第二章 校内で噂の学園海賊(5)
~五月十九日~
お昼休み、僕は一人中庭のベンチに座りながらパンをかじっていた。いつも一緒に食べる友達は部活のミーティングがあるらしくお弁当を持って行ってしまった。
中庭には僕以外にもレジャーシートを敷いてご飯を食べている人たちやボール遊びをしている人たちがいた。
朗らかな空気とやっとやってきた金曜日に僕の気は緩んでいた。この一週間は特にゆっくりする暇がなかった。基本的に教室で静かに過ごし、授業が終われば家に帰る。
そんな反復だけをしていたのにいつの間にか部活の付き添い(荷物持ち)、実験の手伝いにケーキの試食。
たったそれだけかと言われてしまうかもしれないが僕の中では忙しい一週間だった。
でもやっぱり海賊の一員になるということが心に引っかかっていた。もちろん皆さんと過ごす日々はとても楽しかった。
だがなぜ僕なのか。あの三人は全員すごい人だと思う。それにそれをまとめ上げる赤里先輩も。
僕は特にこれと言って特出したものは持っていない。あの紙を拾ったのが僕だったからという理由だけなんだろうか。
もしそうなら————
「何しけた面してんだ?」
「ふぇ?」
パンにかじりついた瞬間、後ろから声をかけられて、上半身を後ろに向けると眼帯が目印の赤里先輩が立っていた。
「昼間っから辛気臭い顔してるとドクターみたいになるぞ」
「……それ言って大丈夫なんですか?」
パンを飲み込みながら赤里先輩に言う。突然現れたから喉に詰まってしまうところだった。
「はっ、流石に聞いてるはずないだろ」
笑う赤里先輩に釣られて僕も笑いかけた瞬間、赤里先輩の額に何かが衝突した。虫でも当たったのかと驚いているとベンチに消しゴムが落ちてきた。
ふと向かいの校舎を見ると三階の窓にヘッドホンを首にかけた人影が見えた気がした。視力はそれなりにいい方だから目を凝らして見るとその影の口に当たる部分が微かに動いていた。
読唇術なんて会得していないがなんとなく動きで推測できた気がした。
『不快なことを言われた気がした』
あれは多分、柴堂先輩だろう。偶然居合わせたのだろうか。逆にそうじゃないと怖い部分もある。
「いって~ なんだよ、いきなり」
「大丈夫ですか? どこかから虫が飛んで来たんでしょうか?」
「ずいぶんとピンポイントな虫だな。にしては少し柔らかかったような気もするが」
とりあえずさっき見たことは忘れよう。そう思いながら気づかれないうちにベンチに落ちていた消しゴムを拾った。
「とりあえず座りますか?」
「ああ、そうだな」
額を擦りながら赤里先輩は僕の隣に座る。
「いつもここで食ってんのか?」
「いいえ。今日はたまたまいつも一緒に食べる友達がいなかったので」
「ほーん。なんなら俺たちを呼べばよかったじゃねえか」
「そ、そんな。皆さんの呼び出しには向かいますけどこちらから呼び出すなんて」
おこがましいというかみんなそれぞれに一緒に食べている人がいるはずだし、そんな中呼び出すなんてできない。
「遠慮する必要はねえよ。メイドくらいなら飛んでくるぞ」
「あはは…… かもしれませんね」
「ああ。前にもあいつ見習いができるかもしれないって知って……」
だがその言葉を言い切る前にどこからかナイフが赤里先輩にめがけて一直線に飛んで来た。
危ない、と言葉を言う前にすでに赤里先輩はそれを人差し指と中指で受け止めた。
「おい! あぶねえぞ!」
どこに向かって言っているんだろうと思っているとどこからともなく黒崎先輩が小走りでやってきた。
「申し訳ございません。手が滑ってしまいました」
「お前、絶対にわざとだろ」
そんなことありませんよ、と目を泳がせながら黒座先輩はナイフを受け取り、いつも通りのお辞儀をして戻って行く。
「な、なんだったんですか……」
