第二章 校内で噂の学園海賊(6)②
計のアラームが鳴り、前半三十分が終了した。いつの間にか鬼になっていた僕はその後必死に追いかけ誰かにタッチしようと奮闘した。
その結果————
「えっと…… コーラとお茶とスポーツドリンクにオレンジジュース。それと僕のか」
負けたのは僕だった。二十分もあれば誰かしらにタッチできるかもしれないなんて思っていたが考えが甘かった。蒼美先輩には単純に追いつかないし、赤里先輩はまるでアクロバットをするように軽快に僕の手を避けていった。柴堂先輩は相変わらず空中を浮遊していた。
そして一番驚いたのが黒崎先輩だ。運動神経は未知数だったが他の三人がダメならと必死に追いかけたが息を切らすことなく僕との距離を開け、場外ギリギリに追い詰めても踊るように僕の手を避けた。それで何回芝生にダイブしたことか。
そんなこんなで時間だけが過ぎていき、最初の奢り係は僕になった。自販機で買うのではなく少し歩いたところにある売店だった。多少値段が張るのではと思ったがそんなことはなくもしかしたら自販機で買うより安かった。
五人分のペットボトルを抱えて原っぱに戻るといつの間にか敷かれたレジャーシートに座っている先輩たちがいた。その中心にはお菓子も広げられていた。
「あ、おかえり~」
「遅いぞ~」
「赤里さん。せっかく買ってきて下さったのになんて発言を」
「あー悪い悪い」
「反省の色はなしと」
ワイワイと話す先輩たちに飲み物を配り、僕も空いていた一角に腰を下ろした。
「ありがとうございました。後でお代を……」
「だ、大丈夫ですよ。ルールですし」
優しい声をかけてくれる黒崎先輩の申し出を断りながら中央のお菓子に手を伸ばす。甘いにしょっぱい、すっぱい、苦い。多種多様のお菓子の中から適当に摘まんでいく。
「にしても見習い。よく粘ったな」
「そ、そうですか?」
「ねー、アタシにもめちゃくちゃ頑張って追いつこうとしてたし」
「ああ。あれは上から見ていても目を見張るものがあった」
「つーか。次の後半戦ドクターはあの乗り物なしな。さすがにあれじゃ俺もアスリートもメイドもどうすることもできない」
オレンジジュースを飲みながら赤里先輩が柴堂先輩に忠告する。さすがに高さの制限がないと言ってもあれはルールに反するようだった。
「ふむ。仕方ない。まあ十分データは取れたからいいだろう」
人を乗せて飛んでいるだけでもすごいのにあれ以上どんな改良を加えるのだろうかと気になる反面怖さも覚えた。
「では、あのドローンを仕舞ってくる。少し待っていたまえ」
柴堂先輩は傍らに止めてあったドローンに乗って高く飛び上がって行ってしまった。
「まったくあいつの好奇心は困ったもんだぜ」
「でもそのホッピングシューズも腕時計もその好奇心がなきゃできなかったじゃん」
「えっ、赤里先輩の履いている靴。柴堂先輩の発明品なんですか⁉」
一見すると普通のランニングシューズにしか見えないは見せてもらった裏側を見ると確かにバネのようなものが付いていた。これであのアクロバティックな動きを可能としてたのか。
「ああ。ついでに言うといつも付けている眼帯にブレザーも」
「初耳なんですけど……」
「眼帯は様々な情報を映し出すヘッドマウントディスプレイ。ブレザーは何があっても絶対に肩から落ちないものになっているそうです」
眼帯はただの雰囲気付けだと思っていたがそんな凄い機能を持っていたなんて。それにブレザーも確かに高所から飛び降りても肩に固定されていたのを思い出した。
「しっかし、この腕時計暑くね。蒸れてくるんだけど」
「少しバンドを緩めてみてはどうでしょうか?」
腕時計を見ながら赤里先輩が言うと黒崎先輩が提案をする。
腕に当てると自動でジャストフィットするように出来ていたが一応手動でも調節は可能となっていた。
