第三章 航海~今と過去~(3)②

「あの、蒼美先輩」

「なに?」

「試合に出場できないというのは本当なんですか?」

「うん。そうだよ。あたしは全ての公式、非公式の大会及び試合に出ることができない」

 蒼美先輩は特に表情を変えることなく僕の質問に答えた。でも表情を変えないというのがある意味、蒼美先輩の気持ちを表していた。

 喜怒哀楽がはっきりしているからこそ表情が変わらないというのはそこに対して何も思いがないということだ。

「あたしはね。昔からあらゆる運動が得意だった。とりあえずやればできた」

 黙ってしまった僕に変わって蒼美先輩が一人で話し出す。

「純粋無垢って自分で言うのもなんだけどスポーツは楽しかったし、勝てばみんな喜んでくれた。だから素直に楽しんでいた」

 昨日もバスケ部相手に一人で笑みを崩すことなくプレイしていた。楽しくやっているというのは今も共通していることのはず。

「でもその裏であたしの才能に嫉妬して、恐怖して、絶望してやめていく人たちが見えていなかった」

 実際にいたのか。それは本人しか知るところではないがそう言うということは……

「そんなある日、中三の夏休みが終わったくらいだったかな。受験に向けて頑張りましょうって時にあたしは体育連盟に呼ばれた」

『体育連盟』その言葉が出てきて僕は落としていた視線を上げた。

「あの時のあたしは何も考えてなかったからきっとすごい高校を紹介してもらえるんじゃないかって思ってた」

 自分が好成績を残していてそんなところに呼ばれたら誰だって想像してしまうはず。

 そうしたら、そこで区切った言葉の先を蒼美先輩は口に出さなかった。

 無理しないでいいですよ。と言うとしたが先に深呼吸を一つして続きを始めた。

「蒼美ミナ君。申し訳ないが他の有望な選手たちを守るために君の全ての大会及び試合の出場を禁止する。なんて言われちゃったから驚いちゃったよ」

 極めて明るい声を出しながら蒼美先輩は振り返るように言う。

「抗議は、しなかったんですか……?」

「もちろんしたよ。でも……」

『君があらゆるスポーツで好成績を残し活躍していることは我々も承知している。しかし君一人の活躍でその選手生命を絶つ者もいる。一つの優秀な芽も大切だが我々はもっと多くの芽を輝かせなければならない。それを分かって欲しい』

 打って変わって淡々とそれを述べていく。多分一字一句言われた通りなんだろう。

 もしかしたらこれが呪いのように蒼美先輩を縛っているんだろう。

「そんなこと言われちゃったらね。なんかどうでもよくなったよ」

「それは……」

「他の人たちが感じた絶望感はこんな感じだったのかなってその時初めて思ったよ」

 ただ純粋にスポーツを楽しんでいただけなのにあまりにもひどい仕打ちだ。

「その代わりに高校入学に関しては我々からも口添えをするって言われて。でもそんなことあの時のあたしの頭には入らなかった」

 そしてそこまでスポーツの強豪校ではないこの高校に。だとしてもスポーツから縁を切れるものではないが。

「それで今の助っ人の立ち位置に?」

「まあ、学校側も気を利かせてくれたんだろうけどね。それが逆効果になるとは思ってなかったみたいだけど」

 その意味を問おうとした時、昨日佐久間先生が言っていた一時期自暴自棄になっていたというのを思い出した。

「楽しそうに部活をやっている人たちが羨ましくてそして妬ましくてあたしは参加した部活で部員を問答無用で叩き潰した」

「危害を加えたとかですか?」

「そこまではしないよ。でもサッカー部なら一対十一で圧勝したり、バスケでは試合中相手に一度もボールを渡さなかったり。その他にも今考えたら本当に大人げないことをしていた。ただやつ当たりをしているだけだった」

 そんな不利な条件だったとしてもやりかねないと思ってしまうのは今まで数回蒼美先輩の運動神経の良さをこの目で見ているからだった。

「まあそんなことをしてればみんなから避けられたよね。関わると叩き潰されるって」

「想像できないです」

「まあね。今はどうにか関係を修復したって感じだし」

 サッカー部もバスケも普通に輪の中に入っていたのを見ていたから最初から関係は良好なのかと思っていたが多分僕の想像を超える苦労があったに違いない。

「ちょうど去年の今頃かな? キャプテンと柴堂さんがあたしの前に現れたのが」

「お二人がですか?」

「そう。一年に面白いやつがいるって聞いた。なんて言いながらね」

 なんだか赤里先輩なら言いそうだなと僕は笑ってしまった。しかしその時はまだ黒崎先輩はいなかったのか。

「そして言われたんだ。俺と勝負しようぜ。俺が勝ったら仲間になれって」

 またそんなお決まりなセリフを言ったもんだ。

「最初はバカなんじゃないかって思った。このあたしに勝負なんて。それであたしが勝つけどその場合はどうするのって聞いたらさらにバカなんじゃないかって思った」

「赤里先輩はなんて言ったんですか?」

『そんな時はお前の言うことをなんでも聞いてやるよ。飯奢れでも舎弟になれでも。体育連盟に一言文句言ってこいでも。なんでもいいぜ。勝つのは俺だからな』

 ある意味、赤里先輩という人を現したものだった。誰に対しても臆することなく相手の事情など関係なしに向かっていくそんな力強いものを持っている。

 それにしてもそこで体育連盟の名前が出てくるということは赤里先輩は蒼美先輩の事情を把握していたのか?

