第二章 校内で噂の学園海賊④
家庭科室は第二校舎にあり、三階から通路が繋がっている。一度、校内案内で確認はしたが一年生では使わないためすでに記憶も曖昧になっていた。
家庭科室に着くと赤里先輩は先ほどの物理準備室の時とは打って変わって雑にだがノックをする。さっきは扉を壊すような勢いでノックなんてせず開けていたのになんでこんな丁寧なんだろう。
もしかしてここには赤里先輩も恐れる人がいるのだろうか。だがこれまでの流れとしてその人物が誰なのか少しだけ予想ができた。
ノックをして数秒後、中から声がした。その声色から中にいるのは女性だということが分かった。許可が出たのを確認して赤里先輩は扉をゆっくり明けた。
開かれた先からは甘い香りがした。焼き菓子が焼き上がり、オーブンを開けたような、そんな香りが風と共に吹き抜けていく。
中に入ると一人の女子生徒が立っていた。白い装飾の付いたカチューシャにくるぶしまで覆うほどのフリルの付いたロングスカート。そして家庭科室にマッチしている純白のエプロン。どこからどう見てもメイドだ。
もしかしたらというよりやはりと言う感想が頭の中に浮かんだ。
「お早いご到着ですね」
「の、割にはタイミングよく菓子ができてるじゃねえか」
「蒼美様から先ほど連絡がありまして」
「なーるほど」
置いてかれることに慣れたため二人の会話を端で聞いているとメイド服姿の人が僕の目の前に立った。
「失礼しました。また会いましたね。白井様」
「こ、こんにちは」
「わたくしはこの学園海賊でメイドをしております。二年の黒崎アカリと申します」
綺麗にお辞儀をして自己紹介をする。メイドと言うだけではこんなきれいなお辞儀はできないだろう。
僕もそれに倣いお辞儀をする。
「白井ユウキと申します」
「はい。知っております」
つい先ほど犯人は発覚したがやっぱりすでに広まっているのか。
「本日はネクタイ。ちゃんとしてありますね」
「は、はい。あの日言われてしまいましたから」
人の印象は身だしなみから。と言われてしまったからあの日から気を付けるようにはしていた。別に整えたからと言って何かあったわけではないが。
家庭科室前での赤里先輩の様子を見たため実は怖い人なのかと思ったがそうではなさそうで内心ホッとした。
「挨拶はそのくらいでいいだろ。お嬢様の癖が抜け切ってないぞ」
「ふふ、そうですね。挨拶だけでは味気ないですからね」
そう言うとイスに座るように促された。赤里先輩が座るのを見て僕も近くのイスに座った。すると黒崎先輩はどこからともなく紅茶のカップを机に置き、紅茶を注ぎ始めた。
一瞬の出来事で一体どこからカップやティーポットを取り出したのかと眺めていると黒崎先輩は小さく笑みを浮かべた。
「このくらい初歩的なことですよ」
「そ、そうですか……」
「ミルクとお砂糖はどうなさいますか?」
「あ、えっと、お願いします」
「そうですか。では」
すると今度は手に持っていたティーポットが一瞬で消え、机にはミルクの入ったピッチャーと角砂糖の入った容器が置かれた。
そしてティーポットを持っていた手には代わりにお皿に乗ったパイが現れた。
「先ほど焼き上がったアップルパイです」
机に置かれたアップルパイからは確かに家庭科室の扉を開けた時に漂ってきたのと同じ甘い香りがした。
それにしてもティーポットはどこにしまって砂糖にミルク、アップルパイはどこから出したのだろうか。手品の類かと思っていると、黒崎先輩は人差し指を口に当てた。
「メイドには百八の秘密技があるんですよ」
「これもその一つですか……」
「ええ。物を瞬時に入れ替える。初級中の初級です」
もしそれが本当なら手品師が真っ青になってしまう。というかそんなすごい技を持っているならメイドじゃなくて手品師や奇術師を目指した方がいいんじゃないか。
すると閉められていた家庭科室の扉がノックされた。誰か来たと心臓が跳ね上がりながら姿勢を正した。
黒崎先輩の返事を待つことなく扉は開かれ、二人組が入ってきた。
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