第四章 船出の時(2)

 午後一番の授業は現代文でしかも担当教員は僕のクラスの担任だった。そのため教室内にもあまり授業中とは思えないフワフワとした空気が広がっていた。

 先生も私語を特に咎めることもなく、でも大きくなり過ぎないように時々声を掛けながら授業は進んでいた。

 そんな中、僕は授業とは全く関係ないことを考えていた。さっきは言い過ぎたかもしれない。赤里先輩は善意で僕の悩みを聞いてくれたのにはぐらかしたり隠したり、挙句の果てには拒絶の意を表してしまった。

 もっとやりようはあったんじゃないか。でもそれができないくらい追い込まれていた。まさか心の奥に隠していた方まで気付かれてしまうなんて。隠しておきたかった。隠さないといけなかった僕の弱い部分。それを知られた時、赤里先輩は他の先輩方はなんて言うだろうか。

 そんなことで悩んでいたのか。ちっぽけだなと一蹴されてしまうかもしれない。あんなに強くて眩しい人たちからしたら小さなことだと思う。

 弱い僕なんかと一緒にいても何も見つからない。宝がなんなのかすら分からない僕と一緒にいてもどうしようもない。

 でもとりあえず怒鳴ってしまったことについては謝らなければいけないな。

 その時、コンコンと教室のドアをノックする音が響いた。突然の来訪者に私語をしていたクラスメイト達は一斉に口を閉じた。

 見回りの先生が教室のうるささを注意しに来たのか。教室内に漂う緊張感とは裏腹に先生はのんきな声で答えながらドアに近づいた。

「はいはい。どちらさんで~」

 そうして開かれたドアの先に立っていたのは赤里先輩だった。誰も予想できなかった人物の登場に教室内は騒然とした。

 そもそも赤里先輩のこと自体知らない人が多かったからか付けた眼帯や肩からかけたブレザーなどについてコソコソと話をする声があった。

「おー! 赤里か。どうした?」

 先生は赤里先輩のことを知っているのか友達に話しかけるようにフランクに用件を聞く。しかし赤里先輩はそれに答えることなく教室内を見渡し始めた。

 まるで何かを探しているように。いや、この教室内で赤里先輩が探す人なんて一人しかいない。

 そしてその視線が僕を捉えると口の端を少しだけ吊り上げた。

 まるで自分の教室に入るかのように歩みを進め、僕の目の前にたどり着く。

「えっと、あ、赤里先輩?」

「ふっ、見つけたぜ」

 先ほどのこともあり少し居心地の悪い僕に比べ、赤里先輩は特別変わった様子なく呟くと僕の腕を取ってそのまま駆け出した。

「ちょっ⁉」

「悪いな! こいつ貰っていくぜ‼」

 先生にそう言い残して教室を飛び出した赤里先輩は僕の腕を掴んだまま授業中で静かな廊下を全速力で走り抜け、階段を下りそのまま昇降口まで連れて行かれた。

 靴に履き替えることを促され、訳の分からないまま履き替えると再び僕の手を取り、外へ走り出した。

「こ、これは一体なんなんですか⁉」

「海賊だからな。欲しいものを奪って手に入れただけだ!」

「な、なんなんですか。その理由~」

 そうして走っているうちに段々と正門が見え始めた。そしてそれと同時に正門前でこちらに手を振りながら待っている三つの影があった。

 まさか、と思ったがその予想は的中した。

「おーーーい‼ こっちこっち~」

「バス、来ていますよ~」

「三分の遅刻だぞ」

「えっ、なんで皆さんまで」

 蒼美先輩に柴堂先輩、黒崎先輩。みんな授業の時間のはずなのに僕たちを待っていた。

 三人の元へたどり着き、どうしてここにいるのか。聞こうとしたがなぜだか赤里先輩は減速することなく走り去る。

「ほら、お前らも走れ! 乗り遅れるぞ」

 三人を抜き去り、赤里先輩が叫ぶと待っていましたと言わんばかりに蒼美先輩と黒崎先輩は走り出し、柴堂先輩は僕の背中を押しながら走り出す。

 正門を出るとすぐ前の道路にバスが止められており、みんなで勢いよく乗車していく。

 そこでようやく止まれたため肩で息をしながら車内を見渡す。バスといえばバスなのだが僕たち以外に乗っている人はいなかった。そもそも学校を出てすぐにバス停なんて存在しない。

 一体どういうことなんだと運転席の方を見ると車内を見る用のミラーに映し出されていた森川さんの顔があった。

 そこでようやく察することができた。このバス、黒崎先輩が手配したんだなと。

『発車いたします。揺れますのでご注意ください』

 そんな雰囲気だけのアナウンスと共にドアが閉まり、バスが発進する。時刻的には授業を受けている時間なのに学校から遠ざかっていく。

 そんな不思議な感覚を味わいながらバスはどんどんと速度を上げていった。

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