第二章 校内で噂の学園海賊(6)
~五月二十日~
ようやくやってきた土曜日。平日より少し遅い時間から動き始めのんびりとしていた。
平日が忙しかったため今日はゆっくりしていようと思っていると近くに置いておいたスマホがメッセージを受信した。
誰からだろうと確認をすると赤里先輩からだった。全員の顔合わせの日に連絡先を交換しておいたんだった。
『起きてるか』
簡易な問いに、はいと答えるとすぐに返信が来た。
『よし! 十三時にここに集合な!』
そんな文と共に地図の画像が送られてきた。
僕はまだ行くとも言っていないんだけどな。と思いながらそれに近いような文を送るとまたすぐに返ってきた。
『来ると信じているからな!』
これは拒否権のないやつだ。まあ元から予定はなかったから問題はない。それに休日に家でゴロゴロしているだけなのもなんとなく味気ない。
送られてきた画像だけでは分かりにくかったため改めて調べてみると学校の近くにある運動公園だった。校庭が使えない部活動は自主的にここで練習をしていると誰かが言っていたような気がする。
運動公園に行くのだから動きやすい格好をして行った方がいいかもしれない。
軽く昼食をとって僕は家を出た。電車に乗り学校の最寄り駅に向かう。そこからは学校とは真逆の位置にあるためスマホの地図を見ながら進む。
運動公園は子どもからお年寄りまでみんなが使える場所でよほど多い人数で行かない限り申請を必要としない。
運動場に着き、とりあえず案内図を見ていると後ろから僕を呼ぶ声がした。
「やっほー、見習い後輩くん」
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
先に来ていたと思われる蒼美先輩と黒崎先輩がこちらに近づいてきた。二人とも動きやすい格好をしていた。
蒼美先輩は前に運動着姿を見たことがあったが黒崎先輩はメイド服以外の服装を見るのが初めてで少しドキッとした。
「いや~ スポーツ日和だね」
「最近は暖かくなってきましたからね」
準備運動をしたり飲み物を飲む二人を見ながら、まだ人が足りないことに気が付いた。
「えっと…… 赤里先輩は?」
「まあいつも通りでしょ。もう少しで来るよ」
「こういう時は大体遅れてやってきますから」
「誰が遅れてくるって?」
声のする方にみんなで顔を向けると入り口から赤里先輩が現れた。そしてそれと一緒に縄に繋がれた柴堂先輩も。二人ともジャージを着ていた。
「こいつを捕獲するのに時間くってな」
「わたしを動物のように言わないでくれるか」
見るからに不機嫌な柴堂先輩に蒼美先輩は指を指して笑っていた。
「あはは、今の感じ散歩を嫌がる犬っぽい」
「誰にも止められなかったのですか?」
今の時代紐に繋がれて無理やり歩かされていたら警察に止められてもおかしくないしなんだったらSNSに上げられていても不思議ではない。
「さて、全員揃ったところでやるか!」
「何をするんですか?」
用件すら聞かされずここに来たため改めて何をするか聞いた。だが運動公園に来てすることなんて一つくらいしかないけど。
「何って鬼ごっこだよ」
「お、鬼ごっこですか?」
「何か不満でもあるか?」
「いえ、運動公園なのでもっとボールを使った何かかと」
すると腕を拘束されている柴堂先輩が縄を解きながらこちらを見た。
「君は何を言っているんだ。そこにボールを持たせたら一生奪うことのできない人がいるじゃないか」
柴堂先輩はジト目をしながら蒼美先輩を見た。そしてその視線に気が付いたのか頭に手を当て嬉しそうな表情をした。
「えへへ~ そんな褒められると照れるな~」
「蒼美さん。多分褒められていませんよ」
黒崎先輩が小さくツッコむが先輩には聞こえていなさそうだった。
でも確かに運動神経抜群の蒼美先輩がいる中で球技は誰も敵わない。
「あれ? でも蒼美先輩って陸上部でしたよね……」
「ハッハッハ、さすがに遊びで本気は出さないよ」
「と言って毎回、大人げなく全力を出すのが蒼美君だ」
「えっ! そんなことないよ! ねっ⁉」
同意を求めるように赤里先輩と黒崎先輩を見るがどうやら本当らしく何も言わずに二人とも顔を背けてしまった。
「そ、そんなバカな……」
「手を抜けっつっても絶対に全力を出すからな。こいつ」
「で、でも何事にも手を抜かない蒼美さんはわたくし好きですよ」
「うわーん。あたしもメイドちゃんすきー」
泣きマネをしながら黒崎先輩の胸に飛び込む蒼美先輩を見ながら縄を解き終えて自由になった柴堂先輩に近づいた。
「でもなんで鬼ごっこなんですか?」
「深い意味はないさ。最初に蒼美君が加わった時にやったものが定例化しただけさ」
「鬼から逃げて、タッチされたらし返す。単純なルールだからな」
いつの間にか隣に来ていた赤里先輩が肩に手を置きながら説明を付け足す。
確かにそこまで難しいルールではない。だがそれだけに自力が試される。皆さんがどれだけ運動をできるか分からないが正直勝てる気はあまりしなかった。
「心配すんな。死にはしねえ」
「その忠告が今日一番で怖いんですけど……」
単純なルールって言ったのになんでそんな怖いことを言うかな。
「ほら、そこはいつまでもじゃれついてねえでさっさと始めるぞ!」
こうして高校生五人による本気の鬼ごっこが始まろうとしていた。
入り口から運動公園の一角にある開けた場所に移動した。隠れる場所も一切なく見渡す限り原っぱでおおよそサッカーコート二面分の広さだと言っていた。
そこまで移動する間に簡単なルール説明はあったが原っぱに着いたところで改めて確認が行われた。
時間制限は三十分。それを二セット。それぞれの終わりに鬼だった人が人数分の飲み物を買う。範囲は原っぱ一杯。万が一範囲外に出てしまった時も柴堂先輩特製の腕時計のアラームが教えてくれる。しかし十秒以内に戻らなかった場合は特別なアラームが鳴り、強制的に鬼になる。
鬼の交代は相手にタッチ。それか自分の体の一部が相手の体の一部に当てればいい。もしくは腕時計から特別なアラームが鳴ること。
あとはその場のノリ。全力で楽しめ!