「三本勝負ってことになったんだけど、正直さっさと終わらせるつもりだった」

「だった?」

「サッカーでPK勝負、バスケでフリースロー、そして短距離走。明らかにこっちに有利なものばかりだったのに一進一退の攻防で二番勝負が終わった時点でどっちも勝ち点はゼロだった」

 ということはPK勝負もフリースローもどちらも外すことなくサドンデスに突入して最終的に勝負が付かなかったと。

「だから最後は短距離走で決着をつけることにした」

 でも陸上競技は蒼美先輩がもっとも得意としている分野のはず。さすがの赤里先輩でも勝つのは難しいはず。

「当然あたしが勝つつもりだった。でもキャプテンは涼しい顔で並走して、最後は一緒にゴールした」

「あるんですか? 同時にゴールって」

「あり得ないことはないけど大体はスロー判定でコンマ一秒を確かめたりするけど。あの時は計ったように同時だった」

 正直赤里先輩も底のしれない人ではあるけど、蒼美先輩と並走して同時にゴールできるかと聞かれるとできなさそうな気がする。

「まあ後から聞いた話なんだけどあの勝負、柴堂さんが絡んでたんだよね」

「柴堂先輩が…… あっ⁉」

 柴堂先輩の名前が出てきてこんな反応をしたら失礼かもしれないがその言い方だとあまりいい絡み方はしていなさそうだった。

「キャプテンは柴堂さんの発明品を使っていた。まったく憎いよね」

「その勝負って有効なんですか?」

 その時にバレていなかったとしても不正をしていたのだから勝負の無効ややり直しだってあり得ずはず。

「でもあたし言っちゃってたんだよね。どんな手を使っても構わないって」

 肩をすくめながら言う蒼美先輩を見ながら僕は小さく笑った。

 何をされても勝つ自信があったのだろう。でもそれが裏目に出てしまったと。

「それからというもの勝負の日々は続いた。どっちかが参りましたって言うまで」

 本当のサドンデスに突入してしまったのか。蒼美先輩も今まで全戦無敗だったから引き分けだったとしても結果が許せなかったのかもしれない。

「そんなある日ね、気が付いたの。キャプテンとの勝負を楽しんで楽しみにしている自分がいることに」

「楽しんで楽しみに。ですか」

「元々、みんなへの羨ましさと妬ましさ。そしてそれをどうすることもできない自分へのいら立ち。色々あったんだけどキャプテンと終わらない勝負をしているうちにそんな気持ちがどっか行ってたんだよね」

 今まで少し暗めの表情をしていた蒼美先輩は打って変わっていつもの満面の笑みを浮かべた。

「あたしは頭で考えるより体を動かした方が性に合ってるみたいでね。今の状態を受け入れる努力もしないで鬱々としていても仕方がない。そう思うようになったの」

 受け入れるというのは公式、非公式の試合に出ることができない事だろう。

 でもそれでは体育連盟の言いなり。蒼美先輩はそれでよかったのだろうか……

「それじゃあ、体育連盟に負けたことにならないかって思うかもしれないけどそもそも戦ってないしね~」

 口に出してはなかったのに蒼美先輩は僕の考えをお見通しかのように笑いながら言う。

 確かに体育連盟側も蒼美先輩一強となり他の優秀な人たちが競技から離れて行かないための処置であり気に食わないから出場禁止にしたわけではない。

「だから今は休憩期間。今までスポーツしかやってこなかったから他のことに精を出すことにした。メイドちゃんとお菓子食べながらダベるのも柴堂さんのよく分からない開発を見るのもキャプテンとゲームをするのもみんな楽しい! もちろん今こうして見習い後輩くんと初めてのファミレスに来るのもだよ」

 最後に残っていたポテトを手にしながら蒼美先輩は今日一番の笑みを見せる。

 休憩期間ということは今の状態を受け入れはしたが満足はしていないんだろう。試合に出ることそれが高校にいる間の目標なんだろう。そして赤里先輩に勝つことも。

「いい感じにまとめましたけどポテト、ほとんど蒼美先輩が食べましたね」

「うっ⁉ バレてた」

「大丈夫ですよ。また何か頼みましょうか」

「じゃあじゃあ! また呼びベルはあたしが押す‼」

 置かれていたベルを自分の前に確保しながら子どものように言う蒼美先輩を見ながら僕はメニューを広げるのだった。

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