第三章 航海~今と過去~(4)

~五月二十五日~

蒼美先輩について少し理解を深めることができた二日間を終えて、僕は普通に授業を受けていた。

昨日も結局夕飯の時間までファミレスにいることになり、打倒赤里先輩の作戦を練ることに付き合った。最終的に真正面からぶつかって行くというありきたりな案に落ち着いたのだが。

 今日は、ラクロス部の手伝いがあると言っていたが特に連絡はない。

するとポケットに入れていたスマホがメッセージを受信した。蒼美先輩かと確認をすると……

『すまない。至急物理準備室に来てくれないかね』

先週と同じ順番なら柴堂先輩から来ると思っていたが想像以上に不安げな文章が送られてきた。何か実験で失敗でもしてしまったのか。

僕はカバンを持って物理準備室に急いだ。

「柴堂先輩! 白井です!ってこれは……」

「あー、来たか。すまない。とりあえず電気を付けてもらってもいいかい?」

 暗闇のどこからか聞こえてくる柴堂先輩の声に従い入り口すぐにある電気のボタンを押し物理準備室に明かりが灯る。

「おお、これは……」

 そう言葉が出てしまうそこには大量のダンボールが散乱していた。そしてその奥の方で身動きが取れなくなっている柴堂先輩の腕が見えた。

「だ、大丈夫ですか⁉」

「なんとかね。迂闊だったよ」

「黒崎先輩呼びましょうか?」

「それだけはやめてくれたまえ。今度こそ説教だけでは済まなくなる」

 掃除なら黒崎先輩だと思ったが前にも同じことがあったのだろう。珍しく声に焦りが籠っていた。

 とりあえず入り口付近にあるダンボールの片付けから始めることにした。

 約一時間かけ奥地で身動きが取れなくなっていた柴堂先輩の元へたどり着いた。大小さまざまなダンボールを一つずつ畳んで机の上に置く作業はまるで引っ越しの荷解きのようだった。