赤里先輩は特に最後の説明を重複していた。
柴堂先輩から腕時計が配布される。それぞれ赤、青、紫、黒、白とワンポイント色が入っており誰のものか一目で分かるものになっていた。
みんなで時間をセットしながらまさかここまで本格的にやっているんだと緊張が増していく。疲れたら終わりとかそんな感じだと思っていた。
「よし。最初の鬼はいつも通り俺がやる。異論は」
「ないよ~」
「なし」
「ないです」
「は、はい」
午後の一番暖かい時間帯で周りにはまったりとした時間が流れているがここにはこれから始まる戦いの緊張感が漂っていた。
「じゃあ、適当に散れ! 一分後に開始する!」
その言葉を合図に腕時計がピッピッという電子音が鳴りカウントダウンが始まる。
みんなそれぞれ右に左に散って行く。
「見習い」
それを見て僕も移動を開始しようとすると赤里先輩が呼び止めた。
「はい!」
「これには先輩も後輩も船長も見習いもない。ルールの穴を突きながら全力でやれ!」
「え?」
それはどういう意味ですか。と聞こうとしたがそれよりも先に僕を追い払うように手を動かした。
「さっさと行かねえとタッチしちまうぞ」
ニヤッと笑いながら脅しをしてきた。
僕は言葉の意図を聞くことのできないまま離れることになった。
一分経つと腕時計から『スタート!』と軽快な音声がして前半三十分の鬼ごっこが開始した。
遠くにいても目立つ赤里先輩が一気に走り始めた。狙うとしたら誰だろう。僕の可能性もあるがそれ以上に狙いやすそうな人が一人いる。先ほどの様子から見て柴堂先輩はあまり運動を得意としていなさそうだった。
と思い辺りを見渡すが柴堂先輩の姿が見当たらない。隠れる場所なんてないこの原っぱで一体どこに……
すると僕の頭上がいきなり暗くなり顔を上げた。そこには一面の青空でも大きな雲でもなく円盤状の飛行物体があった。
「えっ、なにこれ……」
少しずつ降りてくる飛行物体を避けるように僕は少し横にずれた。
「やあ、頑張っているかい?」
「って、柴堂先輩⁉」
円盤が着地をするとその上にはなんと柴堂先輩が立っていた。
「こ、これなんですか……」
「ドローンの改造型機さ。人を乗せて飛行する。なかなか上手くいかなかったが遂に完成してね。今回はその試運転さ」
なんてことなく話しをする柴堂先輩を見ながら僕はある疑問をぶつけた。
「それってありなんですか?」
「横の制限は決めているが縦の制限は決めていない。つまりそう言うことさ」
ルール違反はしていない。そう言いたいんだろう。だが明らかにタッチすることができない上空に逃げるのは果たしてありなんだろうか。
「さて、キャプテンがこちらに迫ってきているからわたしは逃げるとするよ」
柴堂先輩が視線を向ける方を見ると確かに赤里先輩がこちらに走って来ていた。
ブオンと音を立てながら柴堂先輩を乗せた巨大なドローン型の飛行盤は上空に飛び立っていった。
そして赤里先輩は飛び立った飛行盤を追いかけるように方向転換をしていた。少し離れているが、待ちやがれこの野郎!っと言っているのが聞こえた。
「あれをルールに反してないとかよく言うよね」
「あ、蒼美先輩」
「ローラー付きの靴にブースター付きの靴。前にはセグウェイの改造版なんて持ってきたんだから」
「もう常習犯なんですね」
ローラー付きの靴やセグウェイはなんとなく想像できるがブースター付きというのはどんなものなのか少し気になる。
「でもあれでもちゃんと公園に使用許可とか取ってるから真面目だよね」
「しないと出入り禁止になってしまいそうですしね」
「いや、実際なりかけたし」
笑いながら言う蒼美先輩に僕は苦笑いで返した。許可取りも必要だからするんじゃなくて前回出入り禁止になりかけたからなんだ……
「さてと。じゃああたしたちも鬼ごっこに戻ろうか」
そう言って蒼美先輩は僕の頭に手を置いた。
「そうですね。こんなところにいても仕方ないですしね」
「そうそう。という訳で鬼よろしく!」
「はい?」
突然のことに目を丸くしながら固まっていると僕の頭に置かれた蒼美先輩の手が目に入った。
「実はあたしが鬼でした!」
そんなネタバレと共に勢いよく駆け出す蒼美先輩。寸前に手を伸ばしたがその手は空を切り、目にも止まらぬ速さで僕から距離を作ってしまった。
まさか僕が柴堂先輩と話をしている間に。そして柴堂先輩もそれを知ったうえで赤里先輩が近づいてくると言って逃げて行ったのか。
「やられた……」
腕時計を見るとすでに十分は経過していた。もしこのまま誰もタッチすることができなければ最初の飲み物を奢る係は僕になってしまう。
袖を巻くり深呼吸を一つする。正直この場で追いつけそうな人は一人もいないけどやるしかない。
とりあえず一番近くにいる、蒼美先輩を目掛けて僕は走り出した。
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