第三章 航海~今と過去~(2)
~五月二十三日~
結局昨日は誰からも連絡が来ることはなかった。そういう日もあるかと思いながら登校して普通に授業を受ける。
そして放課後になるとスマホに一件のメッセージが来た。
『やっはー。昨日は休めた? ところでこの後暇?』
文面だけでも誰か分かってしまった。
『はい。何もありません』
すぐに返事をすると既読が付いた。
『よっし! それじゃあ昇降口集合でいい?』
小躍りするようなスタンプと共にそんな文が送られてきた。
『分かりました。すぐに向かいます』
それを送った僕はカバンを持って急いで教室を出た。自分でも驚くくらい早く動き出したがきっとどこかでこの連絡が来ることを待っていたのかもしれない。
階段を降り昇降口に着くと青色のリボンを付けたいつもの蒼美先輩がいた。いや、正確にはその制服はブレザーを着ておらず半袖のシャツだった。
「おっ、早いね~」
「先輩を待たせるわけにはいかないと思いまして」
「別にいいって。そんなの~」
笑いながら僕の肩を叩く蒼美先輩。その勢いは意外と強く痛かった。
僕を叩き終えた蒼美先輩はそのまま体育館へ続く通路の方に歩き始めた。
「それで今日もサッカー部ですか?」
「ううん。違うよ」
「では陸上部ですか?」
「ノンノン」
人差し指を左右に振り、不正解という蒼美先輩。
「今日はバスケットボール」
「バスケ、ですか……」
始めて見た時は陸上、次は女子サッカー。そして今回はバスケ。蒼美先輩は一体いくつの部活を掛け持ちしているのだろうか。
女子更衣室前に着いたところで蒼美先輩は僕に荷物を預けた。そしてそのまま更衣室に入って行った。さすがに目の前で待つのは色々視線が気になってしまうため少し離れた場所で待つことにした。
五分もしないうちに先輩は出てきた。学校指定の体育着ではなくどこかのメーカーのスポーツウェアだった。
「おっ待たせ!」
「体育館って暑くないですか?」
「最近さらに熱くなってきたからね~ 制服は夏服の方がいいんだけど」
「そういえば夏仕様でしたね」
「あんまり堅苦しいのって好きじゃないんだよね」
そんな会話をしながら体育館に行くと男子と女子のバスケ部が半分ずつ使っていた。舞台とは反対側の入り口側を使う女子バスケ部はストレッチの真っ最中だった。
「じゃあ前と同様荷物をお願いね!」
「分かりました。頑張ってください!」
「おー‼ 任せとけ」
手首などのストレッチを始めながら女子バスケ部の集団に蒼美先輩は合流していった。
練習が始まりすでに一時間以上は経過しただろう。数回の休憩を挟みながら目の前では試合に近い形のゲームが行われていた。体育館の床とバッシュの擦れる音があちらこちらから聞こえ、練習とはいえ本気具合が窺えた。
バスケ部の人たちも素人目から見てもとても上手く僕が相手をしたら簡単にいなされてしまうだろう。しかしそんな中でも蒼美先輩は特に輝いていた。
陸上の直線的速さの中しっかりとドリブルをしてブロックに入った相手には急ブレーキによるフェイントでかわす。緩急をつけた動きが洗礼されていた。
シュートもどこからどの体勢で打っても必ずゴール入れ、スリーポイントも難なく決めていた。
運動神経抜群という言葉は蒼美先輩の為にあるのではと思ってしまうほどだった。
しかし今まで見て来た度の部活も経験者以上の力を見せているのになぜどこか一つの部活に落ち着かないのだろうか。そうすればもっと上達して有名な大学やスポーツクラブから推薦が来てもおかしくないのに。
「本当にもったいないよね」
「えっ?」
突然横からそんな声がして顔を向けるとジャージを着た女性が立っていた。
いつの間にか思っていたことを口に出してしまったのかと口に手を当てていると女性は小さく笑った。
「もったいないよね。あんな才能を持っているのに」
「え、あ、はい……」
「そういえば一年生の、特に男子とは縁がなかったか。私はバスケ部顧問の佐久間です。担当教科は女子の体育」