「すまない。助かったよ」

「いいえ。それにしても一週間ほどでここまでなりますか?」

「現になっているだろ?」

「あまり堂々と言えたことではないですよ」

 集めたダンボールをビニール紐で括りながら言うが柴堂先輩はイスに座って優雅にコーヒーを飲んでいる。多分これはまたやらかすように見える。

「さて、僕はこれをゴミ捨て場に持って行きますね」

「わたしも同行しよう。さすがにこの量はわたしがいなければ受け取ってもらえないだろう」

 確かに量が量のため持って行ってもゴミ捨て場に入れてもらえるか不安だったが先輩同伴なら大丈夫らしい。

「でも何往復することになるんでしょうか」

「安心したまえ。こういう時のためにあれがある」

「あれ、ですか?」

 柴堂先輩と並んで廊下を歩きながらゴミ捨て場へ向かっているのだがすれ違う生徒たちから視線を集めており居心地が悪かった。

 正確にはその視線は僕たちに向いているわけでなく前を悠然と飛ぶ大量のダンボールを乗せたドローンを奇妙な目で見ていた。

 土曜日に先輩が乗っていた物の二号機らしい。これは人を乗せるのではなく物を運ぶことに特化させた物だと説明で言っていた。

 こんなものがあったら地上から物理準備室まで難なく物を運べる。裏を返せば楽に物を運べるからあのダンボールに埋もれた空間が完成していたことにもなる。

 器用に階段でも詰まることなく降りていき、外のゴミ捨て場に着いた。

「さあ次のクラスは……って何⁉」

 ゴミ捨て場で美化委員と共にチェックをしていた先生は大きなドローンを見て驚愕の声を上げながら後ろに仰け反った。

「わたしだ」

「あ、ああ。って柴堂! またお前か‼」

「そうだとも。わたし以外に誰がいる」

「胸を張って言うな! 溜め込むなって毎回言ってるだろ!」

 叱る先生とそれをもろともせずドローンを着地させる柴堂先輩。先ほど黒崎先輩の叱りは荒れだけ怖がっていたのに先生に対しては悠然としている。

「悪いとは思っているさ。しかしどうにも開発に熱が入ると他がおざなりになってね」

「だからっていい訳ないだろ! 計画的に持って来いとあれほど……」

 ブツブツと怒りの言葉が止まらない先生と聞き流す柴堂先輩たちを少し離れた場所で見ていると美化委員と書かれた腕章を付けた人が近づいてきた。

「ごめんね。二人ともいつもあんななんだ」

「いいえ。こちらこそ大量にすみません」

「君を見るのは初めてだけど新人さん?」

「あ、いや、ただのお手伝いです」

 少なくとも海賊の仲間にはなっていないので新人ではない。となるとただのお手伝いというのが今の立ち位置として最適な言葉なんじゃないかと思った。

「変わった先輩ではあるけど頭がいいのは本当だから困ったら頼ってみるのもありだね」

「そう、ですね」

 悩みなんて今のところ入る部活動が決まらないこと以外ないと思う。

「待たせたね。無事にゴミは出し終えた。さあ、戻ろう」

「は、はい」

 いつの間にかダンボールを全て出し終えていたようで僕が付いてきた意味はなかった。

 先生と美化委員の方に一礼してドローンを先行させながら校舎に戻って行く柴堂先輩の後を追いかけた。

 広くなったというより元通りなった物理準備室を見渡しながら換気のために窓を開けて回る。カーテンも端にまとめているため日が入り、電気をつけなくてもいいくらい明るかった。

「さて、片付いたところで今日の本題に入ろうか」

「あ、片付けが本題ではなかったんですね」

「当り前だろう。わたしの本分は研究開発なのだから」

 僕の指摘に対して腰に手を当てながら胸を張って言う。

 そうなのかもしれないが本分以外のこともしっかりとやって欲しいと思ってしまった。

「それで何をするんですか? また電流を流すんですか?」

「そんなわたしがマッドサイエンティストみたいな事をやっているように言わないでくれ」

 しかし僕としては柴堂先輩の研究開発で関わったのがそれしかなかったためやると言われたらそれしか思い浮かばない。

「あれはやったし、これもやった…… そうだ。先ほどコーヒーを切らしてしまったんだった」

「そういえば飲んでいましたね」

 僕が必死にダンボールをまとめている中、イスに座って優雅に。

 柴堂先輩はイスから立ち上がると金庫らしきものから財布を取り出していた。

「なら僕が行きましょうか?」

「先ほど働いてもらったからね。わたしが行こう。何か飲み物はいるかい?」

「あ、えっと。ではカフェオレを……っていいですよ。僕のは」

「遠慮することはない。先ほどのお駄賃だと思ってくれたまえ」

 少し待っていてくれたまえ。と付け足して柴堂先輩は出て行ってしまった。

 一人物理準備室に残された僕はイスに座って待つことしかできなかった。昇降口の自動販売機か購買で買って来るのかと思ったが先ほどマグカップでコーヒーを飲んでいたためもしかしたら外にまで買い物に行ったのか。

 五分ほど経過したが柴堂先輩が返ってくる様子は見られなかった。これは確実に外まで行ってしまったようだ。

 スマホを見ているのにも飽きたため準備室内にある多種多様な実験道具を見て回ることにした。

 触るのはさすがに怖いため顔を近づけることしかできないが使用用途不明の機械が並ぶ中、見慣れないくみ上げ中の人形があった。

 曲線的な白いボディと未だ配線がむき出しになっている腕。それは映画などで見るものと違いはなかった。動き出すなんとことはないがこうして立たれていると化学準備室の奥に置かれている人体模型感がある。

