第二章 校内で噂の学園海賊⑤

「やっほー、遊び来たよ~」

「ほう。今日はアップルパイか」

「お二人とも、返事をする前に開けないで下さい」

 そこにはスポーツウェアから制服に着替えた蒼美先輩と最低限寝癖が直された柴堂先輩がいた。二人が並び立つとその身長差が際立って見える。女子の平均身長よりずっと高い蒼美先輩と男子の平均身長より小さい柴堂先輩。一見すると学年が逆なんじゃないかと思ってしまう。

「ごめんごめん。今度から気を付けるよ」

「わたしは一ミリも悪くないと思うのだが」

「アスリートを止めなかった時点で同罪だよ」

 すでにフォークでアップルパイを切り、食べ始めている赤里先輩が言う。ごく自然に食べているが二人を待っている訳ではないようだった。

 席に座る二人とそれに合わせて机の上にアップルパイと飲み物が置かれた。一つは湯気が立ちほんのりと香るコーヒーの苦そうな香り。もう一つはグラスの中に入ったピンク色の液体。

 あれはなんなのかと見ていると蒼美先輩が一口飲みながら答えた。

「あ、これ? イチゴミルク! おいしいんだよ」

「市販のものですか?」

「いいや。彼女はあまり市販のものには頼らない。作れるものなら作る。この程度の飲み物なら一瞬さ」

「は、はあ……」

 作るということはすでに用意されていたということなんだろうか。それだとしても冷蔵庫から何かを取り出していた様子もないし。疑問が増えるばかりだった。

 後から入ってきた二人もアップルパイを食べ始めるのを見て、僕も一切れ口に運ぶ。

 パイ生地のしっとり感にリンゴの程よい酸味。中のカスタードの甘さと相まってお店に出ていてもおかしくないクオリティだった。

「お口に合いましたか?」

「はい! とても美味しいです」

「それは良かったです」

 こんな美味しいものが食べられるなんてこれだけの為に海賊に入るのも悪くないかもしれないと思ってしまった。

 その後も談笑をする先輩たちを見ていたらいつの間にかアップルパイを食べ終えてしまった。

「さて、腹ごなしも済んだところで始めるか」

「な、何が始まるんですか……」

「君はまだこの学園海賊について何も知らないだろう。だから簡単な説明会さ。ほら」

 赤里先輩の号令に対して柴堂先輩が補足をして促す。

 そういえばさっきも後で説明をするとか言っていたような気がする。

「全員、好き勝手やるそんな集まりだ! 以上」

「いやいや、それで説明終わり⁉」

「それ以上言うことあるか?」

「その説明だとただの遊びサークルだよ!」

「なに言ってやがる、アスリート。ここは高校だぞ。大学じゃない」

「その正論は今、いらないよ‼」

 赤里先輩と蒼美先輩は口論を始めてしまった。

 確かに今の説明だけだとなんの説明にもなっていない。

 二人とも本気で言い合っている訳ではだろうが止めないといけないのでは。そう思っているといつの間にか隣に来ていた柴堂先輩が僕の肩に手を置いた。

「安心したまえ。あれは日常だ」

「日常、なんですね……」

「でも、久しぶりに見ました」

「見ていて分かると思うが二人とも本気ではない。だが、あの二人があの調子じゃ話が進まないからね。何か聞きたいことはあるかい?」

 傍から見ても二人とも時々笑みをこぼしながら言い合っているため本気ではないことは分かった。

「それで…… 何をする集まりなんですか?」

「大方、キャプテンが言っていたことで間違いない。残念ながら」

「好きな時に集まって何かをする。たったそれだけなんです」

 いつの間にか近くに来ていた黒崎先輩も柴堂先輩と共に説明をしてくれる。

 つまり明確な目的はない。でもそれじゃあなんでこんな関わりのなさそうな人たちが集まるんだろうか。

「となるとなんでわたくしたちがこうして集まっているのか。と言いたげな表情をしていますね」

 そんなに表情に出てしまっていたかと頬に手を当てるが正直分からない。