「さあな。メイドの百八の秘密技の地獄耳と意図的なおっちょこちょいだろ」
それって秘密技にカウントされるのかな。
「それでなんの話だったか」
「僕が呼びだしたら来るかどうかという話です」
あんなことがあったのに普通に話を戻すのか。僕が当事者だったらその前の記憶が全部吹き飛んでしまうかもしれない。
「そういや、そんな話してたな。来ただろ。メイド」
「……?」
黒崎先輩が来た? どういう意味なんだろ…… あ、さっき言っていた黒崎先輩なら呼べば飛んでくるってもしかしてこういうこと⁉
先ほどの柴堂先輩同様、近くを通りかかっていたからだとばかり考えていた。でもそうなるとナイフを持っていることが不自然だったか。
室内にいたのに聞こえていたって地獄耳なんて言葉じゃ片付けられない気がする。
「あいつらとはどうだ」
「えっと、どうとは?」
「この三日間くらい色々付き合わされたんだろ」
「高校に入って一番忙しかったかもしれません」
正確にはあの日、赤里先輩に出会ってからの日々すべてだが。
「ふっ、やっと笑ったな」
僕に微笑みかけながら言う赤里先輩を見て僕は自分の頬を触った。まったく笑うような事ではなかったし、自分でもなんてことなく言ったつもりだった。
「個性が強いからな。馴染めているだけで十分だ」
「ついて行くだけで精一杯です」
「アスリートはバカだから扱いは楽だと思うがな」
そんなこと言うと怒られますよ。と言おうとした瞬間、赤里先輩の脳天に何かが当たり地面を転がった。それはゴム製の柔らかいボールで多分、誰かが遊んでいたものが誤ってこちらにやってきたしまったんだろう。
そしてボールを追いかけてこっちにやってくる人影が一つあった。
「あー、ごめんなさーい。ってなんだ、キャプテンか」
「いってえな! この野郎!」
「あはは、トスの加減を間違えちゃってさ。でもそこまで痛くなかったでしょ?」
「確かにそうだが反省の色が見えねえな」
ボールを拾いながら悪びれる様子のない蒼美先輩と今日三回目の不幸に怒っている赤里先輩。一応、蒼美先輩は僕を見つけて手を振ってくれたがこういう時どうすればいいのだろうか。
「ごめんって。あ、あたし人待たせてるから行くね」
「てめえ、話はまだ……って行っちまったか。相変わらず逃げ足も早えな」
「大丈夫ですか?」
「実際、柔らかいやつだからまったく痛くはねえ」
赤里先輩も本気で怒っている様子ではなくボールが当たった場所に手を置きながら困った表情をしていた。
とりあえず誰かの悪口を言うと確実に何かが起こることは分かった。いや、人の悪口を言うこと自体いけないことなんだけど。
僕がいなかった時もこんな感じだったんだろうか。そもそもどうやってこの四人は集まったのか僕は知らない。
「あの、僕は偶然だったとしてあのお三方とはどうやって知り合ったんですか?」
「うん? それはな……」
赤里先輩が言葉を発しようとした時、昼休み終了のチャイムが鳴った。いつの間にそんな時間が経過していたのか。
「さて、今日はここまでだ」
「なんだか、謀られたような気もしなくはないんですけど……」
「これこそ偶然だよ。それにそれは俺じゃなくてあいつらに聞いた方が早い」
ベンチから立ち上がり、大きく伸びをする赤里先輩。先ほどまでのんびりとレジャーシートの上で談笑をしていた人たちも忙しなく片づけをしている。
「それじゃ、なんかあったら呼べよ。俺たちはもう仲間なんだからな」
「いや、僕まだ入るなんて一言も言ってないですけど」
「そうだったか? 忘れたわ」
「結構重要なことなので忘れないで下さいよ」
校舎に向かって歩き出す赤里先輩の後ろを追いかけながら僕は言うのだった。
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