第三章 航海~今と過去~(3)
~五月二十四日~
次の日、僕は蒼美先輩の話が頭に残っておりあまり授業に集中できていなかった。
僕が気にすることではないのは分かっているがあんな話を聞いてしまって気にしないと言う方が難しい。
そんな感じで心ここにあらずの状態が続き、いつの間にか放課後になっており、教室内にも人がほとんど残っていなかった。
スマホを確認するが誰からも連絡は来ておらず今日は誰からも呼び出しがない日なんだろうと思った瞬間、開きっぱなしの教室の入り口から顔を出す一人の生徒がいた。
「蒼美先輩?」
「お、気付いた。やっほー」
近づくといつものように明るい声が返ってきた。
「どうしたんですか? 連絡は来ていなかったですが」
「突撃! 見習い後輩くんの教室‼ 的な?」
「なんですか。それ」
あまり深く意味を考えない方がよさそうな発言に僕は苦笑いしてしまった。
「まあ、それは冗談で。少し付き合ってよ」
「今日はどこの部活ですか?」
そんなことを聞きながら蒼美先輩をよく見て見るといつもなら持っている大きめのエナメルバッグは持っておらずスクールバッグを持っていた。
「ううん。今日は部活じゃない。着いてからのお楽しみ」
「分かりました」
こういう時は素直に付いて行った方がいい。無理やり聞いて相手の機嫌を損ねるのも悪いし。蒼美先輩のことだから今から富士山に行くとかそんなことでないだろう。多分。
学校を出た僕たちは駅に向かって歩いていた。その間、蒼美先輩は絶えず僕に話しかけてくれた。昨日のバスケの話もその前に参加したラクロスやフェンシング部など。
改めてうちの高校にはたくさんの部活動が存在し、蒼美先輩はその中の運動系にほぼ参加したことがあるそうだった。
あまりメジャーではないのもあるはずなのに率先して参加できるのはやはり蒼美先輩が運動の天才だからなんだろうか。
「はい! 着きました~」
そんなことをしているうちに目的の場所に到着した。
「ファミレス、ですか?」
そこは駅近くにあるよくあるファミレスだった。たまに教室でここに寄り道しようなんて話を聞くくらいうちの生徒御用達の場所だ。
「そうそう! 一度来てみたかったんだよ~」
「来たことないんですか?」
「そうなんだよ~ だから来てみたかったんだよね~ さあ! レッツゴー‼」
スポーツをやっているなら打ち上げなどでこういう場所を使うイメージがあるけど意外とそうでもないのかもしれない。
蒼美先輩に引っ張られながら僕はお店の中に入るのだった。
四人掛け席に案内された僕たちだったが目の前に座る蒼美先輩は周りをキョロキョロと見渡して落ち着かない様子だった。
「どうかしましたか?」
「いや、念願のファミレスに超心が躍ってる」
嬉しさを噛み締めるように蒼美先輩は言葉を漏らす。ファミレスに来てここまでの反応をする人もあまりいないだろう。
「ねえねえ、見習い後輩くん。これって何?」
一通り嬉しさを噛み締め終えたのか興味は次のところに移っていた。
「それは注文が決まった時に店員さんを呼ぶやつです」
「ああ、ここを押すんだね」
「あ、待ってくださ……!」
僕の制止も間に合わず蒼美先輩は呼び出しベルのボタンを押してしまった。ポーンという音が店内に鳴り響き、三十秒もせず店員さんがやってきた。
「お決まりでしょうか?」
「おー、本当に来た!」
「あ、えっと、この大盛りポテトとドリンクバー二つお願いします」
「かしこまりました」
とりあえず定番だと思われるものを頼んでその場は切り抜けることができた。
「凄いね! 本当に来た」
「そうですね。でも次からはちゃんと用がある時だけにしましょうね」
「はーい」
勢いで押してしまったことを自覚しているのかしっかりと反省した様子だった。
まあなんというかバスの下車ボタンを子供が押したがる。そんな感じなんだろう。多分これから店員さんを呼ぶ時にはボタンを押すことはできないはず。
ひとまず注文をしたためドリンクバーを取りに行くことにした。ドリンクバーの機械も見慣れていないのかとても興奮した様子で飲み物を選んでいた。
「それで今日はなんでファミレスに?」
席に戻りポテトが運ばれてきたのを確認しながら僕は今日の本題に入ることにした。
ただファミレスに来たかっただけという訳でもなさそうだし。もしそうだったとしてもなぜそんな思い付きをしたのかを知りたかった。
「う~ん。まああたしが来たかったってのもあるけどなんか見習い後輩くんが元気なさそうだったから」
「僕が、ですか?」
「うん。昨日の帰りくらいからかな~ さっくーちゃんと何か話してたみたいだけど」
さっくーちゃんというのに聞き覚えがないと思ったが佐久間先生のことだと気が付くのに少しかかってしまった。親しみを込めてなのかもしれないがせめてちゃんと名前で言って欲しかった。
「えっと……」
佐久間先生と話をして以降元気がなくなったというのはあってはいるがあまり蒼美先輩も触れて欲しくない事かもしれないし口に出していいのか迷ってしまう。
「大方あたしのことでしょ」
「その…… はい。すみません」
「見習い後輩くんが謝ることじゃないよ~」
的確に当てられてしまい、小さくなる僕に対して蒼美先輩はなんてことなくポテトを摘まみながら笑っていた。
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