バンドを調整してすっきりした様子の赤里先輩だったが腕を下に降ろすとすり抜けてしまいそうなほど緩くしていた。
そしてそんなことをしているとドローンを仕舞いに行っていた柴堂先輩が戻ってきた。
「待たせたね。では始めようか。後半戦を」
ドローンを置いてきたのにまだ秘策でもあるような自信ありげな表情をする柴堂先輩。
そして————
『残り時間五分』
「これは…… 絶体絶命ってやつなのでは」
かくして始まった鬼ごっこ後半戦だったがそれは混戦を極め、二十五分が経過しようとしていた。
最初の鬼はもう一度赤里先輩からになったのだが今回は最初っから全員が本気だった。前半戦も十分速かったのだが後半戦はそれの比にならないくらい全速力。赤里先輩は蒼美先輩を全力疾走で追いかけ、本気に近い蒼美先輩にタッチしてしまった。
前半戦でもそれなりに本気だったはずなのにどこにそんな余力が残されていたのだろうか。しかしそんなことに感心している暇はなかった。
タッチされたことでスイッチの入ったのか陸上選手顔負けというか明らかにそれよりも早い疾走を見せ、速攻で鬼は柴堂先輩に変わってしまった。
ドローンという秘密兵器を失った柴堂先輩はどうやってこの場を乗り切るのかと思ったが答えは簡単だった。
ターゲットを絞ると直立のままものすごいスピードで地面を滑り始めた。
何が起きているのか理解できなかったがよく見ると靴の下にキャタピラのようなものが付いており、芝生の上でも歩くことなく高速移動を可能としていた。
あれがダメならこれという機転の良さは素直に凄いと思う。けどそれもありなのかと問いたくもなっている。でも赤里先輩のホッピングシューズがありならいいのか。
堅実的な移動速度を手に入れた柴堂先輩から逃げるためにその場を離れようとしたが標的は僕ではなく黒崎先輩だった。
今まで一度も鬼になってない黒崎先輩だったが今回はあっさりと柴堂先輩にタッチされた。さっきまで見せていた華麗な回避はどこにもなく無抵抗だったが確かにあんな突進に対してむやみやたらに回避をする方がかえって危ないかもしれない。
そして初めて鬼となった黒崎先輩。その実力は未知数で計り知れない。するととても綺麗なフォームで駆け出し、近くにいた赤里先輩を追いかけ始める。
基本に忠実。そんな言葉がよく似合うそんな走りで赤里先輩がタッチされる。
その後も目まぐるしく鬼は変わっていったが基本的に変わるのは四人の中だけで僕は完璧に蚊帳の外だった。このまま忘れ去られて三十分逃げ切れるのはないかと思ったがそれと同時にそれでいいのかという気持ちも湧いた。
前半戦はちゃんと参加して鬼を変わることはできなかった。だが今は参加しているかすら怪しい。
海賊の仲間など関係なしに遊びに誘ってくれたのにこんな参加の仕方は失礼なのでは。たとえ勝てなくても最後まで参加することに意義があるのではないか。
そして僕は立ち止まっていた場所から一歩前に進んだ。
そんなこと意気込んで輪の中に入ったのはよかったがそれによって標的に一人として認知されてしまい速攻で蒼美先輩にタッチされてしまった。
それから必死に鬼を変わるために追いかけたが基礎体力と元から持っている素質の差により僕は圧倒的不利に立たされていた。
残り五分を切った鬼ごっこ。このままでは再びジュースを奢ることになってしまう。それだけはなんとしても回避しなければと肩で息をしながら比較的近くにいた赤里先輩を追いかける。
しかし蒼美先輩ほどではないにしても底のない体力で僕との距離は着々と開いていく。
手加減はされていないんだろう。たとえ見習いと呼んでいても全力勝負なんだろう。
こんな僕にも全力勝負をしてくれていることを嬉しく思い、若干悲鳴を上げている足の回転を速め少しだけその背中が近くなった瞬間、僕は何かを踏んで思いっ切り転んだ。