 しかしこんなものを作れる人がなんでこんな平凡な高校にいるんだろう。もっと偏差値が高く機器が充実している場所はいくらでもあるはず。

「おーい、柴堂。いるか」

 その時、柴堂先輩を呼ぶ声と共に物理準備室のドアが開かれた。そこには先ほどゴミ捨て場で見張りをしていた先生が立っていた。

「あ、えっと。柴堂先輩は今、席を外していまして……」

「うん? ああ、そうか。珍しいこともあるもんだな」

「伝言でしたら僕が戻ったら伝えておきますが?」

「いや、さっきのダンボールの中にプリントが挟まっていたから届けに来ただけだ。ついでにさっきのことに関して一言言うつもりだったが」

 明らかに本当の要件は後半のように聞こえるがあえて何も言わなかった。

 僕は先生が差し出したプリントを受け取りながらチラッと見る。

『未来研究開発会開催のお知らせ』

 一体なんの未来の研究開発会なんだろう。そもそもこんなものが行われていることすら知らなかった。

「君は見たところ一年生のようだが柴堂とはどういう関係だ?」

「えっと…… 色々あってお手伝いをしたりなど……」

 学園海賊に入っている訳でもないし、そもそも教員側に認知されているのかすら分からないためぼかすような答えになってしまった。

「そうか。まああいつが普通の生徒とも仲良くできているならいいか」

「それはどういうことですか?」

「柴堂は発明の天才だ。こんなへんぴな高校にいるのがおかしいくらいに。本当ならすでに大学……だけではなく企業にいてもおかしくないくらいだ」

 机に置かれたよく分からない部品を手に取りながら先生は言う。柴堂先輩が天才というのはこの学校では共通の認識なんだろう。

「うちにも物を作る部活はあるが分野も格も違う。それがストレスとなりあいつの研究開発が進まなくなったらうちの評判が落ちてしまう。だからあいつには部活への加入が免除され特例でここが貸し出された」

 普通の高校生が学校の一準備室を占領することなんてできるのか疑問に思っていたがそういう理由があったのか。

それにしても蒼美先輩に続いて柴堂先輩も特例で部活動への加入が免除されているなんて。

「だからと言って私は手を抜くつもりはないがな。君も何か無茶ぶりをされたら遠慮なく言ってくれ」

「分かりました」

 先生が準備室から出て行くのを見送りながら僕は再びプリントに目を落とした。都内の超有名大学の講堂を使ってやるらしく、開催日はなんと明日だった。

 ダンボールの中に仕込んでいたということは行かないつもりなんだろうか。戻ってきたら聞いてみようかな。

「やあ、待たせたね」

 先生が返って数分後に柴堂先輩が戻ってきた。その手にはビニール袋を持っており中からパックのカフェオレを僕に差し出す。

「思いのほか時間がかかってしまってね」

「すみません。ありがとうございます。と、そうだ。これ」

 カフェオレを受け取りながら僕は机に置いておいたプリントを柴堂先輩に渡した。

「これは……」

「先ほどゴミ捨て場にいた先生が持ってきました」

「まったく気が付かれないようにしたんだが」

「行かないんですか?」

 プリントをペラペラと振りながら柴堂先輩はビニール袋を机の上に置いた。その様子からあまり気が進んでいるようには見えなかった。

「話を聞く分には知識として得るものがあるが……」

「何か問題があるんですか?」

「助手を一人連れてこいと言われていてね。いない人のことも考えてくれという話だよ」

 先ほど先生の話では他の部活の人と折り合いは悪くないのかもしれないが柴堂先輩の頭の良さについてこれる人なんてそうそういない。

「わたしの無茶ぶりを聞いてくれて何を言わずに手伝ってくれる。そんな都合のいい人なんて…… おや?」

「な、なんですか?」

 何かを閃いたように僕を見つめる柴堂先輩。この話の流れからするとあまりいい予感はしない。

「君、明日暇かい? いや、授業なら心配しなくていいか。わたしが直々に欠席届を出しておけば問題はないか」

「えっと…… これってもう決定事項ですよね」

「ああ。明日、八時にここ集合だ。わたしは明日用の資料の準備があるから今日は帰ってもらって構わない」

 どうやら僕の明日の予定が一瞬で決まってしまったらしい。

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