第二章 校内で噂の学園海賊(2)
~五月十六日~
激動の月曜日を終えて、すでに気分的には金曜日だったがまだ火曜日。いつも通り登校して授業を受ける。火曜日は体育もないため比較的平和に過ぎていく。
そして午前の授業が終わり、昼休みになった。いつも通り友達と一緒に昼食を取る。
「白井、なんかあったか?」
「え? なんかって?」
「いや、今日ずっと心ここにあらずって感じがしたから」
「あー、昨日少し夜更かししちゃって。少し眠いんだ」
ありきたりな言い訳だがどうにか納得してくれたようで昼食を食べるのに戻った。
さすがに突然、学園海賊の話題なんて出されても困惑してしまうだろう。
午後の授業も気を抜くことなく過ごしたが帰りのホームルームが終わる頃にはいつも以上にドッと疲れがやってきた。
もしかして部活動をやっている人たちはこんな状態から更に遅くまで部活をするのか。僕には到底できることではないな。
そんなことを考えながら昇降口に向かって歩いていると後ろからこちらに誰かが走る足音が聞こえた。
誰かが部活に遅れるから走っているのか思ったがその足音が聞こえなくなった瞬間、僕の背中に柔らかな感触と共に何かがぶつかってきた。
「いえーい!」
「お、っと、わ!」
どうにか転ぶことなくその場で踏ん張れたが一体何が起きたんだ。
何かが背中にぶつかる瞬間、声が聞こえた気がした。
そう思いながら背中の方に顔を向けるとそこにはニッコリと笑った女子の顔があった。
「いえーい、げんき?」
「って、蒼美先輩⁉」
「歩いてる姿が見えたから飛び込んじゃった」
悪びれもない顔で言う蒼美先輩。どうやら僕は今、先輩をおんぶしている形らしい。
だが、まだここは廊下で周りにもそれなりに人もいるため早急に降りて欲しかった。
「ねえ、見習い後輩くん。この後、暇?」
「え、ええ。まあ」
「よしよし」
そう言いながら先輩は僕の頭をわしゃわしゃと撫でて、背中から降りた。
改めて、蒼美先輩と向き合うと先輩はすでに制服ではなくスポーツウェアに着替えていた。ここはまだ校舎で更衣室などは体育棟にあるはずだがどこで着替えたのだろうか。
「それで先輩はこれから部活ですか?」
「うん。今日は女子サッカー部の助っ人」
僕はその発言に疑問を覚えた。
「先輩は陸上部に所属しているんじゃないんですか?」
「ま、あたしは愛されてるからね。どこの部活でも呼ばれれば一っ飛びだよ」
いまいち質問の答えになっている気はしなかったが一応、部活の掛け持ちも禁止されている訳ではない。だからそんな感じなんだろう。
「それで見習い後輩くんにお願いがあるんだ!」
「は、はい。なんでしょうか」
「あたしの荷物を預かっててくれないかな? 部室は部員以外使えない決まりになってるから」
「はい。そのくらい大丈夫ですよ」
「うおー、ありがとー」
そう言って蒼美先輩はまた僕の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。しかもさっきより強めで終わる頃には寝癖が付いたように跳ねていた。
「じゃあ、さっそく行こう!」
昇降口に向かっていく蒼美先輩を追いかけていく。
校庭に向かうと昨日と同様様々な部活が活動をしていた。だが、昨日と違うのは野球部だったところがサッカー部に変わっていた。校庭を使う順番もローテーションになっているようだった。
僕はそこで蒼美先輩のエナメルバックを預かった。教科書や部活動の道具が入っていてそれなりに重いのか思ったがまるで何も入っていないように軽かった。
女子サッカー部の輪の中に入って行く蒼美先輩だが、僕は荷物を預かること以外何も言われていなかったため少し離れた場所で見学することにした。
体操から始まり、ボールを使ったウォーミングアップ。それからグループに分かれての練習へと進んでいった。蒼美先輩はどのグループに属することなく、適宜入って行くような感じだった。
五月と言っても一番、日が射す時間帯。動いていれば当然、汗が滲んでくるため適度に休憩が挟まれる。僕も日陰に立ちながら練習風景を見る。
こうして見ていると本当に蒼美先輩は運動神経がいいみたいだ。経験者と思われる人にも負けないくらい、それどころかそれよりうまい動きをしている。あれで女子サッカー部一筋でないのが不思議なくらいだ。
何度か休憩に入っている女子サッカー部を見ていて僕は違和感を覚えた。みんなそれぞれ自分のスポーツドリンクを飲みながら話をしているが蒼美先輩は水飲み場で一人水を飲んで佇んでいた。
避けられている訳ではなさそうでどちらかと言うと自分から一人になっている様にも見えた。