ジャージを着て来ていたためどこかを擦りむくことはなかったが鼻頭が少し痛い。
だが今は自分の心配ではない。顔をとっさに上げると数歩まで迫っていた背中はすでに遠くになっていた。
やっぱり僕はどうやっても負ける運命なのかと思いながら足元を見ると踏みつけた何かがあった。黒く輪っかを作るそれは見覚えがあった。
「これは、腕時計?」
拾い上げるとそれと同じものが左腕にも付けられていた。状況的に赤里先輩のものなのではと注視すると赤色のラインが入っていた。
そういえば休憩の時に暑いと言ってバンドを緩めていたからそれで落ちてしまったのかもしれない。
『『残り一分』』
二つの時計から同時に電子音が鳴った。もうすぐ後半戦も終わる。なのに僕は冷静だった。それはもしかしたらこの現状を打開できるかもしれない策を思いついたからだった。
この鬼ごっこのルールは原っぱ一杯がエリアで万が一それから出た場合もこの腕時計から特別なアラームで教えてくれる。しかし十秒以内に戻らなかった場合、強制的に鬼になる。
鬼の交代は相手にタッチ。それか自分の体の一部が相手の体の一部に当てればいい。もしくは腕時計から特別なアラームが鳴ること。
あとはその場のノリ。全力で楽しめ!
もし今考えていることがありなら僕は鬼ではなくなる。しかしそんなことをしてもいいのかという不安もあった。そんなルールの穴を突くような行為……
その時、鬼ごっこ廃止直前に赤里先輩に言われたことを想い出した。
『これには先輩も後輩も船長も見習いもない。ルールの穴を突きながら全力でやれ!』
その瞬間、僕は意を決して走り出した。目的は赤里先輩でも蒼美先輩でも柴堂先輩でも黒崎先輩でもなくエリアラインギリギリ。走り続けると二つの時計から時間終了とは違うアラームが鳴った。
それを聞いた僕は鳴らない場所まで下がった。残り時間を見ると二十秒。これでもしダメだったら潔くジュースを買おう。
僕は大きく振りかぶり————
「赤里先輩! ごめんなさーい‼」
精一杯大きな声で謝罪を述べながら腕時計を投げた。場外のアラームが鳴りながら腕時計は原っぱに落ちていく。
そして腕時計から鬼ごっこ終了のアラームが鳴った。
「さて、最後に鬼だったのは見習いか?」
終了のアラームが鳴り、僕たちは一か所に集まっていた。あれだけ走ったというのに僕以外息を切らしている人はいなかった。
「あ、いえ、そのことなんですけど……」
自分から言い出すのが怖くなって自然と声は小さくなってしまった。するとすでに分かっているのか柴堂先輩が小さく笑った。
「ふっ、まんまとしてやられたな。キャプテン」
「あ? なんのことだ」
言葉の意味が分からないと言った様子で首を傾げる赤里先輩。そして今度は蒼美先輩が何かに気が付いたように口を開けた。
「あー、なるほどねー。さっき見習い後輩くんが叫んでたのはそういう意味だったのか」
「だからなんの話だって」
「油断大敵ということです」
未だに自分の時計がないことに気が付いていない赤里先輩を追撃する蒼美先輩と黒崎先輩を見ながら僕は覚悟を決める。
これでズルとかルール違反と言われたら素直に認めよう。
「赤里先輩。最後の鬼は先輩です」
「うん? いや見習いは誰のこともタッチしてなかった…… あれ?」
そして自分以外が腕時計を見せるように腕を上げるのを見て、赤里先輩は自分の腕を確認する。そしてその腕に時計がないことに気が付いた。
「まさか……」
「はい。さっき時間ギリギリに場外へ僕が投げました」
「腕時計が鳴って十秒の間に戻らなかった。ルールによって鬼は君だよ。キャプテン」
柴堂先輩が拾っていた時計を渡しながら宣告する。
「……これはしてやられたぜ」
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