自己紹介をする佐久間先生に僕は慌ててお辞儀をした。確かに女子の体育の先生とはあまり接点がないため知らなかった。
「すみません」
「いいよ。これを機に覚えておいてね。これテストに出るから」
ウインクをしながら笑う佐久間先生を見ながら僕は先ほどの話に戻った。
「それでもったいないと言うのは……」
「彼女が優秀過ぎるっていうのもあるんだけどね。あの子は全ての競技の試合に出場することができないんだよ」
「えっ……」
突然の発言に絶句する僕を横目に今もなおコート内を縦横無尽に動き回る蒼美先輩を見ながら佐久間先生は続ける。
「蒼美ミナ。幼少期からスポーツ界では有名だった。ありとあらゆるスポーツを得意として出る大会及び彼女がいるチームは全て優勝。スポーツの神様に愛されたのかもね」
スポーツ全般が得意そうだとは薄々感じていたがまさかそこまでとは。海賊内で『アスリート』と呼ばれている意味が分かった気がした。
「中学でも大会で彼女の名前が一番上から落ちることはなかった。ここまでの天才がいるなんて誰も思っていなかった」
「でも何で試合に出ることができないんですか?」
「彼女は天才すぎた。中学三年生になった時体育連盟は彼女の処遇について考え始めた。彼女一人で勝敗が決まってしまう中、他の選手たちの道を閉ざしてしまうのではないかって。絶対に勝てない壁があった時、他の優秀な選手たちが競技から離れてしまうのではないかと」
他の人の挫折を阻止するために蒼美先輩が犠牲になった?
そうとも取れる話を聞きながら僕は静かにこぶしを握り締めていた。
「そんなやってみないと分からないのでは……」
「今のバスケ部を見てもそう思う? あの子たちも努力しているしそれなりに優秀な子も入部してくれたのよ?」
目の前で繰り広げられるバスケのゲーム。僕と先生が話をしている間も進行していたがボールを持っているのはほぼ蒼美先輩だった。必死に食らいつきボールを奪うことができても次の瞬間には蒼美先輩の手にボールがある。実力差は明白だった。
現実を見せられて僕は何も言い返せなかった。
「だから体育連盟は彼女の試合出場禁止を決めた」
「蒼美先輩は何も言わなかったんですか」
「何も言わなかった。それに言ったところで変わるものでもなかった」
俯きながら先生はポツリとこぼした。体育連盟という大きな組織に対して一個人の意見など意味をなさないんだろう。
「そして彼女はうちに入学した。どこの部活にも入らない条件付きで」
「それっていいんですか?」
「彼女の場合は特例。さすがにそんな仕打ちを受けて絶対に入れは酷だから。その代わりに今みたいに助っ人兼コーチの役割をしてもらっているの」
そこで初めて今までの蒼美先輩の部活動との付き合い方の線が繋がった気がした。どこにも入らない代わりに全ての部活に参加することができる。サッカー部で部員の人とは少し離れた位置にいたのもどこの部活にも加担しない距離感を守っていたんだろうか。
「一時期は自暴自棄みたいに自分の全力で他の部員を圧倒してたけど今は落ち着いてよかったわ。笑顔も増えたみたいだし」
大人の勝手に振り回される蒼美先輩を可哀そうと思うと同時に体育連盟が言うことも一概に間違っていないため形容しがたい感情が心にあった。
「あなたもよかったら仲良くしてあげてね」
最後にそれだけ言うと佐久間先生は首から下げたホイッスルを鳴らしながらコートに近づいて行った。
その日はそれで部活は終了らしく蒼美先輩も僕の元に戻ってきた。そして更衣室へ着替えに行ったがその時もバスケ部の人たち一緒ではなかった。
この話について蒼美先輩に聞くことはしない方がいいだろう。誰だって触れて欲しくないことはあるだろうし。
荷物持ちをしたお礼としてコンビニでアイスを奢ってもらったが様々な考え事であまり味は覚えていないかった。
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