練習が再開されたのを見て僕は日陰から出た。
昇降口を入ってすぐの自動販売機にお金を入れる。ボタンを押してガタン、という音と共にペットボトルが落ちてくる。ペットボトルを取り出し、もう一度お金を入れてボタンを押す。今度はアルミ缶が落ちてきた。
コーラは自分用でスポーツドリンクは蒼美先輩用。
ただ見ているだけでもいいのだろうがせっかくこうして見学をしているんだし差し入れの一つでもするべきなんじゃないかと思った。
先ほどの日陰の場所には戻らず、水飲み場の近くで練習を見る。校庭の一部しか使えないため一つのゴールを使っての攻守の練習をしていた。
離れたところで見ていた時より声が近くで聞こえ、時々怒声にも似た声が聞こえた時は僕も反射的に肩を縮こませてしまった。
そしてまた休憩の合図が入り、みんなドリンクの置かれた場所に向かう。蒼美先輩も腕で汗を拭いながらこちらにやってきた。
「あれ? どうしたの、見習い後輩くん」
「あ、よかったらこれ。どうぞ」
さっきまでいなかった僕に驚いている蒼美先輩にスポーツドリンクを渡す。一瞬、汗を拭う動きを止めていたが意図が分かると小さく笑った。
「もしかして買ってきてくれたの。ありがと」
「お水よりこっちの方がいいかと思いまして」
「あははは。気を遣わせちゃったね。でもどっちかと言うとそっちの方が欲しいかな」
そう言って指差したのは差し出した手とは逆の手で持っていた自分用に買ったコーラだった。
「でも、運動中の炭酸ってあまりよくないって……」
「まあね。でも今はそっちの気分」
差し出してもいいのかと迷ったが本人がそう言うならこっちの方がいいんだろう。幸いまだ開けていなかったし。
「どうぞ」
「ありがと。でも、こうして差し入れしてくれるのは二人目だよ」
「そうなんですか?」
「うん。メイドちゃんが一人目。キャプテンはベンチで寝てるし、柴堂さんは変な機械で何か測ってるし。さすがに怖かったよ。なんかカメラであたしを撮ってはキーボードを打つんだから」
そう言われるとなんとなく想像がついてしまった。柴堂先輩については一体なにをしていたのか少し気になるところではあるが。
すると蒼美先輩はコーラを開けて、一気に飲んでいく。開けたばかりで炭酸がまだ抜けてもいないのによく飲むことができるな。僕なら途中でむせてしまう。
そして空になった缶を僕に渡し、一度大きく伸びをする。
「よーし! 最後の一頑張り。もう少しだけ付き合ってね」
「はい! 頑張ってください」
ちょうど休憩終了の声がかかり、蒼美先輩も戻って行く。
最後は小さなゴールを使ったミニゲームと聞こえた。普通のコートの半分以下の大きさで始まった。
コートが小さい分、少ない人数で攻守をしなければいけない。大体三点先取で時間制限もあるらしくころころと代わって行く。
そんな中、蒼美先輩は小さいコートの中を縦横無尽に駆けまわり、攻守両方で大活躍していた。
二~三十分以上経過した頃に顧問の先生らしき人がやってきて集合を始めた。そして何か話をした後、ありがとうございました、と締めて練習が終了した。
空もいつの間にか青からオレンジに変わり始めていた。こうして部活動を見学していると時間はあっという間に過ぎてしまうな。
そして号令が終わった後、先生と話をしていた蒼美先輩も終わったらしくこちらに歩いてきた。
「ごめんね。数時間もつまんないものに付き合わせちゃって」
「いいえ。あまりこういうの見ることなかったので楽しかったです」
「そう言ってもらえると助かっちゃうな~ さて、着替えてくるからここで待ってて」
僕から受け取ったエナメルバックを持ちながら体育棟にある更衣室の方を見る。
「サッカー部の方と帰らないんですか?」
「あたしはただの助っ人だから…… それに数時間、荷物持ちしてくれた後輩を放って帰るなんてしないよ。そうだ! 帰りにコンビニでアイス奢ってあげるよ!」
ほんの一瞬だけ寂し気な表情をしたように思えたが影になってよく見えず、僕の方を見た時にはいつもの笑顔の蒼美先輩がいた。
更衣室に向かう蒼美先輩を見送りながら何か言ってはいけないことを言ってしまっただろうかと考えるが答えは出なかった。
その時、強めの風が吹いて僕は髪を押さえた。あれだけ暖かったのに日が落ちればひんやりとした風が吹く。
そして僕は思った。奢ってもらうものをアイスから別の物に変更してもらおうと。まだアイスを食べるには少し早いかもしれない。
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