 そんな僕を見て柴堂先輩は小さく笑った。

「おかしなことではない。誰しもが疑問に思うことさ」

「わたくしたちはそれぞれ宝物を見つけるためにここにいるんです」

「宝物、ですか……」

 ここに来て初めて明確な目的とも取れる単語が出てきた。

 海賊と聞けば一緒に連想されそうな単語。でも今の時代に宝物って。

「それは…… ほら、いい加減に口論を止めてこっちに戻ってきたまえ」

 柴堂先輩が胸ポケットから取り出したスイッチを押すと天井が開き、そこからタライが落ちて来て凄まじい音を出しながら赤里先輩と蒼美先輩の頭上に直撃した。

「あたっ⁉」

「いって! お前、いつの間に仕込んだ!」

「さあ? もう覚えていないね」

 タライの当たった部分を押さえながら二人は口論を止めてこちらにやってきた。

「で、なんの話してんだ」

「学園海賊の目的についてさ」

 赤里先輩はそれを聞いて何やら神妙に頷いた。

「俺たちは宝探しをしているんだ」

「それは…… この高校にある物なんですか?」

「いや」

「? じゃあ一体どこに」

 要領の得ない会話に僕は首を傾げた。宝探しをしているがそれはこの高校にはない。ではそれなんなのか。

 そもそもそんなものを高校生である僕たちが手に入れることができるのか。

 すると赤里先輩は自身の胸の、心臓の部分を拳で叩いた。

「ここだ。人はな、誰でも心に宝箱を持っているんだ。そして人生はその宝箱を開けるための鍵を探す冒険なんだ。俺たちはそれぞれその鍵を探すために海賊をしている」

 そう話す赤里先輩の表情は今までのふざけた様子ではなく真剣そのものだった。言葉からも今までの適当さは感じず信念を述べるように力強かった。

「その宝探しの冒険にお前を連れて行きたくなった」

 右手を僕に差し出しながら言う。

 無理やり連れては行かない。すべてはお前次第だ。そう目が語っていた。

 さっきまですでに仲間に入ったような素振りをしていたがちゃんと目的を話したからには僕の意思を尊重するということか。

 周りの三人も何も言わずただ僕たちを見つめている。

 まだ時間にして一時間弱しか一緒にいないがこの人たちがみんなすごい人だということは分かった。運動神経がよくて、開発ができて、美味しい物が作れて、そしてそんな人たちをまとめている人。

 そんな中に偶然という理由だけの僕が入るなんて考えられない。もっと適任な人がいるんじゃないかと勝手に想像してしまう。

 それに僕の中にあると言っていた宝箱。それがなんなのかすら分かっていないのに鍵を探す旅になんて出れるわけがない。

 その手を取るか否か考え、悩み、そして僕は顔を上げ赤里先輩の顔を正面に見た。

「少し時間を頂けないでしょうか。まだ皆さんがどういう方か理解もしていないのにその手を取るのは失礼だと思うので……」

「分かった。俺たちはいつでもお前を歓迎する。でも」

「でも?」

「もう見習いってのは決定だからこれからじゃんじゃん巻き込んでいくからな!」

「ええええ‼」

「当然だよ! やっとできた後輩くんなんだから。いっぱい付き合ってもらわないと!」

「そうだな。君には実験に付き合ってもらうとして…… ふむ、スケジュールの見直しが必要だな」

「たくさん美味しいものでおもてなししますからね!」

 真剣な雰囲気から打って変わって三者三様の反応をする。

 僕の右側に蒼美先輩、左側に黒崎先輩。少し離れた場所で柴堂先輩がタブレットをいじっている。そしてそれを見て盛大に笑う赤里先輩。

 一人で考えて結論を出そうと思っていたのにもしかしてこの様子だと考える時間すら貰えなさそう。

「あ、えっと…… お手柔らかにお願いします」

 しかしそんな僕の声は家庭科室に響く声に呑まれて誰の耳に届くことはなかった。

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