第四章 船出の時(3)

 バスが学校を出発して三十分ほど経過した。今、どこら辺を走っているのか分からないが周りの景色は始めて見るものだった。

 ここまで来ると発車してすぐの頃にあった授業を抜け出したという罪悪感は無くなりかけていた。開き直りというのもあるのだが……

「え~ 皆さん。こちらをご覧ください! こちらに見えますのは~~」

「ひゅ~ ガイドのお姉さん似合ってる~! こっちに視線ください~」

「お前、タケノコ食べるか?」

「何を言う。そんなもの邪道だ。キノコだろ」

「んだと?」

 こんな調子で車内は絶賛貸し切り状態でパーティーが行われていた。

 黒崎先輩はどこからともなくバスガイド風の服装に一瞬で着替え、周りの景色や建造物について説明を行い、蒼美先輩はそれに合いの手を入れて遊んでいる。

 柴堂先輩と赤里先輩は置かれていたお菓子に手を伸ばしてあれこれ話をしている。ちょっとケンカが起きそうな雰囲気はあるけど。

 正直、みんな授業をサボってここにいるという後ろめたさを感じない。それより全力で楽しんでいる様にしか見えない。

「おい」

「は、はい!」

 色々考えていると赤里先輩が話をかけて来たため顔を上げるとこちらに何かを差し出していた。

「タケノコやるよ。見習い」

「いいや。キノコの方が好きだろう」

 すると柴堂先輩も同じように差し出してきた。何かと手の平を見るとそこにはタケノコの形をしたチョコレートとキノコの形をしたチョコレートがあった。

「何言ってやがる。選ばれるのはタケノコだ」

「寝言は寝ていいたまえ。選ばれるのはキノコだ」

「「さあ、どっちにする!」」

 二人の迫力に押されながらどうするべきか考える。他の二人は自分たちの世界に入ってしまっており助けてはくれなさそうだった。

 仕方がなく僕は両手を伸ばした。

「で、では…… 両方、いただきます」

 正解かどうか分からなかったが両方とも受け取り、片方を口に放り込む。

「タケノコを先に取った。やっぱりタケノコなんだよ」

「いいや。先に口に入れたのはキノコだ。取る順番より食べる順番だろう」

 どうやらこれでもまだ争いは収まらないようだった。

 少しするとバスガイドごっこが一区切りついたのかいつものメイド姿に戻った黒崎先輩たちが僕たちの輪に合流した。

「白井さん。わたくしのバスガイドどうでしたか?」

「えっと…… とても楽しそうでした」

「見習い後輩くんはそれどころじゃなさそうだったけどね」

 広げられていたお菓子に手を伸ばしながら蒼美先輩は言う。確かに横目で見ていただけでガイドも半分くらいしか聞こえていなかった。

「その……」

 僕がそう切り出すと四人の視線が一斉に僕の方へ向いた。それに少し怖気づきながら言葉を続けた。

「こ、これは一体なんなんですか」

 赤里先輩に無理やり連れ出されて、バスに乗ったはいいが何も説明がなされていない。理由なしに授業を休むのも問題だし、何かしら説明がないと納得できない。

「さあ?」

「えっ?」

 蒼美先輩があっけらかんとした調子で答え、僕は困惑するしかなかった。

「わたしも特に用件を聞かされていない」

「わたくしは何か乗り物を手配してくれ。と言われただけですね」

 蒼美先輩に続くように柴堂先輩と黒崎先輩が答えた。二人ともこのことについて何を知らないようだった。

 ということはこの現状を説明できるのは一人しかいない。

「さっきお前、どこかに行きたいって言ったよな」

「でもそれは……」

「嘘でも本当でも関係ねえ。お前が行きたいって言ったんだから叶えてやるのが船長の務めってもんだろ」

 赤里先輩は当然のように言ってのけ、僕はただ天を仰ぐことしかできなかった。

「諦めたまえ。キャプテンがああ言ったらもう誰にも止められない」

 隣に座っていた柴堂先輩が僕の肩に手を置きながら言った。この中で一番長い付き合いの人が言うのだから諦めるしかないらしい。

 すると外の景色を見た赤里先輩が不敵に笑みを浮かべた。

『赤里様。まもなく目的地に到着いたします』

「ああー‼ 見て!」

 森川さんのアナウンスに対して赤里先輩は何かを言っていた気がしたがその言葉は蒼美先輩の大声にかき消され聞き取れなかった。

 蒼美先輩が指さす方に顔を向けるとそこには一面に青い海が広がっていた。

「海賊と言ったら海だろ?」

 得意げに言う赤里先輩だったが目の前の海に夢中で誰も同意の声を上げなかった。

 近くのバスも止まれる駐車場に停車すると赤里先輩と蒼美先輩が全速力で海へ向かって駆けだした。そしてそれに続くように柴堂先輩と黒崎先輩が大きなバックを持ってバスを出て行った。

 どうするべきだろうかと考えながらバスを降りると運転席から降りた森川さんが僕の方へやってきた。

「黒崎家の方で許可は取ってあります。思う存分楽しんでください」

「あ、はい……」

 当然のように使う許可を取っているのにすでに驚きすら感じ無くなっていた。だがそういうことを気にしている訳ではないんだけどな。

「おーーーい‼ 見習い後輩くんも早くー」

 すでに砂浜に到達している蒼美先輩が呼んでいる。いや他の三人も手を振ったり、手招きをしている。

 本当に遊んでいいのだろうか。でも今更学校に戻ったところで変な注目を浴びるだけ。だったら今僕がするべきことは一つ。

「今、いきまーす!」

 森川さんに一礼して大きな声で蒼美先輩に返事をしながら砂浜へ向けて駆け出した。

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